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七、尾張名護屋

藤川宿に到着し、参勤交代の道中で必ず寄る寺、明星院の和尚と話し合う中で、藩主茂直は自身が藩士をはじめ民の為に成って居るのか迷う。

そうした中でも、茂直は自身の役目を全うする事に邁進する。

そうして、東海道随一の賑やかさを誇る宮宿に入る。

此処は、徳川御三家である尾張徳川家の城下町。

 藤川宿に草鞋を脱いだ一行の中には、夕餉の後に宿場を散策する者の姿もあったが、その中に藩主茂直の姿を目にする事は出来無かった。そして、一行の動きを見張る午吉も、本陣の出入口を見張りながら、

『殿様は、御忍びで出られ様かな⁉』

 そう思い、本陣の出入口を見張って居る午吉の目に、小者を連れ陣屋を出て来る中級武士の姿が映った。

 その者らは連れ立ち、ぶらぶらと宿場をひとしきり歩くと、宿場の中程に位置する明星院の閉ざされた門へ近付くのだった。

 宿場の丁度中程にある明星院は、薬師如来を本尊とし藤川宿の宿寺として栄え、旅人や商人の休息場としてや安全祈願を行い、商人達や旅人、宿場の人々の信仰を集めた。

 そして、先に記した片目の不動尊が世に良く知られ、茂直は立ち寄る度に不動尊へ参るのを楽しみとして居た。

 その明星院へ遣って来た茂直と梅吉は、正門脇に在る潜り戸へ近付くと静かに中へ声を掛けた。すると、心得て居たとばかりに静かに潜り戸が開き、二人は吸い込まれるが如く中へ姿を消した。

 出迎えた小僧が持つ提灯の明かりが足元を照らすのを頼りに、茂直と梅吉は庫裡へ向かうべく足を運ぶ。

 庫裡の玄関へ来ると、住職が二人を出迎えるべく正座し待って居た。

「御坊、御身の御健勝、かねてより案じて居りましたが、御変わりは御座らぬか?」

 茂直の言葉に、住職は変わらず元気に暮らして居ると答えると、

「ほう、これ又。

 その御姿、何処の御家中の方かと思いましたぞ!」

 と、これ迄の如何にも上級武士の格式ばった身形とは違い、黒無地の小袖に同系色の行燈袴を着る茂直を見て茶化すのだった。

 そうした住職は、楽し気に二人を座敷へと招き入れると、それから半時程は茂直と住職が近況や世間話をして居たのだが、

「御坊。此度、儂がこの様な形をして居るのも、ちと厄介事が藩内に御座ってなぁ。」

 と、何とも困ったと言わんばかりの顔で突然吐露したのへ、

「町方の者共が、噂致して居りました。

 どうやら、吉橋の御殿様、御身を損じられて居られる由に御座いますと。

 それ故に、拙僧も御身に何やら変わりあられたかと案じ、此度は御出まし頂く事も叶わぬかと思うて居りましたが、先程梅吉殿の使いと申す者が来るや、御殿様がこちらに御出ましに成ると知らせてくれました。

 されど、斯様に御忍びの御姿をば、何かしら御因縁あっての御成りと拝し、拙僧も又、その様に受け止め奉りました。

 御身に御変わり無きと知れましたは、誠に安堵の至りに御座います。

 それに、梅吉殿へ言付かって居りました品も、実は手元に控えて居りまする故。」

 そう言うと住職は、袂から結び文を取り出すと、茂直の後ろに控える梅吉へ渡した。

 受け取った梅吉は、それを解き一瞥すると茂直へ顔を向け、

「やはり、後を尾けて参って居る様子に御座います。

 されど、此度の手立てが功を奏したか、敵は手出しせず見張るのみの様子にて。」

 言った梅吉の言葉に、茂直はほっと安堵の表情を浮かべた。

「さては、誰ぞに御命を狙われておいでに御座りますか?」

 住職が聞いたのへ、渋い顔を返した茂直の顔を見て、

「ですが、古来より悪が栄えたためしは無きと申します。

 拙僧が知る限りにては、御貴殿こそ誠に(まれ)なる御君主にてあらせられます。

 常に世情を御案じ、民を慈し(いつく)まれ、その暮らしをも気に掛けられる御心根、誠尊き物に御座います。

 此れ迄、拙僧が御対面仕った折にも、御話は常に民の暮らし向きに御座いました。

 かくの如き御心根を御持ちの御貴殿にてあればこそ、積まれし徳も又深く、いざ窮地と相成る折には、必ずや御仏の御加護があらん事、疑い無き事に御座いましょう。」

 そう言った住職の言葉に、

『それが身内と思しき者なれば情けない。』

 此度の窮地を本尊の不動明王が鎮めて下れれば、どれ程に心強く有難い事かと、寺を離れる際に片目の不動尊へ願を掛けお参りする茂直だった。

 翌日朝、吉橋家一行は次の逗留地宮宿へ向け出立の用意に余念が無かった。

 一同が慌ただしく立ち働く中、茂直は一人部屋の中、昨晩尋ねた明星院の住職と話した事を思い出し、自身が住職の言う様な人物であるのだろうかと自問自答して居た。

『人は、儂の事を名君と言うてはくれるが、誠に民の為に成る様な政が出来て居るのであろうか?」

 日々、自身に問い掛け悩む茂直は、昨晩寺を後に梅吉を伴い本陣へ戻る際、些か沈んだ表情を浮かべて居たのであろう、梅吉にどうしたのかと尋ねられ、

「御坊が言う通り、儂が名君と呼ばれる様な者なら、この様に命を狙われる事もあるまいと思うてな。」

 思わず吐露してしまった。

「殿、某がこれ迄、諸国を巡り聞き及んだ御家騒動と申す物、得てして恨み辛みを持つ輩らにより起こり、御家乗っ取りを目論んだ物に御座いました。そうした物は往々にして、人の(ごう)による所が多う御座います。

 されど、その多くは志半ばにて、思惑は(つい)えて居りまする。

 某が思いまするに、それは悪しき亡者の魂胆など、いずれ必ず日の元へ露見致す物に御座いますれば、そもそも分別ある者ならば、正しき御方の御側へと集まる物に御座いましょう。

 その証左(しようさ)として、我が配下と成った午吉。 かの者は一味の下で働き、挙句には殿の御命を狙う働き迄して居りましたが、殿の御人柄を目にして己が何に手を貸して居ったのかを悟り、遂には我らが元へ下って参ったので御座います。

 とどのつまり、和尚様が仰せの通り、悪しき者が世に栄える事など、決して叶わぬ物に御座います!」

 こう言ってくれた梅吉の言葉は、自身が君主として人徳や器があるのか、以前よりその事に悩んで居た茂直の心を少し軽くさせた。

「梅、忝い。

 儂もまだまだ故に、政を預かる身として、思い悩む事少なからずあるのよ。」

 つい、弱音とも取れる言葉を吐いた茂直だったが、家老内藤玄番をはじめ作十の様な小者に至る迄、吉橋家や藩主である自身の為に働いてくれる者が居る限り、命が狙われ様が国を預かる重責を全うする事を心に誓った。

 翌日、心新たに出立するべく表へ出た茂直は、整い出した隊列の中で自身の持ち場である家老内藤玄番の駕籠側へ付いた。

 この日の行程、藤川宿から尾張宮宿迄、凡そ十里(約四十キロ)程で、大名行列が一日に進む距離の平均とほぼ同じ距離である。

 先に記したが、外様である大名は譜代大名の御城下に逗留するのは憚られ、茂直も又、そうした城下に逗留する事を避けて来た。

 しかし、次に逗留を予定する宮宿は、徳川御三家筆頭の尾張徳川家の御城下で、古くから熱田神宮の門前町として開け、多くの参拝者を集めると共に、桑名宿への舟渡場としても賑わう、東海道随一と謳われる程に賑やかな宿場町で、この宮宿に逗留するのは代々吉橋家の習いとして受け継がれて来た。

外様として、それ程に気遣って居た吉橋家が何故にと思うのだが⁉

 それは、吉橋家が外様の小藩主にも関わらず、何故か代々尾張徳川家当主が吉橋家当主を懇意に思い、当世に於いても尾張公である徳川宗睦公が、吉橋家当主と成った茂直を親しく思い、参勤交代の折には必ず尾張へ寄る様にと饗応するのを楽しみにして居た。

 そしてこの日も、吉橋家から前々日に宿泊願いが届いた事から、尾張藩主徳川宗睦は、茂直と酒を酌み交わすのを手薬煉引いて待ち侘びて居た。

 吉橋家はこの様な繋がりから、此処尾張名護屋には逗留するが、凡そ他外様大名は尾張城下に逗留する事を避け、前後の宿場町か郊外にある寺等に逗留するのが常であった。

 何故に態々、本陣や旅籠があるのに避けるのか、それは逗留に掛かる手間が尋常では無く、儀礼と緊張が伴う上に他藩との外交関係にも影響が出るからであり、吉橋家もそうした事から避けて居る事項であった。

 その手間とはどう言った物か!

 先ずは先遣隊が他藩城下町へ赴き、通行・宿泊の許可を願い出なければ成ら無かった。

 次に、城下宿場町の本陣や脇本陣への宿泊手配。

 そして、此処からが問題で、城下を通る際には通行に対する儀礼があり、余程に親しい間柄や特別な関係では無い限り、他藩の城内には立ち入らないのが原則で、行列を通過させる場合には城の脇道を通るか、迂回等して正門を避けるのが常であり、槍の先等は鞘を被せ城とは反対側へ向け矛先は下げる。

 一方、相手方の藩も出迎えや見送りは城外にて行うのが礼儀であった。

 更に、宿泊日には当地藩の使者が宿泊先を訪れ、挨拶や形式的な饗応を行い、宿泊する側も自藩の家老や使者を当地藩に遣わし、感謝の意を伝えるのが作法であった。

 但し、幕府は諸藩の越境に対し監視を強めており、〝勝手な交誼・盟約を結ぶ事を禁ず〟として居た為、幕府に疑われ無い為にも過度な親交は避けなければ成らなかった。

 そうした事を気遣い準備を整えた上で、吉橋家一行は宮宿目指し藤川宿を発った。

 国元へ戻る道中にて、最後の難所とも言える鈴鹿越えを前に、家臣一同の心身を整え英気を養う為にも、茂直は宮宿へ少しでも早く着く事を目指して居た。

 これは、代々吉橋家の当主が行って来た事で、幾ら天下に名高い尾張名護屋城下であっても、宮宿の様な宿場が城下町であれば、少々羽目を外す位は目溢しして遣らねば、堅苦しいばかりで何の楽しみも無くなる。

 故に、物見遊山を禁じる事はしなかった。

 藤川宿を出ると、一行は東海道を西へと向かい矢作川に掛かる、江戸時代に於いて三大大橋に数えられた矢作橋を渡り、次の宿場である岡崎宿へ向かった。

 大名行列の一日に進む平均距離、凡そ十里を休憩無しで一気に踏破するつもりである。

 少しでも早く着けば、皆が心待ちにする息抜きをさせて遣る事が出来る上、自身の来訪を待ち焦がれて居る、徳川宗睦との時間をも取る事が出来るからであった。

 そうした主の思いを汲み、玄番は藤川宿を発つ折に、一同へ急ぐ旨を伝えはっぱを掛け様としたのだが、

「御家老、暫しお待ちを!」

 それを制した梅吉から、池鯉鮒宿と鳴海の間にある高徳院での休息を取る様言われ、玄番は近衛として控える茂直へこそっと伺いを立てると、梅吉が言った理由に茂直は迷う事無く承諾するのだった。

 江戸幕府を開いた徳川家康の生誕地として知られ、この時には譜代の本多家が藩主を務めて居る岡崎宿へ到達するや、城下を通過するに当り使者を挨拶へ向かわせると、岡崎藩からも丁寧な挨拶を賜った。

 岡崎藩からの使者を見送ると、玄番は藩主茂直以外の家臣一同へ声を掛け、一同揃い岡崎城へ向くや拝礼し城下を通り過ぎた。

 池鯉鮒宿を抜け、鳴海宿迄三分の二程の所に在る高徳院に入ると、藩主の駕籠から茂直の替え玉である作十を、重病人を扱う様な段取りで庫裡へと運び入れると、家老玄番は家臣一同へ休息を取る様指図した。

 家臣がそれぞれに休息を取る中、木陰に腰掛け煙草を燻らす梅吉の元へ、玄番の近侍と成る茂直が近付くと隣に腰掛け、

「梅が言う通り、これ程の道中で一度足りとも休息を取らねば、儂が病であると言う事が信用成らぬ話に成ろう!

 そちの申す通り、敵が放った見張りの者が居るならば、休息が無くば儂の様子に疑いを持つのも必定。

 されば、これ迄各宿場にて休息を取って居ったのが、此度此処での休息のみとなれば、流石に具合が良く成ったのか否か訝しむと言う物よな。

 そこで、お主の謀と成る訳よのう!」

 言った茂直へ、梅吉は自身の読み通りであれば、敵の正体が何者なのか露呈するであろうと言った。

 四半刻程の休息を終えると、一行は宮宿目指し東海道を下って行くのだった。

 暮六つ手前、陽もまだ明るい時分に一行は宮宿の脇本陣である竹内屋へ入った。

 この竹内屋にしたのも、他の大名と宿重せぬ様にと、端から本陣を避け脇本陣を選んでの事である。

 そして更に言えば、この竹内屋もこれ迄、定宿として来た事から、随分と融通を利かせてくれる気心知れた宿であった。

 そうした気遣いに、吉橋家も感謝と心付けを欠かす事無く関係は長く続いて居る。

 そうした竹内屋へ入った一行は、直ぐ様長患いの藩主役を務める作十を輿へ乗せるや、奥に用意された部屋へ運ぶと藩主よりの言葉として、

「常の事にて、役がある者以外は暇を(いとま)与える故、門限迄は好きに時を過ごして参れ。」

 との玄番の触れに、熱田神宮へ参拝に行く者や土産を買いに行く者、飲みに行く者や飯盛り女を抱きに行く者と、それぞれ思い思いの場所へと出張って行くのだった。

 凡そ、陣屋の部屋割りと言う物は、殿様の世話をする小姓の芹川十三郎はじめとする小姓達と、警護役の近衛の者が次の間に詰め、その次にある控えの間に家老内藤玄番を筆頭に、中老片平三平太が続き上士達へと順々に部屋割りされ、廊下を下るのに合わせ役職も下がり、台所近くの下段の間や中間部屋には中間や足軽に小者、そして台所や物見には使用人や御膳番等が控える。

 総勢七十名程の行列である吉橋家は、大名行列としては小規模と言って良く、この時逗留する竹内屋一軒で十分に事足りた。

 そうした吉橋家の者達が、ほぼほぼ出払った脇本陣内は、床に伏す藩主にそれを看る小姓の他、何かと用のある家老内藤玄番に玄番の用人、後は中老片平他十人程の者達が陣屋に残るだけと成った。

 脇本陣竹内屋は、名護屋の様な大きな城下町に於いては、それ程大きい旅籠とは言えないが、それでも宮宿では名の知れた旅籠であり、吉橋家総勢と宿の者が二十名程詰めても余裕はあった。

 そうした脇本陣の中で、粗方の家臣達が出掛けた後、ガランとした竹内屋の奥座敷に、『病で伏せる茂直が躯を休めて居る筈!』

 と思う者が一人居た。

『やはり此度は、例の如く尾張様の御座所へ向かう事は無さそうじゃな⁉

 と成れば、今日のあの急ぎ様も、いつもの通り家臣らの労を労う為であったか!

 あれ程迄に情の深い御仁を、この手に掛けねば成らぬとはのぅ。

 勤めで無ければ、儂とてあの御仁の命を頂戴する事などしとうは無い。

 ほんに、我らが家業と言う物、何と情け容赦の無い物よのぅ。』

 脇本陣である竹内屋の大きな庭、その中にひと際大きく枝葉を広げる楠、その葉の中で先の思いを抱く一人の男が潜んで居た。

 この男、通り名をカカシと言い、辰吉と共に午吉の動向を監視する役目に遣わされた男であったが、その事は辰吉にさえ知らされて居らず、辰吉がそれに気付く事は無かった。

 しかし、監視されて居る午吉本人は、早々にカカシの存在を察知し、梅吉と示し合わせ気付いて居ない素振りを通して居た。

 一行が竹内屋へ入るのを見届けた午吉は、一行が逗留した竹内屋の裏に在る、格で言えば中の旅籠である高砂屋に草鞋を脱いだ。

 その理由としては、竹内屋の裏手に位置する上に、旅籠の屋根へ登れば竹垣で目隠しされて居る物の、其れよりも目線が高い事から竹内屋の庭が一望出来、その先に在る母屋をはじめとした建物も良く見えたからである。

 瓦に紛れる為の忍び布を使い、高砂屋の屋根に伏せ竹内屋を見遣る午吉は、

『ふっ、儂を見張るのでは無いのか?』

 竹内屋の竹垣の向こうに見える、欅の大木に潜む弥次郎兵衛配下を見遣り、

『やはり、梅殿の思惑通り、儂の事より殿の様子が気に成ると見える!

 されば、梅殿の策を試してみるとするか⁉』

 思うと、陽が西の山並みの裏へ姿を消した後、辺りの景色から明るさを消した中、屋根に伏せて居た午吉はムクリと躯を起こすと、屋根の上を走り空中へと身を躍らせるや、風で揺れる竹の間を起用に擦り抜けると竹内屋の庭へ姿を消した。

 この動きに、母屋ばかりに気を取られて居たカカシが気付く事は無く、気付いた時には母屋の屋根に午吉の姿が現れるや、その姿は一瞬にしてフッと消えた。

 次に、母屋の屋根へ午吉の姿が現われたのは、八分(一刻・二時間を八等分した、今の時間で言うなら十五分程度)程時が経った頃であった。

 屋根の上に立った午吉は、一頻り辺りを見回すと屋根から躯を空へ躍らせ、庭へと降り立つや猫の様に走り切り、そのまま竹垣へ分け入り軽々と塀を超えて行った。

 これに驚いたのは、カカシであった。

 全く以て、午吉の侵入に気付かなかった上に、自身の勤めを全うしたであろう午吉の、鮮やかな働きに感嘆する己が居たからだ。

 幾ら本陣に人が居ないとは言え、それでも何人かの警護の者や女中等働く者も居る。

 そうした中へ忍び入り、一切気付かれる事無く毒を忍ばせ戻って来た。

 その余りに鮮やかな手並みは、カカシに力量の差を見せ付けるに十分であった。

『これで、奴の苛立ちも増すであろうなぁ。』

 心の内にほくそ笑むと、午吉は潜み自身を見張る弥次郎兵衛配下の者の動きを注視するのだった。

 その頃、家臣達と同じ様に城下へと出た茂直本人は、近侍の形で梅吉配下の善七を伴い熱田神宮の境内を物見し、そのまま境内を抜けると更に北へ向かい歩くのだった。

 竹内屋を出てから凡そ一刻。

 二人は本町通りを上って来ると、廻りより一際高い塀に囲まれた屋敷の角を曲がり、塀伝いに歩くや表門の前に立った。

 高く聳え、堅く閉ざされた門を見上げた茂直は、供の善七へ向くと被って居た菅笠を上げ、その顔を見るや頷いたのに善七は門の脇へ歩を進めると、潜り戸の前に立つや戸を叩き中へ声を掛けた。

 すると、潜り戸が静かに開いたのへ茂直と善七は中へと入った。

 その流れは余りにも自然で、その光景を見た者が居たとしても、出張って居た藩士が戻って来た様に映ったであろう。

 そうして入った屋敷は、此処尾張名護屋を治める尾張徳川家の中屋敷であった。

 中に入った茂直と善七は、門番に案内され玄関へと向かって行くと、其処には、

「ようこそ、御運び下されました。

 吉橋様、御久しゅう御座います。

 御身、御変わり無き御様子を拝し、誠に恐悦至極に御座ります。

 されば我が主、奥にて吉橋様を御待ち申して居りますれば、某が御案内仕る故、どうぞ某に付いて参られませ。」

 言ったのへ、

「秋川殿、此度は斯様なる儀にて罷り越し候事、誠に以て無礼の至り、平に御容赦下さりませ。」

 そう言うと、深々と頭を下げるのだった。

 忍びとして訪問した事で、到底格上の大名に謁見する身形で無い事を詫びた茂直へ、尾張家用人秋川甚十郎知彬は、既に聞き及んで居るから気にしない様に言うと、主が首を長くして待って居るので、どうぞ御顔を御見せして差し上げて下さいと言うのだった。

 これに礼を述べた茂直は、次に振り返ると門番へ善七の事を頼み、秋川に案内され長く伸びる廊下を奥に向かって歩くのだった。

 茂直が尾張藩主徳川宗睦と会って居る頃、吉橋家が逗留する脇本陣竹内屋では、作十が化ける茂直が休む奥座敷へ、女中が甘葛煎(あまづらせん)が入ったガラス鉢を盆に乗せ向かって居た。

 凡その家臣達が出払った脇本陣は、人が居ない事で不用心と言わざるを得なく、余りに静かな中に現われた女中は、誰に止められる事無く奥座敷へ近付いて居た。

 女中が奥座敷迄二部屋と言う所迄来た時、

「おいっ、其の方何処へ行く?」

 不意に声が掛かったのへ、

 女中は慌てる事無く、

「はい、主より御殿様の御躯が御悪いから、この甘葛煎(あまずらせん)を御持ちする様に言われまして。」

 そう言い、手にする盆を声の主に見せるべく振り向いた。

 と、其処には、上質な縮緬(ちりめん)の小袖に羽織を羽織り、正絹製の仙台平の袴を付けた、如何にも上級武士と見受けられる者が居た。

 女中は、その者の顔を見るなり、盆に乗った甘葛煎を面前へ差し出し、

「これを主が……」

 と言ったのへ、

「左様か、されば某に付いて参れ。」

 言うと、先導する形で奥座敷へと入って行くのに、女中は開け放たれた襖の前で正座すると一礼し返答を待った。

 その様子に武士は、甘葛煎を自身の元へ持って来る様に言い、女中から盆を受け取ると床に臥せる茂直の側に行き、

「殿、竹内屋より御容体を案じ、この度これを奉り参じました。

 甘葛煎と申す、喉通り宜しき菓子にて、何卒、僅かにても御口に召され、御身少しなりとも御快復の助けと相成れば、これに過ぎたる悦びは御座りませぬ。」

 声を掛け茂直の躯を起こすと、小姓芹川に躯を支えさせるや、匙で菓子を掬うと痩せこけた躯付きに、頬がこけげっそりとした顔が乗る茂直の口へ運んだ。

「玄番よ、食し易く上手いのう。」

 一口二口食べると、再び床に付いた茂直を介護しながら、玄番は主竹内屋にくれぐれも礼をと女中へ言付けた。

 これを受け、女中が下がって行ったのを確かめると、

「御家老様、某の芝居、如何相映りましたでしょうや?」

 茂直に化けた作十が聞いたのへ、

「梅殿、如何で御座った⁉」

 玄番が、空に向け問うと、

「上出来に御座います。

 あの者、微塵も疑う気配が御座らぬ様に見受けられ申した。

 されば、上々の仕儀に御座りましょう。

 この後は、某が御引き受け申します故、心置きなく御休み下さりませ。」

 梅吉の返答に、奥座敷に居た玄番をはじめとした面々は、それぞれに緊張から解き放たれるのだった。

 一方、奥座敷から下がって来た女中は、

『あの者が、藩主が頼む家老、内藤玄番であったか⁉

 それにしても、聞いて居た以上に茂直公の具合、もう幾許も無いと言わんばかりに生気の無い様子!

 されば、国元に戻る前に息絶えてしまうのではあるまいか!』

 そう思うと、竹内屋の女中部屋に戻り、誰も居ないのを確かめるや、来ていた女中の着物を素早く脱ぎ、下から現れた忍び装束に成ると、結って居た島田髷を解くや起用に男髪へ結い直した。

 其処には、国元へ向かう一行を見張る午吉を、陰ながら見張るカカシの姿があった。

『午吉も、あの藩主を見て手を出さずとも、早々にくたばると思うたのであろうな!

 儂も迷いはしたが、あの様子を見て、運んだ甘葛煎に細工をせんで良いと思えたわ。』

 思うと、一旦この場を離れ、国元に居る頭領弥次郎兵衛に報告し、この先どの様にするのか指図を仰ぐ事にした。

 そこで、さっさと今居る竹内屋を離れるべく、拝借した女中着物を綺麗に元へ戻すと、表へと出るべく襖を開け廊下に出た。

「おいっ、貴様何奴⁉」

 突然、背後からの声にカカシは焦った。

 気を抜いては居ないが、宿に居る者の数が少ないと気配を探ら無かった訳では無い。

 その上で、何者も居ないと踏み廊下へ出たのだが、其処に待ち構えて居たかの如く声を掛けられ焦った。

 途端にカカシは、振り返って相手を確認する事もせず、直ぐ様この場を去るべく走り出すと、迷う事無く廊下を走り抜け縁側へ出るや、庭へと飛び出し後ろから追う声を聞きながらも、一目散に庭を走り声が小さく成るのを聞きながら、一気に駆け抜け塀を飛び超え姿を消した。

『ふっ、守る者も少なく、あの程度の近衛ならば退くのも造作は無いわ。』

 その様に思い、カカシは宿へ戻る事無く、そのまま宮宿を出たのであった。

 してやったりのカカシであったが、その実梅吉の策に踊らされて居たのである。

吉橋家の中に黒幕が居る事は確か!

だが、その者の姿が見えて来ない⁉

探索に向かう梅吉は、国元で一体何を探る事が出来るのか?

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