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5話

  過去を回想していた刀真の意識は一旦、今に戻る。ある人物が隣に座ってきたからだ。家主よりも先に上がっていたもう一人、姿が見えなかったのはお手洗いに入っていたからだった。窓の向こうにある日は次第に傾きつつある。


「何だよ、姉ちゃん」


 その人物は刀真の姉である茜だった。彼女はふわふわなショートカットの髪を揺らし、ブラウンの透き通るような丸い瞳には刀真を真っ直ぐ映していた。童顔で、周りの人から好かれやすそうな見た目をしている。まとう和やかな雰囲気も、それを後押ししていた。身長は鏡花と同じくらいで、健康的な体つきをしている。胸の膨らみも服越しからはっきりと見えた。女の子座りをして、そこから伸びる足は絹のように滑らかで綺麗だった。


「愛しの弟の隣に座ってるだけだけど?」

「……それ言ってて恥ずかしくないわけ?」


 そう可愛らしく微笑む姉を改めて見ると、刀真は自分とは似ても似つかないなと感じた。性格も顔つきも人から愛される性質で、多少姉弟だという面影はあるものの、やはり真反対だなと感じた。ただ、姉には好かれる弟という要素は持っているようだった。


「まぁ、多少は恥ずかしいけどさ? 想いは伝えないといけないんだよ。いつお別れになるのか分からないんだから」

「……」


 それを言われると何も言い返せなくなってしまう。発言した本人も言葉通り照れたように少し笑った。それから姉弟の間に無言の生温かい空気が流れる。


「二人って本当に仲いいよね。やっぱり羨ましい」


 段々と気まずくなってくる中、それを鏡花が割って入ってくれた。いつも以上に穏やかな表情でこちらを見つめている。


「別にそこまでじゃあ……」

「素直になりなよ。茜さん、悲しそうな顔してるよ?」

「とうくん……」


 隣を見ると捨てられた子犬のように瞳をうるうると潤ませて訴えかけていた。流石に罪悪感が押し寄せてきて、照れよりもそっちが勝つ。


「わ、わかったよ! 仲は……良くなったと思う。あの日から、ようやく受け入れられるようになってきたから。姉ちゃんの好きを」

「とうくん! 大好き!」

「ちょっ!?」


 ぱぁっと顔を華やがせ抱きついてきた。刀真はぎゅうぎゅうと全身を押しつけられて、物理的にも精神的にも苦しくて、とても温かかった。


「そろそろ……離れて」

「むー。とうくん成分が足りないけど仕方ないなー」

「何その成分は」

「あたしの生命力の源」


 本当に意味の分からないことを言いながら離れる。強く抱きしめられたその感覚と温もりは、しばらく残りそうだった。


「それにしても茜さん。そんな感じでよくお兄さん無しで生きていけたね」

「こんな感じになれるなんてありえないって諦めてたからね。物心ついた頃からあたしのことをよく思ってないって気づいてたから」


 茜は悲しさを含んだ苦笑をしながら肩をすくめる。


「だから、今が夢みたいで。それにあたし自身驚いてるんだ、こんなにとうくんが好きだったなんてって。気づかなかっただけで何年も飢えてたんだと思う。だからまだまだ全然満足しないの」

「マジかよ……まだあるの?」


 これからもこの熱量で来られるのかと口元が引きつった。


「お兄さん、そんな事言いながらも嬉しそうだよね」

「なっ!?」

「とうくんはツンデレさんだからねー」

「ち、違うから! って頭を撫でるなぁ!」


 刀真はそうツッコミを入れたものの、優しく撫でられ、その満たされるような心地良さによって、行動で強く拒否できなかった。


 結局、ツンデレという評価を覆せなかった悔しさも入り混じり、感情が混沌としていた。


「ねぇ、とうくん」

「……何」


 頭に手を置いたまま突然、少し真面目な口調で優しく名前を呼ぶ。ごちゃごちゃしていた刀真の意識は、一気に茜の方に向けられた。


「これからもずっと一緒にいようね」


 幸せに満ちた笑顔でそう言われて、つい否定したくなる言葉が喉に詰まった。あまりに素直な想いを伝えられてしまい、それに応えなければと思わされて。


「……うん」


 小さくそう言葉にして、こくりと頷いた。すると、茜はさらに頬を綻ばせて喜びの声を上げて、刀真の頬はさらに熱くなる。


「お兄さんナイスツンデレ」

「ぐっ……」


 さっきの意趣返しか、鏡花に冷やかされるも、言い返すこともできず、受け入れるしかなかった。


「本当に幸せ! こんな風になれたのは、やっぱり鏡花ちゃんのおかげだね」

「いや、私はただ助けられただけだから。お兄さんの行動のおかげだと思うけど」 

「ううん、やっぱり鏡花ちゃんがいなかったらあたし達は繋がれなかったよ。だから本当にありがとう」

「……どういたしまして。私も茜さんが幸せそうで嬉しい」


 二人の間には確かな信頼と絆が見えた。外から眺めている刀真もその雰囲気によって、少し口元が緩んだ。


「それにしても、まさか助けた女の子の家のお手洗いさんが姉ちゃんだったなんてさ。凄い偶然だよ」

「ちっちっち。きっと偶然なんかじゃないよ、これは運命。もしくは神様にとうくんへの想いが届いたから、微笑んでくれたんだよ!」

「んなわけ」


 刀真はそう冷たく反応したものの、そう言いたくなる気持ちも理解できた。それはあまりに偶然で、とんでもない確率で、奇跡を信じてしまいそうになるくらいの再会だったからだ。


「私も驚いた。こんな事あるんだって。でも、それでもっとお兄さんに安心できたけどね」 

「……俺はもうそれどころじゃなくなったんだよな……」

「あたしも、鏡花ちゃんの家出の事が吹っ飛んじゃったもん」


 刀真は鏡花を見た後、茜と目を合わせ、そして二人で苦笑した。


「そういえばあの時、置いてけぼりで困ってたんですけど」

「いやーごめんね。本当なら鏡花ちゃん優先だったんだけど、どうしても」

「流石に俺も助けた女子高生よりもその人にお手伝いさんがいて、しかも姉だったっていう方が衝撃でさ」


 そこから、刀真たちは出会いの時の事を思い出しながら会話に花を咲かせた。二人と話しているとさらに鮮明にその時の事が浮かび上がってくる。


 そしてその中で最初に話題になったのは、お手伝いさんである茜がやってきた事からだった。

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