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1話

 勝田刀真は、疲労が溜まった体で大学から自分の住まうアパートに帰れば玄関には二足の靴があり、中に入るとそこには幸せそうにポテチを食べている女子高生がいた。


 一人暮らしをしているのだが、刀真にとってそれは見慣れた景色だ。


「ただいま」

「ん、おかえり」


 その女子高生、雨月鏡花は家主よりも先に我が物顔でいて、一瞥してすぐにお菓子へと意識を全集中させた。


 素っ気ない対応だったが、それも慣れたもので刀真は荷物を降ろして、手洗いうがいをした後に、丸テーブルの上にある向かい合わせに置かれた二つのコップがあり、お菓子に夢中な鏡花の斜め向かいの何も置かれていない所にあぐらをかいて腰を下ろす。


 そして、その幸福に溢れた表情を堪能するように刀真は鏡花をじっと見つめた。

 綺麗に流れるように伸びた長い黒髪に、顎のラインがシュッとして、顔のパーツ一つ一つも人形のように整っており、雰囲気は上品でどこか儚さを纏っていて、いつ何度見ても美人だな感想を抱かせる。美人は三日で飽きるというが、少なくとも刀真にとって鏡花はそれには当てはまらなかった。


「……」


 飽きづらい理由があるとすれば、普段の立ち振る舞いやビジュアルもクールな鏡花だが、お菓子を食べている時は、高校二年生から小学生に戻ったように幼い可愛らしい姿になる点だろう。今も、ポテチを食べている顔を眺めると、その幸せが伝わってくる。


「……ごちそうさまでした」


 すんと、食後は急激に大人びた様子に戻り、観察していた刀真に鋭さのある瞳で冷ややかな視線を送り返してきた。


「何よ」

「いや、相変わらずだなぁって思って」

「いいでしょ別に」

「そうなんだけどさ、凄くキャラが凄い変わるじゃん。今でも少しびっくりするんだよね」


 まるで魔法にかけられたように子供っぽくなるため、その落差はいつまでたっても慣れそうになかった。


「別にそんな変わってないでしょ」


 鏡花は照れているのか、本当に思っているのか、その事をずっと認めないでいた。


「そういえば、新発売のクッキー買ってきたんだけど、いる? 前に興味持ってたよね」

「い、いる!」


 数秒前のやり取りはどこにいったのか、やはりそれを聞くと途端に前のめりになり声も高くなる。そして目元も柔らかくなり、黒い瞳に星を宿した。


「……どうぞ」

「ありがとう!」


 新発売の小さなチョコチップクッキーが沢山入っているお菓子を手渡そうとすると、鏡花に引ったくるように取られる。そして蓋を開け、もぐもぐとちょこっとずつ食べていて、その間はクールな姿は失われていた。


「……」


 食べている間は、幸せを噛み締めるように黙々と口に入れていくので、刀真も邪魔をしないよう静かに見守る。


 その時間はすぐに終わりを迎えて、またごちそうさまと手を合わせた。


「それでどうだった? まぁ見れば分かるけど」

「……だったら聞かないでよ」

「それと、そろそろキャラ変わってるの認めなよ」

「……違うし」


 恥ずかしいのか、少し頬を赤らめて視線をぷいっと逸らした。


「というか、いつも思うけど、よくそんなに幸せそうに出来るよね」

「悪い?」

「いや、凄く喜んでくれるからプレゼントする甲斐があるよ」

「あっそ」


 少し不機嫌になってしまったのか、ぶきっきらぼうにそう言い捨てて、食べ終わった袋をキッチンの方にあるゴミ箱に捨てに立ち上がる。


 そして歩き出してから鏡花はすれ違い様にぼそっと一言を呟いた。


「……いつも、ありがと」


 刀真が顔を上げた時にはもうパタパタと駆け足でキッチンへと向かっていたが、一瞬だけ耳まで真っ赤になった横顔が見えた。


「え、あ……」


 急に素直になられたせいでぎこちない返事に。それから何だか変な生暖かな雰囲気にもなってしまい、鏡花の方を見れなくなってしまう。


 そうして鏡花が捨てている少しの間は静寂に包まれ、より全身に走るむず痒さと熱っぽさを意識させられ、ついには耐えられなくて。


「鏡花、ナイスツンデレ!」

「ぶっ飛ばすわよ!」


 その羞恥と苛立ちの含んだピリッとしたツッコミにより、生温い空気感が薄れて、刀真は一息ついて意識を切り替え、再度鏡花の後ろ姿を視界に入れた。


「……まさかこんなやり取りをする間柄になるなんて」


 改めて今の状況を考えてみると、不思議な感じがした。自分の事なのに、自分事として認識しづらい感覚。でもそれは当然とも思えた。


 鏡花と出会ってから、自分らしくない行動を取る事が多かった。それを積み重ねて今の日常があるのだから、そう感じるのは必然だ。そして、きっと一番らしくなかったのは始まりのあの日だった。


「……」


 刀真は夕日が差し込む窓に目をやり、外の景色でも反射する自分の姿でもなく、内側にある記憶の景色を見る。


 最初に浮かび上がったのは、激しい雨音だった。

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