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家出JK『お嬢様』を助けてお菓子をあげたら懐かれた  作者: しぐれのりゅうじ


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7話

 鏡花との特殊な状況での一時的な同居生活は刀真の精神をすり減らすのと同時に充実感の二つをもたらしていった。


 一つの問題ではあった鏡花の父親からの許可は何とか得られている。そして生活する上での課題のいくつかも茜のサポートで何とかなっていた。着替えや鏡花の荷物などは刀真の部屋は物が少ないため運ばびこまれ、場合によっては必要に応じて茜が持ってきてくれることに。平日の夕食や休日の食事に関しても茜が作ってくれることになり、食費の負担も和らいでいた。


 しかしながら、それでも慣れなくてはならない事がまだまだ残っている。その一つは入浴時だった。


「お兄さん、出たよ」


 脱衣所から鏡花が出てくる。無防備な薄着姿でいて、まだ頬もほんのり赤くて髪も水分を含んでいた。最初の方は多少なりとも恥ずかしそうにしていたが、数日経つともう慣れたのか平然といられるように。その適応に驚きと安堵があったが、男として意識されていないのだと複雑な思いもあった。


「う、うん」


 そして一方の刀真は全く適応できないでいた。風呂上がりの女子が目の前にいるというのは、あまりに刺激が強く脳から危険信号が出されていた。


「お兄さん、どうかしたの?」


 刀真が邪な感情と戦ってるのに気づいていない純粋なお嬢様にさらに罪悪感が募る。


「な、何でもないよ。じゃあ入ろうかな」


 その上、薄着のため目のやり場にも困っていた。そして、それで困ってるのも悟られるのもまずい。そのため、刀真はいつも逃げるように浴室へと向かっていた。だが、その先にも問題は存在している。


「意識するな、俺」


 基本的に刀真は彼女の後に入っていた。それにより、ここに彼女の入っていたというのをどうしても意識してしまい、顔が熱くなりさらに身も心も熱くなる。


「うぅ……」


 結果、刀真はのぼせてしまい立ち眩みを起こしながら何とか着替えて部屋に戻った。


「お兄さん、またのぼせたの?」

 煩悩と戦い悶えているといつものぼせ上がっていた。もはや恒例となっていて、鏡花も心配そうにしながらも呆れた表情する。


「はい、お水どうぞ」

「ありがとう……助かる」


 床に座り込んでいた刀真に鏡花から救いのコップに入った水が与えられ、グビグビと飲み干す。


「お風呂好きなのは良いけど程々にね」 「ご、ごめん」


 あくまでそういう理解をされていた。変な疑いを持たないその素直さはある種お嬢様的でもあって、刀真は内心ぴったりだと呼び名の手応えを感じながらも、汚れた自分の思考と比較してしまい、自己嫌悪に陥っていた。


 近くにいる鏡花と比較して自己否定的な思考が出ることは日々の生活中で一つ一つ大なり小なりあり、それが積み重なって心に重りが乗せられ続けていた。


 そして刀真を悩ませる重りのもう一つあり、それは睡眠だった。


「よいしょっと」


 同居生活を始めて数日経ったある日の夜。刀真はいつも通り丸机をどかし、その空いたスペースに茜が持ってきてくれたふかふかな布団を広げた。


「いちいちやるの面倒じゃない?」

「別にこのくらい何でもないよ。それに洗い物してくれてるじゃん。そういう役割だしね」


 一緒にいる中で自然と役割が決まっていった。食事関係や洗濯、風呂掃除などは刀真で、一方の鏡花は食器を洗ったり洗濯物を取り込んだりなどをしている。


「さてと、もう寝ようか?」

「ええ、お休みない」

「おやすみ」


 明かりを消して刀真はベッドに横になる。同じように鏡花も布団の中へ。


「……」


 そして目を閉じて意識を夢へと向かわせる。だが、最近は中々すぐにその目的地にたどり着けないでいた。


 それぞれで寝ているが、やはり近くに異性が寝ているというのは意識してしまうもので。それに自分自身のうるさい鼓動も近くから聞こえる静かな鏡花の寝息も寝不足へと共に誘ってきていた。


「お兄さん……」

「っ!? ね、寝言か……」


 たまにそんな風に寝言で呼ぶ声がありビクリとしてしまい完全に目が覚めてしまう事もあった。


 そんな悶々とした夜を過ごした後の朝は寝不足で疲弊しきっていて。対してしっかりと寝れている鏡花は眠そうにしながらも熟睡後のどこかスッキリした綺麗な寝起きの顔をしている。


「おはよう」

「おはようございます」

「お兄さんまた夜更かし? ちゃんと寝ないと体に悪いわよ」

「気をつけるよ」


 原因は自分の意志のせいであるため、寝不足の理由は伝えられずにいた。鏡花は刀真と暮らす時間が長くなるほど慣れと自由を得たためか、顔色がとことん良くなり、一方の家主の方は悪くなるばかりだった。


 だが、大変な事ばかりでは当然なく。一人でいる事が多く趣味も少ない灰色の時間を過ごしていた刀真だが、良くも悪くも鏡花によって慣れきったぬるま湯から強制的に連れ出され、一日一日に目が眩みそうな色がついて充実感を伴った疲労を感じる事が多くなっていた。


「お兄さん、ゲームしない? 私も同じくの持ってるから」

「良いよ。課題も一段落ついたし」

「なら早速やるわよ」


 鏡花の趣味に付き合う事が沢山あった。その中でも互いに家にいる時には一緒にゲームをする事が多く、様々なジャンルのもので遊んだ。特に一緒にやったのは人気レースゲームだ。


「はい、私がトップ」

「速すぎない? 独走じゃん」

「ふふん。オンライン対戦も結構やってるから」

「凄いね、勝てる気がしないよ」

「でもお兄さんも上手いと思うけど。あんまやってないのに、たまに良い勝負するし」

「運が良かっただけだよ」


 ゲームをしている時の鏡花はお菓子を食べている時ほどではないが、子供のようなはしゃぎようだった。一人でやっている時は、独り言を呟きつつも静かだが、一緒にしている時はそういう姿を見せている。彼女がそんな楽しそうにしていると、刀真も同じような気持ちになって、毎日のように何かしらのゲームをしていた。


 二人が一緒の時間も事を共有するのは遊びだけでなく、勉強でもそうで。ある日の休日、刀真はゼミのレポート作成、鏡花は数学の宿題を同じ机の上で行っていた。


「……」

「……」


 二人とも真面目に勉強に取り組むタイプで黙々と進めるため、そのスタイルが合っていたため、一緒にやる時間が増えていた。


「……何これ、意味わかんない」


 しかしながら進捗状況には大きなささがあり、スラスラと進めている刀真に対して、鏡花は苦戦しているようで問題に文句を言っていた。


「はぁ」


 ついには、諦めのため息をついてシャーペンを置いてしまう。


「大変そうだね。数学苦手なんだっけ」

「そう。特に図形とか証明とか本当に無理なの」

「何かお嬢様って、勝手に何でもできる子ってイメージあったから、苦手なものあるんだって意外だったよ」

「本当に勝手ね。普通に好き嫌いあるし、そこまで優秀ってわけでもないから」


 最初に出会った印象や言動、関連性はないがゲームの上手さもあってそういう幻想を抱いていた。だが、そうでないと知ると親近感が一気に湧く。


「というか私としてはお兄さんの方が意外。結構良い大学に通ってて勉強もできるなんて」 

「まぁ、特にやる事もなかったから勉強してただけだけど」

「悲しい理由ね」


 尊敬の眼差しから一転哀れみへと変わってしまう。


「そ、それよりも必要なら教えようか?」

「じゃあお願い。お兄さん教えるのも上手いわよね。何だか悔しいけれど」

「何で悔しがるし。まぁいいや、見せて」


 刀真自身も勉強だけの灰色は好きじゃなかった。だが、ここ最近はこのように彼女の役に立てるなら少しはやっててよかったと思えていた。


「ここはね――」

「ふんふん。あ、そういう……こう?」

「そうそう。流石だね」

「なら次はこうで、その次は……なるほど、ようやく理解できたわ」


 鏡花はいつも飲み込みが早く、地頭の良さが出ている。


「お兄さん、家庭教師でもやってみたら? 凄く分かりやすいもの」

「いやいや、生徒が優秀なだけだよ。俺は大した事はしてない」

「ふふっ。その優秀な生徒が評価してるのよ? 優秀な先生」


 鏡花はいたずらっぽく微笑む。褒められ、こんなやり取りをするくらい距離が縮まったのを感じとれた事を感じて、くすぐったくなる。


「じゃあ、次はこれ教えて」

「りょーかい。これはね――」


 挨拶をし合っていた時や雨の中で出会った時の印象は幻想的な美人で、お菓子を食べている時は無邪気な子供、そして今の関係で見せる姿は年相応の女子高生で。素に近い表情を見せてくれ、刀真もまた心を開けるようになっていった。


 そのように共同生活をしていると、互いの色んな姿を知り次第に距離が近づき自然体でいられるようになっていった。


 そしてそれらの証のような出来事が一つあり、それは二人きりで行くお出かけだった。

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