9話
「お兄さん、ちょっとここ寄って良い?」
一階を一通り歩き終えてから二階に来ると鏡花が止まりその場所を指差す。そこは刀真が普段はいらないようなオシャレな服屋だった。
「じゃ、じゃあ俺は待ってようかな……」
「何言ってんのよ、お兄さんも来るの」
逃さないと言わんばかりに手を掴まれて連れて行かれてしまう。
店員さんの生温かな視線を感じながら、訪れたのは女性服が沢山並んでいるコーナー。鏡花は気になったものがあればその都度立ち止まり、手に取って体に合わせたり刀真に感想を求めたりしてきた。
「これ、似合うかしら」
「良いと思うよ」
何度目かの同じようなやり取りをする。今度の服は可愛らしい白を基調とした花柄のワンピースで、刀真は素直な言葉をただ伝えたが、鏡花は不満そうな顔をして。
「ねぇ、お兄さん。ちゃんと見てる? 同じような事しか言ってないし」
「……だって何着ても似合ってるから、そういうしかなくて」
「ふ、ふーん……」
言った方も言われた方も顔を赤くして、変な空気が醸成される。互いに目を合わせられず、気まずい無言状態が少し続いた。
「け、けど今までの中で一番ぴったりな気はしたかな」
「じゃあ、これ買おうかな。私も良いなって思ったし」
「お金は大丈夫?」
「ええ。ある程度持ってきてるから」
そうして思ったより早く買うものが決まり、刀真はレジの方へと向かおうとすると、鏡花にまた手を掴まれる。
「どこ行くの? 今度はお兄さんの番よ」
「お、俺も?」
「だって、いっつも同じようなものばかり着てるじゃない。少しはバリエーション増やさないと」
そして今度は男性服がある方へ。この展開は全く予想していなく、断ろうにも鏡花はウキウキとしていて、されるがままに。
「色々あるわね。これならお兄さんに似合うものもありそう。さてと、まずはこれとかどう?」
「どうと言われても……俺は服とか着れれば何でも良いというか」
「もったいないわ。スタイルとか悪くないし、ちゃんとしたの着れば様になると思うんだけど」
「そ、そうかな……?」
あまり身体的な部分で褒められることが少なかった刀真にその言葉強く刺さった。
「お兄さんってチョロいわよね」
「ち、違うし……お嬢様には言われたくない」
「私もチョロくないわよ。……まぁいいわ、とにかくその気になったなら、お兄さん服とかよくわかってなさそうだし、私の着せ替え人形になってて」
「は、はい」
有識者に任せた方が良いと判断して刀真は大人しく鏡花の人形となって、彼女が持ってきた色んな服を着せられた。
「うーん、やっぱりお兄さんは水色とか淡い感じが合うのよね……よし、このセットが一番かも」
そして最終的に決まったのは、水色の半袖シャツにインナーとして白のTシャツにデニムというものだった。
「どう? お兄さん」
「な、何か俺がオシャレな感じ出して良いのかな? 何か不相応のような……」
「何言ってるのよ。オシャレしちゃいけない人なんていないわ。それに、ちゃんと似合ってるもの、私が保証する」
鏡花の力強い説得力と彼女の一生懸命さを思い出して、恥ずかしさからくる否定的な考えを排した。
「……そうだよね。ありがとう、これにするよ。ちょっと自信出てきた」
「ふふん。私が選んだから当然よ」
そうしてそれぞれ購入した。刀真は買ってあげようと思ったが断られてしまい、それぞれという形に。
「荷物、持とうか?」
「別に重くないから大丈夫よ。というかお兄さんって力あるの?」
「……そこまではないけど」
特に筋トレもしている訳でもなく、力があるエピソードもなかった。
「でしょうね。なんだったら私が持ってあげようか?」
「え、もしかして力に自信あり?」
「別にないけど」
「ないんかい」
そんな何の生産性もない雑談もリラックスしながら楽しめて、人混みがある場所なのにまるで二人きりの空間にいるような感覚でいられた。
「お兄さん、私行きたいところがあるの。良い?」
「お嬢様の仰せのままに」
「そのノリ好きね。じゃあ行くわよ」
鏡花に付いていき訪れたのは、音の洪水で溢れているゲームセンターだった。
「お兄さんはゲーセンは好き?」
「うーん、子供の頃は遊んで好きだったけど、最近は全然来てなかったな。お嬢様はよく来るの?」
「ええ。放課後とかお休みの日とかたまにね。あんまり家に帰りたくない日とか、結構遊んでるかも」
お嬢様というよりは不良少女に近い雰囲気の行動をしていた。あまりゲーセンは似合わないと感じていたが、その話を聞いて家出をしている今を考えれば、ピッタリだと考え直す。そして色々な面が見え隠れしてやはり飽きないなと刀真は内心呟いた。
「これ、一緒にやらない?」
そう指差したのは、一緒に家で遊んでいたレースゲームのゲームセンター版だった。ボタンでなく、ハンドルをコントロールするため難しく、昔の常に最下位を争っていた記憶が蘇る。
「良いよ。今なら行ける気がする」
運転免許を持っているわけではないが、成長したからと運転席のような形になっている筐体に座った。鏡花も隣のものに腰を下ろしてハンドルを握る。そしてコンピューターを含めた二人の対戦が始まった。
「……何も変わってなかった」
「お兄さん、圧倒的最下位だったわね」
「そりゃあそうだよ、ずっと壁に走ってたし」
例え大人になっても自然に絵が上手くならないようにゲームの腕もまた変わらないままだった。
「じゃあ次は、エアホッケーやらない? あれなら良い勝負出来そう」
「それはどうかな?」
「え?」
刀真は弱さに自信を覗かせて、鏡花は不思議そうにするも、その理由は対戦してすぐに理解させられる事になった。
「お兄さんほとんど自爆してなかった?」
「……どう、凄いでしょ?」
「何を自慢げにしてるのよ」
鏡花は呆れたように苦笑する。最初の方は面白そうに笑っていたが、あまりに下手過ぎたせいで、段々と苦笑いに変わってしまった。
「これじゃ勝負になんないし」
「ご、ごめん。じゃ、じゃああれやらない? 太鼓のやつ」
「仕方ないわね。協力プレイ系ね」
それを皮切りに協力するゲームをする事になった。やいのやいの言いながら一緒に遊んでいる時間は自然と童心に帰ったような感覚になり、鏡花もまた無邪気に楽しんでいた。
「……このぬいぐるみ可愛いわね」
一通り遊んでそろそろ出ようという流れの中で、ふと鏡花は一つのクレーンゲームの前で立ち止まり可愛らしいちょこんと座っている黒猫のぬいぐるみを指差す。
「クレーンゲーム得意だったり?」
「いいえ。ほとんど取れた事ないわ。お兄さんは……聞くまでもないわね」
あまりに痴態を見せすぎたせいで、答えを言う前に察せられてしまう。
「ぐぬぬ、否定は出来ないけど……でも一回だけ運よく取れたことあるけどね」
「本当? 凄いわね」
鏡花は目を丸くして驚く。それを見るとぬいぐるみを取れた時の彼女の姿を見たくなってしまって。
「……やってみようかな」
「ちょ、お兄さん!?」
遊びとはいえあまりに酷い有様で、刀真は名誉挽回のチャンスと五百円を入れる。そして、取り出し口のすぐ隣りにいていかにもすぐに取れそうなそれを狙って動かした。
「お、惜しい……」
頭を掴んで一瞬持ち上がるも、アームは力なく手放してしまい、結局少しズレるだけにとどまった。それから三回あれこれ試行錯誤しながらチャレンジするも全て失敗。次がラストチャンスとなる。
「何かいけそうなんだけどなぁ……」
「取れないように出来てるんじゃないの?」
「いやいや、いけるはず……多分」
刀真の意識はそれに一点集中し位置を調整してアームを落とした。
「……」
後は息を呑んで見守る。アームはぬいぐるみの頭を掴むと宙に浮かびあがらせ、そしてどんどん上へ。
「お、お兄さん……!」
頂点に来てもまだ掴んだままで、それはそのまま出口へと向かって。
「いけ、いけ!」
「……あ、外れた」
「いやいける!」
途中で力なく落としてしまうが、横へと進んでいた勢いが味方して、ギリギリのところでホールインワン。取り出し口からぬいぐるみが出てきた。
「よっしゃあ!」
戦利品を手にした刀真は飛び跳ねて喜ぶ。
「どう? 本当に取れるんだよ!」
「え、ええ」
「あれ? そんなに嬉しくなかったり?」
「いや、そんなに喜ぶなら貰うの悪いなって」
そう指摘され、はしゃぎすぎたと刀真の頬は少し赤くなり、テンションも一気に均される。
「ご、ごめん喜び過ぎたよ。これどうぞ」
「本当に良いの?」
「うん。そもそもそのつもりだし、奇跡的にそんなお金使わなかったしね」
刀真がそのぬいぐるみを渡すと、鏡花は大切なものを手にしたように受け取った。
「ありがとう、お兄さん。大事にするわ」
「うん。そうだ、少し大きいし袋貰ってくるよ」
店員からそれを貰い、鏡花はその猫を入れて空いていたもう一方の片手で持つ。そして、二人はゲームセンターから出る。
「やっぱりどっちか持とうか?」
隣りに両手が塞がっている女の子がいて、こちらは片手が空いているというのは、気になってしまう。
「別にいいんだけど……まぁお兄さんがそこまで言うなら」
一瞬、余計なお節介かなと不安になるも、次に続いた言葉でほっとする。そして服が入っている方を手に取った。
「これからどうしようか」
「ふふっ。まだまだやりたい事があるの。付き合ってもらうわよ」
「了解、好きなだけどうぞ」
「ええ、じゃあ次はあそこよ!」
鏡花はまだまだ元気があり余っているようで、力強く刀真を引っ張っていった。




