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九、手掛かり

弥次郎兵衛の追跡を断念した梅吉は、一行の許へ向かう弥次郎兵衛配下の二名が、吉橋家一行の許へ向かった事を踏まえ、その者らの動向を探る為、先回りすべく鈴鹿山系へ身を投じるのだった。

 弥次郎兵衛の後を追う事を諦めた梅吉は、元来た道を戻ろうとしたが、朝を向かえれば一行が宮宿を発ち桑名宿へ渡ると、踵を返し東海道を逆から向かうべく、先ずは土山宿を目指す事にした。

 しかし、目指すには目指すのだが、弥次郎兵衛配下の者共と遣り合った事を、既に弥次郎兵衛本人は知って居るであろう。

 成れば、出した者達へ急ぎ繋ぎを出し、

〝敵に気取られた様じゃ⁉

 忍びらしき者が里に来よった。

 されば、決して密命の筋、敵に悟られぬ様に心して掛かれ‼〟

 との様な事が、繋ぎの者により二人へ知らされる事に成ろう。

 先に小屋を出た弥次郎兵衛配下、カカシと辰吉は何か指図を受け一行の元へ急ぐと見て良く、その為にも御代参街道を東海道へ急ぐと見て良い。

 ならば、一気に追って倒せば良いとは思う物の、二人を倒してしまえば弥次郎兵衛は余計に不審感を増し警戒するであろうし、下手をすれば追手を掛けられるかも知れ無い。

 更に言えば、倒してしまえば弥次郎兵衛の目論みを探る術さえ危うく成る。

 成らば、自身はどうすべきかを再考し一計を案じると、今居る日野桜谷から鈴鹿山系へ足を向けるや、一気に近江盆地を駆け抜け鈴鹿山中の雨乞岳へ向け駆け登った。

 梅吉は雨乞岳に登ると、尾根伝いに南下し鎌ヶ岳方面へ向け駆けるや、その先に在る東海道宿場の坂下宿を目指した。

 山間部を走破する事に成るが、自身の脚力を持ってすれば、あわよくば二人より先回りする事ができ、最悪でも追い付く事は出来ると踏んだのである。

 この時の梅吉にとっては、カカシを追った所迄は上出来であった。が、その後は醜態を演じたと言って良い!

『あ奴らを追い、頭目らしき者を見咎めた事で心気を凝らし過ぎ、配下の者達に囲まれて居る事さえ気が付か無かった。

 奴らを見縊って居った驕りが、この様な失敗を招き寄せた!

 何たる事ぞ、土台(基礎)すら成し得ぬとは情けなき次第よ。

 あの程度の者らの気配、察する事も(あた)わずして如何致すと言うのじゃ‼』

 心の内に叱責すると、この時代では段違いと自負して居た自身の技量。

 その慢心した自身の心根に苛立ち、情けなさを覚えるのだった。

 宮宿に於いて、弥次郎兵衛一党の雇い主を探るべく、計略を持ってカカシを誘い出した迄は良かったが、本来の目的である黒幕が誰であるかを突止める事は出来なかった。

 と成れば、目的は達成して居ない上に、敵の計略を藩主が知って居る事を、敵に露呈させてしまった事に成る。

 こう成ってしまっては、無警戒であった敵も警戒を強め謀も慎重に成り、見え掛けていた影も水面下へ潜ってしまう事と成る。

 と成れば、午吉から聞いて居た以上に警戒心が強い様に思える弥次郎兵衛なら、此れ迄の手掛かりと成った忍び宿は勿論、後を尾けられたカカシを勤めから外すであろう。

 そうした事を知らないカカシは、今持って後を尾けた者は仲間に寄って討たれたと思って居るであろう。

 ならば、そうした事が伝わる前に、奴らから何かしらの手掛かりを掴んでおかねば成らぬと先を急いだのだ。

 梅吉が目指す坂下宿は、本陣三軒、脇本陣一軒、旅籠数五十一件で、本陣である大竹屋や梅屋は規模も大きく、町並み五町五十六間の盛況な宿場町であった。

 そうした坂下宿へ向かう梅吉は、カカシ達より先に宿場へ入り、二人が来るのを待ち構える段取りであった。

 だが、如何せん彼らより随分と遠回りと成る事から、坂下宿で二人を見付けられねば、吉橋家一行が逗留するであろう庄野宿で網を張るしか無かった。

 だが、庄野宿へ入れば、此度の失態を主茂直へ報告せねば成らないと気落ちして居た。

 こうした事を胸中に思い乍ら、ほぼ全速力と言って良い速さで、獣道を駆け木々を飛び坂下宿を目指した。

『この(はや)さなら、奴らを待ち受ける事が出来るに違いない!

 何としても奴らの企てを探らねば、殿に会わす顔が御座らぬ!』

 そう思うと、駆ける足に一層の力を込めたのだが、ふと見上げた空にはいつの間にか雲が拡がり、闇夜を照らし出して居た月を覆い隠して居た。

『雨が降るやも知れぬな⁉』

 そう思い駆け続けた梅吉は、四半刻経たずして坂下宿に着く事を得た。

 宮宿からカカシを追って、概ね三刻余りは経って居るであろう。

 と成れば、今は牛の刻辺りか?

 思うと、梅吉は駆けて来た山の法面に沿う様に並ぶ町家の屋根に飛び移り、坂下宿を一望出来る様な所は無いかと辺りを見回した。

 すると、街のほぼ中央に位置する火の見櫓が目に入ったのへ、

『あそこにするか⁉』

 決めると、あっと言う間に火の見櫓の上から宿場の西へ目を遣って居た。

『奴らが遣って来るとすれば、京方口の方からであろう⁉』

 思い、火の見櫓の屋根へ飛び上がると、櫓の屋根へ臥せ街の西端に在る木戸口へと目を遣った。

 江戸時代の宿場に於いて、街の両端には木戸が設けられており、それらは木戸口と呼ばれ木戸番が詰めて居り、怪しい者の出入りを取り締まる役割を担って居た。

 そして、その両端を言い表すのに京都側を京方見附、又は京方口、江戸側の出入り口を江戸方見附ないし江戸方口と呼んで居た。

『今宵は月明りが()う成っとる。』

 上目使いに夜空を見上げ、浮かんでいる月に自身は勿論の事、敵も闇に紛れる事が容易く成り見付け難く成ると感じた。

 木戸口に在る番所に詰める木戸番は、この様な漆黒の夜は本来、月夜の夜より余計に注意を払うべきであるが、凡そ警戒するのは悪党等の触れが出た時位な物で、この日の様な穏やかな日等は、面倒臭がって表に出るのは稀であった。

 そうした事から、木戸口を飛び越えてでも来るかと思うも、幾ら何でも発見される危険を侵すとは思えない。

 其処で梅吉は、街の出入り口である京方口を見遣るのでは無く、その両側に広がる暗闇へ主に目を遣って居た。

 そうした中、その時は以外にも早く遣って来た。

 梅吉が火の見櫓の上に陣取ってから幾分もせず、東海道の難所として知られた鈴鹿峠を控えた此処坂下宿へ、坂道を駆け下って来る二つの影を凡そ三町程先に見咎めた。

『ふっ、やはり間に合うておったな。』

 近付いて来る二つの影は、暗闇の中にその姿を次第に大きくさせハッキリ見て取れた。

 が突然、その足を止めるや鈴鹿川の土手へと向かい、そのまま川端へ降りるや川に沿い街中へと入って来た。

『こうした所は、やはり小童役人よの。

 見回り等は面倒なのであろう!』

 閉ざされた木戸口脇に在る木戸番所、其処に控えて居るであろう木戸番の、自発性に欠ける勤めに呆れつつ、町家の中へ入った二つの影の動きを追った。

 山間部とは言え、東海道の中では大きな宿場町である坂下宿も、牛の刻とも成れば街中に人影を見る事は皆無と言って良い。

 そうした中に蠢く(うごめ)二つの影は、梅吉にしてみれば〝針の穴から天を覗く〟様な物で、その動きは手に取る様に捕えて居た。

『あ奴ら、先を急ぐ事をせぬのか⁉』

 忍びならば、闇を使い宿場町等は容易く抜け切る事は出来る。

 がしかし、二人は宿場を抜ける処か街中へ入り込み、通りや露路を勝手知ったると言わんばかりに右へ左へと進み、一軒の東海道に面した家屋の裏手に立った。すると、裏口が開いたのか灯りが漏れたのに、二人は瞬く間に屋内へと吸い込まれ、漏れていた灯りも瞬時に消えた。

『この街に、奴らの忍び宿でもあるのか⁉』

 思うや否や、梅吉はその家屋が何であるか探るべく火の見櫓から降りると、隣に立つ家の屋根へ飛び移るや家々の屋根を飛び、目的の建物と通りを挟んだ家の屋根へ来た。

 屋根の上に伏せ、二人が入った向かいの家屋の様子を探って見ると、こじんまりした凡そ十五坪程の平屋であった。

 家屋の表には何も無かったが、瓦上には串に刺さった草団子を中央に、右に名物草団子と書かれ、左には笹路屋と書かれた板看板が立てられて居る。

『奴らの忍び宿は、団子茶屋の体を装って居ると言う事か⁉』

 思うや、自身の気配を消しつつ屋根から飛び降り、通りを挟んだ団子屋の脇にある露路へ入ると、壁に張り付き中の様子を伺った。

 すると、確かに人の気配はするが、何を話し何をして居るのか迄は探れない。

『何とか忍び込んで、奴らが何を話して居るのか探らねば!』

 思い、隣の屋根へと飛び上がり、団子屋へ忍び入れない物かと屋根を見た。

 と其処には、煙出し用の片引き窓が屋根に組み込まれて居る。

『あの場より、様子を伺うと致そう。』

 思うや否や、飛び上がり音を立てず煙出し窓の横へ移動した。

 煙出し窓は閉じられていたが、それは簡単に開けられそうな物であったのだが、その開口部には侵入除けの仕掛けが施されて居ると思われ、梅吉は、

『此処より強いて入り込めば、たちまち奴らに気取られ、事の成就は叶わぬであろう!

 やはり、この団子屋は奴らの忍び宿と見て間違いないであろうな⁉』

 と、敢えて無理をする事を避け、成らば床下からはどうかと考えた。

 店の裏側に廻ると、其処には背丈よりも三尺程高い板塀が設けられ、中を窺い知る事が出来無く成って居た。

 其処で、裏山を駆け上がり見下ろして見た物の、塀と母屋の間が狭い上に塀が高い事もあり、やはり中を伺い知る事が出来無い。

『巧みに工夫致した物よ!』

 感心するも、塀を飛び越える事にした。

 山を駆け下り塀の袂迄来ると、七尺程の塀を見上げるや飛び上がった。

 塀の天端は二寸程の幅であったが、其処の上に屈み下に広がる庭を見た。

 奥行一間程の幅しかない庭には、桜と楓が葉を茂らせ一本ずつ植わって居るが、庭に在りがちな灯籠や池は無く、更地と言った中に唯一井戸だけが存在感を示して居る。

 そうした中で気に成るのは、やはり庭一面に敷き詰められた枯れ葉であろう。

 それらの葉は、間違い無く桜や楓の葉であるのだが、庭に植わる木々の葉はまだ青々として散っては居ない。

 だが、庭一面に敷かれた葉は、秋に良く見かける茶色や黄色に染まった葉で、水気が抜け切った枯れ葉ばかりであった。

 これを見て、梅吉は一縷の望みを抱きつつ天を仰いだ。

『生中に用心深い!』

 この様子だと、潜り込もうとする床下にも仕掛けは施されて居ると見て良い。

 この枯れ葉が敷き詰められた庭は、常人からしたら気にも留めない様な庭に見えるが、一歩でも踏み入れば、怪しき者の侵入を知らせる為に枯れ葉が音を鳴らす仕掛けで、忍びであらば粗方の者達には周知されて居る代物である。

『容易く忍び入れる様なら、確かに忍び宿の体は為さぬが、儂からすれば少しは怠けて貰らいたい物よ。』

 そうした事を思い苦笑すると、はてさてどの様に忍び入ろうかと思案し、

『良し!』

 心に決すると、表へと廻り屋根へ上るや、屋根の上を裏側へと移動し軒先から庭へと降り、そのまま床下へと潜り込むしかないと決した。

 しかしこの目論見は、屋根の上を渡って行く事で、敵に気付かれる危険性がかなり高い事から、忍びの術に長けて居る梅吉でも慎重に成らざるを得なかった。

 だが、遣るしかないと決した梅吉が、今居る塀の上から降りようとしたその時、頬に何か冷たい物が当ったのを感じた瞬間、

『しめた!』

 心の内に叫ぶと、庭に植わる楓の木に飛び移り生い茂る葉の内に潜むと、その時が来るのをジッと待った。

 梅吉が思うより随分早く、その時はいきなり遣って来た。

 梅吉の頬に当ったのは雨粒であり、それはポツリポツリと降り出すや雷を呼び風雨と成るや、あっと言う間に嵐へと変えた。

 山間部に在る坂下宿は、いざこの様な気象と成れば山間(やまあい)と言う事もあり、吹く風は集約されると勢いを増し、時には宿場へ嵐をもたらしたりもする。

 そしてこの時にも、雨は嵐をもたらすと暗かった屋内に灯りを灯させ、障子に人影が映ると影は徐々に大きく成り、庭の手前迄来させると障子を開かせるや、

「おやまぁ、えらい雨が降り出したわね!」

 と言わせるのへ、雨は容赦無くごうごうと吹き付け縁側へ叩き付けた。

 その人影は、年の頃四十半ばに見える団子屋の女房と思しき女で、雨に搔き消されそうに成りながら奥へ声を掛け、戸袋の雨戸を引っ張り出すと次々に閉じて行った。

 梅吉が庭一面の枯れ葉に天を仰いだ時、見上げた空には月や星は出ておらず、草木や土が独特の匂いを発して居た。

『雨よ早う!』

 その時の梅吉は、雨が降る事を承知しては居たが、それがいつ頃から振り出すか迄は解って居なかった。

 只、今直ぐにでも降ってくれと願って居たのは確かで、その願いが通じたのか雨はいきなり降り出すと、更に大雨から嵐へと発達させるオマケ迄付けた。

 こう成ってしまえば、侵入除けに撒かれた枯れ葉の効力は無くなる。

 女が雨戸を閉じ出した時、

『良し!』

 梅吉は思うや、雨戸が全て閉じられたのを見咎め、潜んで居た楓の木から飛び降り、駆けると家屋へ近付き床下へと潜り込んだ。

 縁側の下へ躯を転がせ、床下の様子を探った梅吉の予想通り、案の定、床下は侵入に対しての仕掛けが満載であった。

 床下一面には砂利が敷き詰められ、侵入すれば音が鳴る様にしてあり、それらの中には等間隔で尖らせた竹や杭が、侵入者を負傷させる為に斜めに突き立て並べられ、要所には所々格子が嵌め込まれ行く手を遮り、鳴子が仕掛けられた縄が梁や柱の裏に隠される様に張られて居る。

『何とも念の入った事よ‼』

 予想通り、ありとあらゆる仕掛けが施された床下に、この時の雨は自身の味方に成ってくれよう。

 そう思うと、梅吉は自身のずぶ濡れと成った忍び装束を脱ぎ広げた。

 忍びが着る装束は、個々それぞれに創意工夫が為されて折、雨に濡れても大丈夫な様に加工された布地で作られている物や、楔帷子が裏地と成った物に、裏返せば化ける生業の装束と成る物等様々で、梅吉の装束は裏返せば野良着と成るのだが、縫い合わせの紐を引き抜くと合わせが剝がれ、表と裏地がそれぞれ拡がり四倍の長さと成る代物であった。

 梅吉は、濡れた装束を砂利の上に投げ広げると、その上をゆっくり地を這い進んだ。

 こうする事で砂利の音は吸収され、雨に濡れた事で更にその効力は増し、梅吉が仕掛けを解く事を容易くさせた。

 この事は、先へ進むに勿論重要な事であるのだが、それ以上に侵入が露呈した時に素早く逃げる為にも必要な事である。

 音を鳴らす事無く鳴子を切り、地面に仕掛けられた杭を抜き、躯を向ける方へ装束を伸ばしながら前へと進む。

『これ程に、忍び除けが施されて居ると成れば、此処が肝要なる忍び宿なのは間違いなかろうし、奴らは此処へ立ち寄り勤めの支度を整えて居るのやも知れぬ! 

 ならば、奴らはこの後の段取りをも内々に評定致して居るのであろうな。』

 火の見櫓から見て居た二人が、宿場の先へ向かわず忍び宿へ入った事で、弥次郎兵衛成る頭目はこの二人に何やら策を授けたと思って良い。

 成らば、何としても探らねば成らぬ!

 その様に思う中、雷や激しい雨音の中に人の話し声が聞え出し、それは梅吉が前へ進む程に大きくハッキリ聞き取れる様に成った。

「とは言え、情けねぇこった!

 頭にも、散々怒鳴られちまったわ。

 後を尾けられてるのに気付きもせんとは、俺もまだまだ間が抜けてやがる。

 まぁ、あの野郎も頭らに殺られて居るじゃろうが、こっから先ぁ、もっと気ぃ張って行かにゃ成らんぜ!」

 そう言ったのは、午吉を見張って居た男で梅吉が後を追った者と察した。

 すると、別の男が、

「ならぁ、カカシどん。

 頭も言うてなさったが、此処よりが正念場ってもんで、気い引き締めて掛からにゃの!

 おめぇは殿さんを、儂はこのまま江戸屋敷迄いかにゃ成んねえ。

 暫し、別っこの勤めと成ろうが、相互いにに気張ろうや!

 この仕事で儂ら一党、藩の御用筋に食い込むのを成し遂げにゃあ成らねえ。

 其れこそが、お頭の狙いよ!」

 言ったのを聞き、梅吉は敵が画策する謀がどの様な物か、この会話だけで凡その見当を付ける事が出来た。

『一方は行列の元へ参り、一方は江戸屋敷迄向かうと成れば、これは主茂直様と江戸上屋敷に居る菊丸様へ、何か謀を企んで居ると見て間違いあるまい。

 成らば、やはり御家乗っ取りを画策して居ると見て間違い無かろう!』

 そう思うと、

『然らば、黒幕は誰ぞ⁉』

 と、このまま彼らの話しを聞く事にした。

 さて、此れ迄に出て来た菊丸と言う名、藩主茂直の嫡子であり、この時母狭山の方と共に江戸屋敷に暮らして居る。

 その嫡子迄もが狙われて居る事を、この時梅吉は知る事に成った。

 その梅吉が床下で聞く中、

「けどよ、江戸屋敷に向かうっつったって、潜り込んでるくノ一と何を企んでるのか、頭ぁは〝行きゃ解る〟ってそれっきりで、肝心な話は何も聞かせちゃくれねぇ!」

 その声を聞いて梅吉は、弥次郎兵衛の忍び宿から出た二人の内、カカシより先に午吉を見張って居たムジナの辰吉だと悟った。

「内々のお話なんぞは、いつどき外へ漏れまするやも知れませぬで、間際迄は仰せられぬ物で御座いましょうよ。」

 この茶屋の主夫婦で、その実、忍び宿の宿番である捨八と、その妻を装う女忍びのおさえが言ったのへ、

「そうよ、辰吉どんはおさえの妹おつえと組んで勤めをするんじゃからな!

 裏の話となりゃ、おつえが心得て居るわ。」

 今度は捨八が言ったのに加えて、

「されども、殿さんと若君は雇い主の御沙汰にて、今暫くは手を掛けず、年明けに機を見て事を運び為さるとか申しますよ。」

 ここ迄聞いて、敵は年明け早々に何か事を起こそうとして居ると知り、この二人はその下準備をする為に向かうのだと悟った。

 ならば、何としてもその詳細を探る必要があるし、その謀を何としても阻止しなければ成らない。

 更には、その首謀者を探り出し、御家安泰の為に裁きを与えねば成らぬ!

 そう考えると、この者達の会話から、あわよくばその者の正体が知れるかもしれないと期待を抱いたが、

「左様か、漸く儂らが召し抱えられる時が来たって訳か。

 されど、雇い主が誰かは、頭だけが知ってるのよなぁ。」

 カカシであろう、こう言ったのに、

「頭の胸の内は、詮索せぬ方が宜しゅう御座いますわ!

 あのお方は常に深く御考えにて、我らが口出そう物なら、かえって余計と仕置きの沙汰を受ける事に成り兼ねませぬ。

 それ故、私らは迷わず、仰せられた事だけ致せば宜しゅう御座います!」

 言い聞かす様におさえは言った。

 この物言いに、

『この者らも、雇い主が誰かは知らぬのか⁉

 されば、やはり弥次郎兵衛を探るしかあるまい!』

 察すると、此処での調べは終わりとばかりに床下から出るや、主茂直が逗留して居るであろう庄野宿を目指す事にした。

 一方、前日昼前に桑名宿へ着いた茂直は、残る家臣達が上陸するのを待ちながら休息を取って居た。

 脇本陣である駿河屋へ入った一行は、茂直の影武者である作十を奥へ運ぶと、各々思い思いに休息を取り出した中で、家老内藤玄番と近衛に化けた茂直が話し出した。

「殿、尾張様とは如何に御座いました。」

 尋ねる玄番へ、尾張藩主徳川宗睦は無事安穏であり、世の動向に藩士の教育や領内の安泰について語ろうたと言ったのへ、

「殿、何卒御慎み下さりませ!

 幕府への御批判は、御法度に御座りまする故に。」

 玄番が気を揉むのに、茂直は、

「案ずるな、大事には及ばぬ。

 幕府に付いて、儂は無論の事、尾張様も一切口には致して居らぬ。

 此度の席もいつも通り、尾張様と儂のみの内々の語らいに過ぎぬ故な。」

 この茂直の言葉に、

「それならば宜しゅう御座います。

 されど、此度の当家に於ける難儀の儀、流石に御話しには及んで居られませぬな?」

 更なる玄番の問いに、その事は一切話しては居ないが、尾張公は常々〝其方に何かあれば、儂も力と成る故に、何事も遠慮のう申せよ。〟と言うてくれて居るから、事と次第に寄っては相談するかも知れないと返した。

 これに玄番は、御家の恥と成るから、尾張様であろうとも決して口外せぬ様にと諫めるのだった。

 此れに茂直は、この様な恥、誰に話す事が出来様か!

 万に一つ、幕府の耳に入れば、間違い無く御家断絶の憂き目に合う。

「されどの、誰が糸を引いて居るか解らぬ限り決着は見ぬ。

 なれば、頼みの綱は梅吉の調べじゃが、あ奴がどれ程の事を探り出してくれて居るか⁉

 兎に角、それを知る為にも、今日中には庄野宿へ参らねば成らぬ!」

 切羽詰まったと言わんばかりに言う茂直を見て、玄番は主がどれ程に心を痛めて居るのか解っては居るつもりで居たが、主の心の内を推し量って居なかった事を感じ、何としても今日中に庄野宿へ着くべく一同へ出立の触れを出した。

 一行が桑名宿を発ち、四日市宿から石薬師宿を抜け庄野宿へ入る頃、平野部なら未だ夕焼けが山並みを紅く染めている頃だが、山深い鈴鹿山系の中に在る宿場は既に宵闇に包まれ、着いた頃には木戸口の向こうに、店々の提灯の明かりが暗闇の中へ宿場を浮き上がらさせて居た。

 木戸口を抜け、鈴木家が務めて居る本陣へ入ると、一同はそれぞれに装具を解き各々割り当てられた部屋へ入った。

 近衛に扮した茂直は、家老玄番の御付きとして同じ部屋に入り梅吉を待つ事にした。

 本陣脇本陣一軒ずつで、宿も十五件と小さな宿場である庄野宿は、此れ迄の賑やかな宿場とは違い娯楽と言う物は殆ど無く、夕餉を摂った後の家臣達は国元迄残り一日と成った事から、家に帰る事に思いを馳せ早々に床に就くのだった。

 静まり返った本陣の中、玄番に宛がわれた部屋の灯りだけは灯って居る。

 その部屋の中、主茂直と玄番は声を潜め国元へ戻った時の対処を相談して居た。

 敵方は、此れ迄の策が功を奏し、藩主茂直は瀕死の状態だと思って居る。

 その隙に、真相究明の算段を付けたいが、梅吉の調べがどう成ったのか未だ解らない⁉

 そう話す中、その声は静かに聞えた。

いよいよ敵の目的が見え、茂直の命に危機が迫る中、吉橋家家臣達は茂直を何としても国に帰すを合言葉に帰国を急ぐのだった。

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