表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/12

八、尾ける

尾張名護屋へと入った一行。

慣例である、家臣達へ暇を与え、休息を取らす藩主茂直は、忍びで午吉を伴い尾張公の許へ。

一方、梅吉は敵の黒幕を探る手掛かりと成るカカシを追い、鈴鹿山系の中へと入って行く。

 宮宿の脇本陣竹内屋から逃げたカカシは、一切振り向く事無く庭を横切り塀を越え、宮宿の街へ出ると一気に町家を抜けるや、佐屋街道を一路西へと駆けて行くのだった。

 カカシが脇本陣内で声を掛けられた途端、驚きの余り声の主を確認する事無く逃げ出したのだが、此処でカカシが忍びとしての落ち付きを以て、一瞬でもその声の主を確認して居れば、梅吉に容易く後を尾けられる事は無かったであろう。

 が、カカシは庭を駆けつつ、追手の声が遠ざかって行く事に、追う者が並みの武士と疑う事をせず、只、己が目で見た茂直の姿を知らせれば、弥次郎兵衛からこの上無き手柄と称賛される物と、意気揚々に鈴鹿山中を国元へ向け駆けた。

 一方、カカシを追う梅吉の目に、一瞬でも自身を見咎め様とする素振りが無く、只一心不乱と言った様子で駆けて行く姿に、突然カカシに出くわした家臣の声色で追いつつも、その声はあれよあれよと離される声色へ変えながら、その実一定の距離を保ち続けながら追い駆けるのであった。

 その様な事だとは露知らず、カカシは己の功を認めて貰うべく、弥次郎兵衛が居る里を目指し、佐屋街道の終点である佐屋宿目指し駆けて行く。

 半刻も掛からずして、カカシは佐屋宿に着くと目前に流れる川を見た。

 この佐屋宿からも、桑名宿へ渡る為の三里の渡しと言う物がある。

 しかし、この三里の渡しや宮宿と桑名宿を結ぶ七里の渡しは、カカシが着いた頃にはとうに商いを終えて居た。

 この佐屋宿の前には、木津川に長良川、そして揖斐川と三本の川が流れ、それらを挟んだ向かい側は、伊勢神宮と密接な関係にある多度大社が在る多度の町である。

 暗闇の中、宿場を突き抜けた先にある木曽川の畔に立ち、川のせせらぎを聞きつつ暫く暗闇の先へ目を遣って居たカカシは、徐に川岸へ駆け降りるや、もやい杭に括られた小舟の縄を解くと乗り込み対岸へ向け漕ぎ出すのだった。

 小舟は川の流れに、些か斜めに下るも上手く対岸へ着いた。

 対岸は中州であるが、向こう側には漁師が留め置いて居る小舟が何艘かあり、カカシはその内の一番小さな舟に目を止めると、先と同じ要領で対岸へ向け漕ぎ出すと、先と同じ様な中州へ着くや舟を()け、最後の川である揖斐川を同じ様に渡ると、対岸の町である多度の街外れに上陸した。

 多度宿外れ、揖斐川の川岸に立ったカカシは、雲が空を覆い月の姿を隠す真っ暗な中、鈴鹿の山並みを暫く見据えて居たが、面前に広がる田んぼの中を貫く畔道を走り出した。

 その姿を確認したかの様に、揖斐川の中から静かに黒い影が現われると、素早く土手に上り駆けて行く影をジッと見据えた。

『さぁて、何処ぞへ連れて行ってくれる物やら⁉

 じゃが、どうやら東海道を行くのでは無さそうじゃな!』

 胸に思うと静かに走り出し、カカシが駆けて行く畔とは違う畔を走り出した。

 稲穂が風に揺れる中、カカシは視線を送った多度大社を右に見ながら、多度の町に入ると目前に鈴鹿山系を望みつつ、一気に街中を駆け抜けるや町の反対側で足を止め、面前に広がる鈴鹿山系を見上げると、山奥へ続く道幅が狭く成る道を先へと急いだ。

 鈴鹿山脈へ分け入る手前、小高い山が左右に立つ間道を抜けると、眼下に小さな村落が広がって居るのを見た。

 この辺りは、伊勢国員弁(いなべ)郡と言われる地域で、桑名藩の支配下ではあったが、天領や近江国彦根藩井伊家の飛び地が在ったり、複数の旗本が領地を分散して居たりと、何とも支配構造が複雑な土地であった。

 そうした土地の中央を員弁川(いなべがわ)が流れ、川を渡れば鈴鹿山系の東裾野と言う様な地を、カカシは暗闇の中を迷う事無く鈴鹿の山を目指し進んで行く。

 そうしたカカシを、一定の距離を保ちながら伺い尾けて来た梅吉は、その様子に

『左様か!

 このまま進めば、八風街道を伝い近江へと抜け出づる事が適うであろう。

 されば、雇い主とやらも、やはり吉橋家の内に居ると見て違いあるまい⁉

 あの者、宿に戻る事無く迷わず宮宿を立ち出おった。

 然らば、殿の御状況を弥次郎兵衛なる者へ知らせに参ると見て間違い無い!

 とすれば、東海道を避け八風を抜けるが早いと踏んだのであろうな!』

 思うと、このままカカシを尾ければ、自ずと黒幕の元へ辿り着けると考えた。

 暗闇の中、起用に走り難なく員弁川を渡って行くカカシを追う中、此処は何としても尾けて居る事が露呈せぬ様、慎重に慎重を重ね後を追う事を肝に銘じる梅吉であった。

 員弁群を抜けると直ぐ様、カカシは八風街道に入るなり疾風の如く駆け出した。

 その速さは忍びの中でも際立つ物で、自身が追う敵の力量が並みで無い事を梅吉は悟ったが、敵に引き離される事は無かった。

 標高九百四十メートルの八風峠を超え街道を下り出すと、麓近くに臨済宗永源寺派の大本山である永源寺が右手に現われ、そのまま坂を下って行くと眼下に近江盆地が開けて来る。

 カカシを尾けて来た梅吉は、途中から街道を逸れるや木々を伝い先回りすると、永源寺の境内に立つ大銀杏に駆け登り、愛知川を挟み向こうに見える八風街道を、今正に通るであろうカカシを待ち受けた。

 大銀杏から遥か先に見える琵琶湖へ目を遣る梅吉は、琵琶湖の手前に在る小高い山へ目を遣り、

『遥か戦国の世、織田信長公が天下統一を志し、かの地に安土の城を築かれしは、正に覇道の始まりに御座ったが⁉』

 天下の覇権を争う戦国の世に於いて、天下布武を旗印に天下統一を目指す織田信長が、志半ばで本能寺にて没した事に思いを馳せ、自身が今関わる御家騒動とは余りに似ても似つかぬ争いに、

『大義と私利私欲。

 同じ武家でも、この違いとは何とも情け無き限りよ⁉』

 と、余りに自身が関わる事の小ささに、何とも情け無い思いが躯を駆け抜けるのだが、誰が見ても人と形が見事に優れた主茂直の為に、改めて真命を懸け守り仕える事を心に期するのだった。

 そんな梅吉の目は、真っ暗な八風街道を駆け降りて来るカカシの姿を捕えた。

『はてさて、この先何処へ向かいよるかの?』

 疾風の如く駆け抜けたカカシに、その様な思いの梅吉は自身が座る大銀杏の枝から身を躍らせた。

 落ちて行く中、梅吉が両手両足を広げるや腕と胴の間、それに両足の間へ翼膜が現われムササビの様に滑空すると、愛知川を超え地面へ降り立つや直ぐ様、装束に細工して居た糸を引き翼膜を仕舞うや、カカシを追うべく八風街道を下って行くのだった。

 愛知川に沿う様に通る八風街道だが、永源寺を過ぎた辺りで左右に分かれ、愛知川は愛知川宿の方へ、八風街道は武佐宿へと泣き別れて行く。

 そうした八風街道を駆け抜け、鈴鹿山系の裾野へ出て来ると、目の前には近江盆地に敷き詰められた様な田園が広がる。

 後ひと月もすれば刈入れと成る田圃は、居並ぶ稲穂が夜風に吹かれ心地良さそうに揺れて居る。

 そうした田圃の中を通る八風街道を、カカシは突き進んで居たが、山上村を過ぎた辺りで急に左へ折れると、何処へ向かうのか此れ迄以上に速度を早めた。

 左程走らずして、面前に小高い丘が迫って来るのへ、カカシは迷う事無く分け入るや走り抜けて行く。

 その姿を追いながら、

『このまま進めば、行き着く先は我が国元に御座ろう⁉

 成る程、やはり敵は内に潜んで居るか!』

 思うと、この先は味方が居る国元ではあるが、それと共に敵が潜む地でもあり、カカシを追うにしても何処に敵の目があるか解らぬと、一層用心を重ね後を追う事にした。

 山上村から、近江盆地を南へ向かうカカシを追いつつ、

『この先、商人街道を左に曲がれば⁉』

 思う梅吉の予想通り、カカシは日野商人街道に入るや左に折れ先へと向かって行く。

『やはり、行き先は国元か⁉』

 カカシが向かう先が国元と知れた事で、梅吉は遂に敵の首謀者を突き止める事が出来ると胸を高鳴らせた。

 国元へ一歩一歩近付くにつれ、此れ迄に無かった緊張と言う物を始めて覚えた。

 此れ迄、様々な勤めをこなして来た中で、この様な状況下に成る事は皆無と言って良かった。

 本来なら、いつも通りに帰ってくれば、家族や仲間から労いの言葉があるが、誰が敵なのか解らない中へ帰る事は、火中の栗を拾うが如く危うい事である。

『黒幕の正体は未だ知れぬが、忍びを雇う程とあらば、事に臨む備え周到にして、その企て真なる物と見て然るべし。

 されば、いざ戦うにせよ、先ず以て敵を知るを肝要と致すべき成り!』

 そう思った梅吉は、後を追うカカシを遠くに捕えながらも、日野商人街道から脇へと逸れるや忽然と姿を消した。

 この梅吉の動きに、カカシは全く以て気付いて居ない。

 ここ日野迄、己一人で遣って来たと思って居たからだ。

 日野商人街道をこのまま進めば、目指す国元大安寺藩領迄後少しである。

 カカシは、ここ迄休まず駆けて来た足の速度を落とすと、街道を左へ折れ小道に入り奥師の方へと向かって行く。

 吉橋家が治める大安寺領は、近江国の南東部に位置し鈴鹿山系西麓に広がる、農業と林業が盛んな穏やかな土地である。

 そうした地域の中、カカシが向かうと思われる奥師は、鈴鹿山系の入口とも言うべき裾野に位置し、人家が集まる街等は無いが、樵や猟師が暮らす小屋が幾つか点在して居る。

 森を思わせる鬱蒼とした木々の間を縫う様に歩くカカシは、一軒の猟師小屋の前で足を止めると辺りを見回し、何者の気配が無い事を確かめるや木戸を開け中へ入った。

『あれが、奴らの忍び宿か⁉』

 鬱蒼とした木々の中、今にも崩れ落ちそうな小屋に見えるが、梅吉の目には十分に備えが出来ている建物に見えた。

 そうした小屋を、半町程離れた木の裏から見る梅吉は、此度の騒動の中で始めてまともな手掛かりを得た気がして居た。

 この好機に於いて、主茂直の為、御家の為にも、何としても黒幕の正体に繋がる手掛かりを得たかった。

 そう思うと、梅吉は腰を据え敵の忍び宿を見張る事にし、佇む大木の根本から上を見上げるや飛び上がり、張り出す幾つもの枝の一つに乗ると、更に上へ上へと登って行くのだった。

 木の頂き近く迄来ると、小屋は勿論の事だが、辺り三町四方を見渡せるだけの高さに達して居た。

 眼下に捕える猟師小屋には、あれから人の出入りは一切無かったが、梅吉には小屋の中に三人の気配を感じ取って居た。

 梅吉がカカシを追い、宮宿から国元へ向かって居た頃、尾張藩中屋敷に於いて吉橋家藩主茂直は、徳川御三家筆頭で尾張名護屋藩主徳川宗睦と相対するべく控えて居た。

「権大納言殿下におかれましては、益々御壮健の由、恐悦至極に存じ奉ります。

 不調法の装いにて御目通り仕り、平に御容赦下さりませ。」

 と、幾ら常々二人で居る時は改まら無くて良いと言われて居ても、『やはり其処は徳川御三家筆頭格の家柄である宗睦へは、礼儀礼節は欠かす事が出来ぬ!』と、通された部屋で平服し遥か格上の徳川宗睦が御成りに成るのを待つ茂直は、そうした心積もりで居てたが故に、現われた徳川宗睦へ先の様な改まった挨拶をしたのだが、

「上野守殿、此処は中屋敷にて、某も忍びにて参り居る故、かかる堅苦しい挨拶は差し控えてくれぬか。

 其方が身を慎むは立場上察するが、儂は其方の事を腹心の友と心得て居る故、常より申して居る通り、改まらずとも差支え無かろうぞ。」

 そう言ってくれた宗睦の心根に、茂直は感激すると改めて人柄に心服するのだった。

「上野守殿、久しいのう。」

 宗睦の言葉から、静かに二人だけの宴は始まった。

 酒の肴が乗った膳を前に、酒を酌み交わし談笑する二人は、旧知の間柄と言った具合に世間話から政に至る迄、様々な話しに時を忘れ語り合うのだった。

 翌日早朝、茂直は朝餉を頂いてから中屋敷を辞した。

 これはいつもの事で、主を待つ玄番も其処は心得た物であり、朝五つ頃に戻って来た茂直を裏口で出迎えると、直ぐ様茂直の支度に取り掛かりつつ出立の触れを出した。

 程無くして隊列が整うと、一行は桑名宿へ渡るべく七里の渡しへ向かった。

 渡しへ着いた一行は、名護屋城へ続く道へ来ると一列に整列し、玄番の掛け声と共に名護屋城へ向け一礼すると、国元へ戻るべく名護屋城下を離れる事と成った。

 七里の渡しと言うだけあり、宮宿から桑名宿迄は凡そ七里(二十八キロ)の距離であったが、この距離は正確に測った訳では無く公称としてで、実際は天候や潮流等で航路が一定する事無く、最短では四里半(十八キロ)であったり、遠回りせねば成らぬ時等は七里半(三十キロ)に成る時もあったと言う。

 その渡しで、一行に仕立てられた渡舟は、藩主茂直や家老内藤玄番等上級武士に近衛が乗る御座船(ござぶね)と、中級や下級武士と馬や駕籠に荷駄等が乗る和船(弁才船(べざいせん)()海船(かいぶね))が合わせて八艘用意されて居た。

 これらに各々が分乗すると、大名行列の秩序を保つ様に茂直が乗る御座船を中央に、前後を家臣達や荷駄が乗る和船が挟む形で、目的地である桑名宿へ向け出港した。

 宮宿と桑名宿の間は、普段であれば一刻半から二刻(凡そ三~四時間)程度の航海であったと言い、実際この時も茂直達一行の船団は風に恵まれ、昼前には桑名宿に上陸する事が出来た。

 一行は、着いた者から順々に脇本陣である駿河屋へ入り、東海道を歩く為の支度をしつつ休息を取った。

 全ての家臣と荷駄が揃い、握り飯と香の物と言う軽い食事を摂った後、一行は次の宿泊地である四日市宿を目指し出立した。

 四日市宿の名は、鎌倉時代から毎月四日に市が開かれた事に由来し、伊勢参宮の玄関口や伊勢湾の港町として知られ、本陣一軒脇本陣一軒宿数七十軒余りの陸海交通の要所であった。

 一行が四日市宿を目指して居る頃、近江に戻って居たカカシは忍び宿を出ると、一足先に戻って居た辰吉を連れ、一行が戻って来るであろう東海道目指し鈴鹿山中を駆けた。

 そのカカシと辰吉が忍び宿を出たのを確かめつつも、見張る梅吉は場を離れる事はしなかった。

 梅吉にしてみれば、カカシや辰吉が向かう先は間違い無く一行の元であろう。

 ならば、その者達の動きは善七や、敵の事を良く知る午吉に任せておけば良い!

 見張る自身は、忍び宿に感じた三人の気配の内、二人が出て行った後に残る一人が頭目弥次郎兵衛と踏み、二人から受けた知らせを持って黒幕の元へ向かう筈と待つ事にした。

 しかし、二人が忍び宿を後にして後、待てど暮らせど残る一人は出て来ない⁉

 が、気配は薄くも感じられる。

 見張る梅吉は、

『もしや、あの忍び宿には抜け穴でも掘ってあるのやも知れぬ!』

 そう思い、探索したい欲に駆られ悩みはする物の、万が一にも敵が策を講じて居るやも知れぬと、敢えて此処は忍び宿に何ら動きがある迄待つ事にした。

 実際、微かに感じる気配に、この場を離れられなかったと言うのが正直な所なのだが。

 梅吉が張込んでから凡そ半刻(一時間)。

 今迄、微かな気配が現われては消え、消えては現われて居たのが、急にハッキリとした物と成るや、忍び宿の扉が開き一人の猟師が現われると森の奥へと歩き出した。

 これを見咎めた梅吉は、凡そ一町の距離を保ちながら猟師の後を尾ける。

 そうした中、猟師の後を追いながら薄暗い森の中に、木を切る樵や猟師の姿を遠くに見るのだった。

 暫くすると梅吉は、幾つかの気配が自身を取り囲んで居るのに気付いた。

 その気配を探った梅吉は、ひいふうみい……数を数えて行き、やぁで数え終えるや取り囲む者達を八人と認知し、この者達が一体何者で自身をどうする腹なのか悟った。

 その者達はいつからか自身を取り囲む陣形を作り、その幅をジワリジワリとすぼめ、気が付いた時にはすっかり囲まれて居る状況であった。

『敵ながら誠に以て見事と申す他あるまい! されど、この者共、一体いずこより湧き出でたと申すのじゃ⁉

 ……。

 成る程!

 この森に居た樵や猟師、更には農夫迄もが弥次郎兵衛一味に属して居ったと申すか⁉

 よもや、その者共が日頃より絶えずこの森を見張って居るとすれば、忍び宿より出でた猟師を尾ける儂を敵と見做すも、誠に以て道理に適う事よ!

 ならば、今直ぐにて襲い掛かって参っても不思議はあるまい!

 されば、この急場、如何にして凌ぐが良いか⁉

 尾けて居る猟師を尚も追えば、必ずや敵と見做され、一斉に襲い掛かられようぞ。

 さりとて、このまま奴を見逃しては、黒幕の正体を知る術は叶わぬ!

 如何に致すべきか⁉』

 思案にくれながら猟師を尾ける梅吉へ、突如ヒュッと言う風を斬る音が聞え、梅吉は考える暇もなく躯が反射的に動くと、迷う事無く八つの影に向かって反撃に出た。

 猟師の後を尾けながら、自身を囲む気配の位置を特定して居た梅吉は、反射的に避けた物が木に刺さった苦無だと見るや、その軌道を考え投げたであろう気配へ向かい駆け寄ると、アッと言う間に農夫の形した弥次郎兵衛配下の者へ刀を振り倒した。

 此れには、梅吉を取り囲む者達も予想して無かったのだろう、その余りに素早く無駄の無い動きに圧倒され、身構える事は元より逃げる事さえ忘れ呆気に取られてしまった。

 戦国の世に生きた忍びならば、この様な状況下に陥る事は日々想定済み故、こうした反撃に遇う心構えは出来て居ようが、太平の世と成って久しいこの頃では、武士でさえ命を懸けた斬り合いを行う者は居らず、そう言った意味でも忍びでさえ平和呆けしてると言っても過言では無かった。

 忍びの攻撃に於いては、この時の梅吉の様に敵の不意を突くのは常套手段であり、梅吉は一人目を倒して後、直ぐ様近くに居た二人を同じ様に倒すや、手早く手にした手裏剣であろうか、後ろに感じた三方向の気配へ投げ付けた。

 ドスドスドス、続け様三人の首元へ当るや一人は膝から、二人目はもんどりうって、三人目は崩れ落ちる様にその場へ倒れた。

 一瞬にして六人もの仲間が倒され、残された二人は梅吉の技量に唯々おののいた。

 こう成ってしまえば、梅吉が断然有利に成り倒す事は容易く成る。

 が、梅吉はこの二人を相手せず、猟師を追うべく先へと駆け様としたが、何を思ったか二人は面前へと立ちはだかるでは無いか!

 此れには、流石の梅吉も驚いた!

 どう足掻いても自身に勝てる筈は無く、戦ったとしても無駄死に成るは必至。

 そう思うと、午吉はこの二人が何としても猟師をこの場から逃したいのだと悟った。

『無益な争いはしとう無いが、こう成ってしまっては致し方あるまい。』

 思うや、刀を正眼に構えた。

 この梅吉の姿に、何故か二人はさっき迄の臆した姿では無く、果敢に立ち向かって来ようとしてる様に見える。

『あれ程迄に技量の隔たりを示して見せたにも拘わらず、何故に尚も討ち懸からんとするのか?

 それ程迄に、弥次郎兵衛の許での勤めに遣り甲斐あると心得て居るのか。

 否、さりながら、それは有り得ぬ事よ

 されば、考え得るは恐れを以ての支配に他ならぬ。

 儂と争わず逃れんとすれば、必ず追手を掛けられ、見付かれば掟に背きて死に処せらる事疑い無し。

 されば、いずれ命を奪われるならばこそ、儂と戦いて討ち倒し、生き延ぶ望みを賭けるに至るのであろう。』

 そう、考えが行き着くと、

『然れば、此の者共も命を捨てて儂に挑み掛かるであろう。

 なれば、先の如く容易に討ち果たすは叶わず、時を費やせば猟師を追う事能()わず。

 故に、此度は撒きて退くのが得策か⁉』

 思うも、結局自身が目指す先は猟師の元である事を思えば、その道程を解って居る者達を撒く事は出来ぬ上に先回りもされる。

 そうした事を考えて居る間にも、猟師が場を離れて行く事を思えば、この様な人の気配が無い所では容易く気配を追う事が出来ると決し、梅吉は目の前の者達を瞬時に倒せば追う事可能と、目の前に立ち塞がる二人と相対する事にした。

 この気迫が二人に通じたのか、二人は刀を握る手に力を入れ直し、明らかに緊張して居るのが手に取る様に解った。

 途端に、二人が梅吉に斬りかかって来るのを飛退いて避けると、梅吉はすかさず礫を(つぶて)二人へ投げた。

 此れが、見事に二人に当ったのであろう。

 二人が体制を崩したのへ、梅吉は斬り込んで行き一人を横一文字に払った。

 次の瞬間、その者はバッタリと地面に倒れピクリともしなく成った。

 これに、もう一人の者は臆したのか、掛かって来るのを躊躇し、切っ先を梅吉に向けたまま微動だにしなく成った。

 これに梅吉は警戒した。

 此れが自棄から来る物なのか、それとも以外に出来る強者なのか⁉

 どっちにしろ、迂闊に踏み込む事は出来ぬと踏んだ梅吉は、この残る者の技量を測るべく攪乱(かくらん)戦法を取る事にした。

 刀を構える者へ向かい、瞬時に駆け出したのへ、相手が身構えた途端に飛び上がり、その者の首筋目掛け手にした物を投げ付けた。

 途端に、その者は呻き声を発し倒れた。

『やはり、虚勢を張って居ったか⁉』

 地面に倒れた者を尻目に、梅吉は猟師を追うべく後を追ったのだが、既に感じ取れる筈の気配は其処に無かった。

『何処に行った?

 あ奴らを倒すに、さして時は掛かって居らぬ筈じゃが⁉』

 そう思い、猟師が向かったであろう方向へ走って見たのだが、やはり一向に気配を感じ取る事が出来ない。

『こっちでは無いのか⁉』

 猟師を追いながら、梅吉は此れ迄の経験から、あの程度の戦いでは、その場から逃げた者を取り逃がす事は無かった。

 それを考えれば、あの猟師は忍びが(すた)れたこの時代に、自身と同じ程の技量を持って居るのか⁉

 否、もしかしたら、それ以上の技量を持っているのやも知れぬ!

 そう思わせ、此度の御家騒動が只ならぬ物に思えて来るのだった。

 凡そ、二町程走った所で、梅吉は気配を探る事を諦め足を止めた。

 そして、暫く辺りを見回すと踵を返し森を出るべく元来た方へと駆けて行った。

 途中、梅吉が倒した横たわる者達を横目で見遣りながら、日野商人街道へ出ると陣屋とは逆へ歩を向け元来た道を戻って行った。

 後三刻もすれば、暗闇が覆うこの世界へ、朝の光が満遍なく隅々へ明るさを届ける。

 そうした中で、街道を駆けて行く梅吉の姿を木の頂きから見る双眸があった。

『あ奴、何者⁉』

 旨の内に思い、己の配下八人を瞬時に倒した手並みに、太平の世と成った今この時、これ程の強者が居る事に驚く双眸の主は、

『やはり、御家乗っ取りと成ると、そう易々と事が運ぶ等と言う事は難しいと見える!

 されば、あの様な者が居るならば、此れより後は今一層気を引き締めて掛からねば成らぬと言う事か!』

 思うや、配下を倒した強者(つわもの)が、日野商人街道の先へ姿を消したのを見咎めるや、配下から受けた知らせと今後の事を話すべく、己が居る木の頂からするすると降りて来るや、雇い主の元へ向かうべく森の中を陣屋町へ向け駆けて行く。その旨の内に、

『あ奴とは、いずれ相対せねば成らぬであろう!

 その時、漸くに我が願いが叶うのか、潰えてしまうのかが知れると言う事か⁉』

 そう、思うのであった。

国元が近付き、一行はいよいよ最後の難所とも言うべき鈴鹿の山へ。

そうした中で、敵はどの様な策を取って来るのか⁉

無事に、一行は藩主茂直を国元へ帰国させる事が出来るのか!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ