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2話

 大学の帰りは梅雨の時期の到来を予告するような大雨だった。刀真は電車での通学であるから、道中のほとんどはあまり関係はないが、最寄りの駅からアパートまでは少し遠く、十五分ほどは雨の中を進まなくてはならない。


「はぁ……行こう」


 駅の出口で憂鬱のため息をついて、青色の折りたたみ傘を差して、激しい天然シャワーが降り注ぐ外へと踏み出した。


「いいなぁ」 


 五分くらい経つと住宅街に入る。すると、下校する小中学生、買い物帰りのおばさん、疲れ切った様子の会社帰りのおじさんなど見受けられた。


 だが、色々な人がいる中でも目立って見えるのが高校生の姿だ。制服というのも一つの理由ではあるが、そのあり様に意識が向いてしまう。


 特に友人と談笑する男子生徒達や相合傘をしているカップルなどは、心置きなく青春を謳歌しているように見え、ちょっとした嫉妬心が生まれてしまった。


 しかしながらその近所にある高校には好印象を持っている。刀真はそこに通っていた訳ではないが、すれ違うと挨拶をしてくれる生徒が何人かいて。特に、誰から見ても美人なある女子は必ず挨拶をくれていた。そんな事は自分なら絶対出来ないし、そんな子ならきっと皆から愛されて人に囲まれて幸せなのだろう。今の自分の状況と比較してまた憂鬱になった。


「はぁ……就活って……四年生からやるんじゃないのかよ……」


 刀真は大学三年生となり、二年までフルで単位を取っていたため、三年からはコマを減らして、週の内大学に行くのは月火水としている。その分自由時間が増えたのだが、周りの人達はその時間を就活に当てており、まだ行動していない刀真は置いてけぼりにされたように思い、授業がない日でもやらなきゃいけないことをサボっているような気になって、リラックスしきれないでいた。


「大人になりたくないなぁ……でも高校生とかに戻ってもなぁ……」


 労働だけの日々を送る将来の自分を想像して、現実逃避的に高校生に戻りたいと願うも灰色の青春時代だった事を思い出し、すぐに取り下げた。


「中学もあれだし、小学生くらいなら……」


 そうボソボソと独り言を呟いていたが、前から人が歩いてきて口を止める。三つの傘が並んで開いていて、真ん中に小さな黄色の傘を差す子供、その子を守るように両隣に青と赤の傘を持つのは両親だろう。


「……っ」


 とても仲が良さそうで、それは人によってはあり触れた光景なのかもしれないが、刀真にとってはひどく眩しく見えた。


「……はぁ」


 彼らの側にいた時、無意識に息を止めていて、声が遠のいてようやく息を吐いた。


「馬鹿だな……俺」


 まるで自分は、あんな家族団欒な世界では生きていけないみたいだと、それは陸に上げられた魚のようだと自嘲気味に笑った。


「雨、強くなってきたな」


 傘から聞こえる雨音の数も音も強まってきた。靴の中も浸水してきて、背負うリュックもある程度は濡れてしまっているだろう。


 この中なら少しは魚でも生きられるかな、なんて考えをしていたら、顔を上げるとアパートが見えてきた。


 ようやくこの雨から逃れられると歩く足が自然と早まる、その時。


「……え」


 アパートの敷地のすぐそこにベンチと自販機があり、そこで、一人の女子高生が傘もささずカッパも着ず空を見上げて座っていた。


 ほとんど身動きも取らず言葉も発さないその異質さは、世界で彼女だけの時を止めて切り取ってしまったようで。そんな中に彼女の精巧に作られたガラス細工のような見た目で、その内側から溢れる令嬢の上品さと年相応の幼さ、そしてどこか儚げな佇まいが合わさり、刀真は思わず逸る足が遅くなり意識が吸い寄せられてしまった。


「……あれ」


 だが当然、時間停止などしているはずなく、長い黒髪や近所の高校の制服に雨達が染み込んで、スカートを掴む手は強く握り込まれていた。それに、よく見ると、その子の顔には覚えがあり、たまに朝にすれ違う子だと思い出す。今どき珍しく、どんな人にでもすれ違えば挨拶をする子で印象に残っていた。


「っ」


 彼女は何か上のものを睨みつけるように顔を上げ、シュッとして強い意志を光らせた目をさらに細めて、瞳の中に雨が入るのにも構わない。それは、抗うような怒りと力強さがあり、同時に何度もまばたきをして雨粒が溢れている様子は、泣いているようでもあった。あるいは本当に泣いているのかもしれない。


 刀真は、早々と雨から逃れたい自分とは反対に、彼女は雨に打たれたがっているように見えた。


「ええと……」


 どれだけゆっくりと歩いても、すぐに彼女の目の前に辿り着いてしまう。何か声をかけるべきか、普通の状態ではない。だが、関係もないのに話しかけるべきなのか。いや、ワンチャン不審者扱いされるかも。様々な言葉が逡巡するが、答えは出せず。思いつく行動は性格由来の臆病で保身的なものばかりだった。


「……だめだ」


 脳内に降り注ぐ選択肢という粒は、どれも受け止められず、迷ってる間に彼女の前を通り過ぎてしまう。不自然に足を止める、という選択も出来ず、結局時間切れ。流れのままアパートの敷地へと入った。


 仕方がなかった、色んなリスクがあったのだから。それに何かあって一人でそうしたかったのかもしれないし、何かしようにも何が出来たか分からない。そうだ、きっとら話しかけない方が良かったんだ。そう言い訳の傘を差しても、罪悪感や自分の情けなさは弾けず足元から濡らして、帰宅する足はひどく重くなっていた。


「やっぱり俺は、何も変わらないな」


 昔のまま与えられた選択肢さえ選び取れずら流されるまま。後悔してもなお変化のない自身に嫌気がさしてくる。


「あの子も同じ気持ちだったのかな……」


 代わりに傘を閉じれば楽になるだろうか、雨に打たれていればそんな事は考えずに済む。


 もう姿は見えないが後ろを振り返る。今さら彼女が見えた気がした。

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