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家出JK『お嬢様』を助けてお菓子をあげたら懐かれた  作者: しぐれのりゅうじ


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12/12

12話

「何その尊すぎる話!」


 茜の感動の声で刀真の意識は今へと引き戻された。


 三人で思い出話を語っている中で、鏡花とショッピングモールへ行った事への話に。簡単に顛末を鏡花が説明していたが、それによって刀真の記憶を強く呼び覚まされて、鮮明にその光景が再生されていた。


「とうくんも鏡花ちゃんも優しいもんね。聞くだけで心が癒やされるよ」

「もうこの話止めにしない? 恥ずいんだけど」

「えー? もっと詳しく聞きたいなー」

「私も話してて、恥ずかしくなってきた」


 始めた本人も後悔していた。当事者二人が拒否したため茜のお願いは見送りになる。


「むむー残念」

「じゃあ今度はあれ覚えてる? 私の茜さんとお兄さんの仲良し作戦の話」

「え、まだ続けんの?」


 仲間だと思っていた鏡花に裏切られ、追い打ちのように話を続けようとしてくる。


「だって私は恥ずかしくないし」

「ひどい!」

「私も良いよーあれは」

「何で姉ちゃんも乗り気なんだ!」


 完全に包囲網が敷かれてしまい、抵抗も叶わず、話が進んでしまう。


「あれは、梅雨がそろそろ明けそうな頃だったよね――」


 そう茜が思い出話を始めると、強く残っていたその刀真の記憶がくっきりと曇りなく伴再生された。



 刀真と鏡花の同居は、茜とも関わることを意味していた。彼女の存在なしでは上手くいくことはなかっただろう。それ故、姉の事を苦手としていても、避ける事はできず否が応でも関わることになる。鏡花を助けた事で、女子高生と過ごす非日常と離れた家族との再びの日常も同時に起きていた。


「おっはよー! 朝ご飯作ってきたよー!」


 大学の授業がない平日の朝。毎朝恒例、朝ごはんと共に茜が来訪してくる。


「……朝からテンション高いね」

「ふふん。一日の始まりだしね! それにとうくんにも会えるからね!」

「ここ最近は毎日会ってるじゃん」

「当たり前は当たり前じゃないからね。今ある幸せを噛み締めないと」


 寂寥が伴った言葉に、何も返すことは出来なかった。


「じゃあ、お邪魔しまーす」

「ほい」


 ここまで懇意にしてくれて玄関前というのは、苦手といえ忍びなく家に上げていた。


「……おはよー」

「おっはよ、鏡花ちゃん!」


 茜が手早く、冷蔵庫に置いてある食材を利用して朝食を作り終えると、そのタイミングで鏡花が起きてくる。


「朝ご飯、作ったから食べよー。ほら、とうくんも」


 毎朝のほとんどは、三人で食べていた。つい最近まで一人で食事をしていたが、二人どころか三人にまで増えて、あまり現実感がないままでいる。


「やっぱり茜さんのご飯、美味しい」

「ふふっ。鏡花ちゃんの幸せそうに食べてくれて嬉しいよ。とうくんはどう?」

「うん、美味しいよ」


 今日のメニューは白米に味噌汁、目玉焼きにベーコンとオーソドックスなもの。味は自分で作ったものよりも格段に良く、何よりも懐かしい実家を思い出させてくれた。


 朝食を済ませると、鏡花は茜から弁当を受け取ってから高校へ行く準備をする。だいたい早めに起きるので、余裕を持って朝の時間を過ごしていた。


「じゃあ行ってきます」

「いってらっしゃーい」

「いってら」


 鏡花が家からいなくなると、姉と二人きりという状況に気まずさを覚える。


「とうくん、今日は授業がないんだよね」

「ない」

「そっか。じゃあお昼は何がいい?」


 授業がある日は鏡花と同じように弁当を持たせてくれて、ない日は作ってもらい一緒に食べていた。


「姉ちゃんはお嬢様のために来てるんだから、俺のまでやらなくてもいいのに」

「あたしがそうしたいからしてるの。とうくんは気にしないで、お姉ちゃんに甘えて」

「……ありがとう」


 こうも親切にしてもらっているのに、苦手意識や抵抗感は拭えない自分に、嫌気がさしていた。


「今日もここでゆっくりしてく?」

「うん。家の方のやることはある程度やってきたからね。まぁ少ししたら戻るけど」


 丸テーブルを挟んで向かい合い、茜が入れてくれた温かい緑茶を飲みながら朝を茜と過ごす。


「朝早くから大変じゃないの?」

「多少はね。でも、もう慣れたから」


 無理しているという様子は全くなく、問題ないと言わんばかりの余裕の穏やかな表情をしていた。


「とうくんこそ、大学はどう? 単位はちゃんと取れてる?」

「取れてる。一年とニ年でフルで取ったからね。三年生のもちゃんと取れてるし、余裕はある」

「流石だね。まぁとうくんだし心配してなかったけど。それよりも、就活の方はどう?」


 何気ない質問だったのだが、今の刀真には突き刺さるもので。


「もうそういう時期だよね。あたしは、バイト先がそのまま就職先になったから経験ないけど、友達は三年生の内に色々やってたみたいだったから」

「……まだやってない」

「じゃあ、そろそろ始める感じ?」

「やらないと、いけないとはわかってるんだけど」


 刀真には、夢ややりたい事が見つかっておらず、手をつける事ができないでいた。


「やりたい事とかないし、得意な事もなくて」

「確かに難しいよね。けど、焦らなくても良いと思うな。ペースは人それぞれだし、とうくんならきっと大丈夫だよ」

「うん……」


 茜は昔からこうだった。刀真の事をいつも褒めて優しく肯定してくれる。


「困った事や不安な事があればいつでも相談してね。就職先が見つからなかったら最悪、私が紹介するから」

「ありがとう。でも、そうならないよう頑張るよ」


 就職出来るかもわからない状況にいる刀真と既に働いて自立している茜。いつだって彼女は遠く高い場所にいて、無邪気に上からやってきて寄り添ってくる。


 あの頃からこの距離感は変わらない。二人の間には、目の前にある丸テーブルのように小さくとも絶対的に存在する壁があり続けていた。


「応援してるよ!」


 会話に意識が向いていて、ようやくお茶がある事を思い出して飲むと、既にぬるくなっていて。味がこれ以上微妙にならないよう刀真は一気に飲み干した。

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