11話
「お待たせ」
「五分遅刻よ」
刀真は自分の用事を済ませて集合場所に着くと既に鏡花がおり、暇そうにスマホをいじっていた。
「ごめんごめん」
そんな軽口を叩きあいながら再会する。一時的に距離を置いた事で、マイナスなテンション感がリセットされていて刀真は少し安堵した。
「何か買ったんだ」
「ええ。お兄さんもね」
「うん」
刀真も鏡花もまた別れる前には持っていなかった袋を腕にかけていた。
「どうする? 私としてはここではもうやる事は終わったのだけど」
「俺もだよ。……それじゃ良い時間だし帰ろっか」
外を見ると日が傾きつつあり空はオレンジに染まっていた。
二人はまた並び合ってショッピングモールを出ると夕暮れの涼しさと香りが出迎えてくる。
「あっという間に夕方ね。こう外に出る日って時間が早く感じる」
「わかる……ってつまり、引きこもってる方が長く時間を体感出来るんだから、そっちの方がお得なんじゃ」
「何言ってるのよ、そんなわけないでしょ」
刀真の気づきは軽くあしらわれる。
「でも、お嬢様だってゲームとかして家で過ごすの好きじゃんか」
「それはそうだけど、私は外に出るのも好きだし。もしかしてお兄さん、今日楽しくなかった?」
そんなつもりはなかったが、鏡花を不安にさせてしまったようで、内心しまったと呟く。
「いやいや、楽しかったよ。だから時間が早く感じれたというか」
「じゃあ、家で一緒にいる時は楽しくないって事?」
「そういう訳でもなくて……ええと」
自ら逃げ道を塞ぐ。ドツボにはまり答えに仇していると、鏡花が微笑を滲ませて。
「ふふっ、ごめんなさい。ちょっとからかっちゃった」
「も、もう止めてよ……」
一瞬の緊張から喉に渇きを覚えると、ちょうど良く自動販売機が見えてきた。近くにはベンチもある。
「ちょっと喉乾いたし、あそこで休んでもいい?」
「私も飲むわ」
刀真は大きめの麦茶を選び、鏡花は温かいミルクティーを購入し、木製の傷だらけのベンチに二人は腰掛ける。
「良い感じに涼しくて良いね」
「そうね最近、ちょっとずつ暑くなってるし。ずっとこのくらいが良いのだけど」
なんてことない会話も仄かな暖かみがあるように感じられる。
夕方のこの時間、ショッピングモール付近のこの場所は、帰路へと着く様々な人が目の前を通っていく。それを傍から眺めていると、その中にいない自分はどこか自分はレールから外れているのだと思わされてしまう。
「あのさ、お嬢様」
刀真は喉の中へ麦茶を大量に流し込んで潤す。
「さっきさ、俺が親に愛されてなかったって話したじゃん」
「ええ」
脱線した景色だからこそ見える景色があって、それを伝えようと言葉を選び出す。
「そんなんだからこそ思うんだけど、やっぱりお嬢様はお父さんに愛されてると思う。こんな長い間の家出を認め続けつつも、姉ちゃんを使って不自由がないようにして。もし俺の家ならほっとかれてる」
「……」
「きっと話し合えばわかってくれると思うんだ。自分勝手な事言って悪いんだけど、持ってるかけがえのないものを大切にして欲しいな」
そして刀真は一人になった時に買ったものが入ってる小さめの袋を手渡した。
「これって……?」
「お嬢様が欲しいって言ってたからさ。開けてみて」
鏡花は戸惑いながらも袋の中へと手を入れてそれを取り出した。
「私がずっと欲しかったゲームソフト……いいの?」
眼の前にある事が信じられないような表情でパッケージを眺める。
「どうぞ、俺からプレゼント」
「凄く、死ぬほどうれしい……でも、悪いわ。クレーンゲームでも取ってもらったし、貰う理由が」
「いやあれは自分のためでもあったし。理由はちゃんとある、これは最近の楽しい日々のお礼。そして、仲直り出来るよう応援の想いも込めておいた」
「……ずるいわ。こんな事されたら嫌だって言えないじゃない」
鏡花はそう言いながらも喜びの痛みを感じているような複雑な微笑みを浮かべた。
「ごめん。でも一番はお礼の気持ちたがら」
「……そんな事されたら、私だってこうするから」
「え」
そう言って鏡花もまた別行動中に買ったであろう左手に持っていた紙袋を渡してくる。
「ええと……これは」
「まさかお兄さんに先にやられるとは思わなかったけどね。私からもいつもお世話になってるお礼」
「そんな……今日連れてきてくれただけで十分なのに」
「そもそも、私的にはこれも一つの目的だったんだけもね」
照れるように頬をかきながらそう言う。刀真はさらに胸がいっぱいなり軽く涙腺にもくるものがあった。
「ありがとう……開けても良いかな?」
「ええ」
それは充電式のホットアイマスクだ。高級感のある黒色のシルク素材で、見た目から付け心地が良さそうだった。
「お兄さん夜ふかしが多いみたいだから、睡眠の質が上がるようにって。ついでにもっと寝て欲しくて」
「あ、ありがとう」
労ってくれるのは心の底から嬉しかったが、その原因から貰うというのは何とも複雑でもあった。しかし、やはりその優しさは身体の芯まで染みて、喜びが上回った。
「私からも……あんな素敵なお姉さんがいるんだから大切にしてください」
「……頑張ります」
自分から言った手前当然断れるはずもなく、鏡花のずるいという意味が早速身に沁みて感じた。
「それじゃあ、そろそろ帰る?」
「だね」
刀真達は、立ち上がり同じように帰路に着く流れの中へと入っていく。離れないようにいつもより二人は距離を縮めて。夏になりつつある夕方の風は生暖かった。




