ダーウィンへの挑戦状・春の陣
花粉にムシャクシャして書きました。つまらなかったら花粉のせいです。
花粉の季節がやって来た。毎年この時期は、鼻水で溺れそうになるほどつらい。
そこで俺は考えた。花粉を吸い込まないよう、鼻を塞げばよいではないかと。
思い立ったが吉日、俺は実行に移した。鼻をつまんで、駅までの道をのし歩く。
快適な通勤だ――そう思ったのも束の間、呼吸が苦しくなり、思わずよろめいてしまった。
気がついたときには、俺は車道に投げ出されていた。
実にあっけない、人生の幕切れだった。
*
いずことも知れない場所に、俺は立ち尽くしていた。
目の前には女神っぽい格好をした人、じゃなかった、神がすこぶる不機嫌な面持ちで鎮座している。
「何なのアンタ。まだ寿命いっぱい余ってんじゃない。こんなに早く冥界に送ったらアタシの査定に響くから、もっかい人生やり直してきて」
俺は食い下がる。このまま現世に戻って、また花粉症に悩まされるなんてまっぴらだと。
「めんどくさいなー。じゃあ、一個だけパッシブスキルおまけしてあげるから。何か希望言いな」
俺は迷わず要求した。鼻から花粉が入るのを完全ガードするスキルが欲しいと。
「おっけー。セーブデータは……この辺でいいよね。じゃ、いってらっしゃーい」
*
二度目の人生は、鼻水の洪水に苦しめられることもなく、順風満帆かに思われた。
目がかゆい。そして、涙が止まらない。
そこで俺は考えた。花粉が入らないよう、目をつぶればよいではないかと。
気がついたときには、俺は車道に投げ出されていた。
実にあっけない、人生の幕切れだった。
*
再会した女神は、食べかけのおせんべいを手に、ソファに寝そべっていた。
「戻って来んの早っ! アタシまだ休憩中なんですけど!?」
そんなこと言われても。以前と似たようなやり取りの後、オレは生き返る条件として、スキルの追加を要求した。
「目からも花粉が入らないように……ね。りょーかい」
女神は不承不承といった面持ちで願いを受け入れ、俺を再び現世へと送り返すのだった。
*
花粉の苦しみと決別した三度目の人生は、実に晴れやかだった。
暖かな春の日差しの下、俺は嬉しさのあまり、思わずスキップで駆け出す。
運動不足が祟ったのだろうか、足がもつれた。
気がついたときには、俺は車道に投げ出されていた。
実にあっけない、人生の幕切れだった。
*
「お前コラァ! おちょくりに来てんじゃあねえだろうな!? おおぅ!?」
再会早々、女神は荒ぶっていた。
本音を言えば、俺はもうどうでもよかった。短い間とはいえ、念願だった花粉に悩まされることのない人生を満喫できたのだから。
「諦めるなぁ! 死にたいなんて軽々しく口にするもんじゃない! お願いだから、もう一度だけ精一杯生き抜いて? そうじゃなきゃアタシ……監督不行き届きで減給アンド左遷されちゃうでしょうが!」
少なくとも、最後の一言には嘘偽りのない気持ちが込められていたと思う。
これが三度目の正直と、俺は現世に戻る約束を結んだ。
「今度しょうもない死に方しやがったら……ぶっ殺す!!」
女神の顔も三度まで――はギリギリ保たなかったようだ。
*
女神に言い渡された言葉を胸に、俺はその後の人生を注意深く、慎重に生き抜いた。
結婚して、子宝にも恵まれた。俺が女神から授かったスキルは子々孫々まで受け継がれ、完全花粉耐性を有した一族は、俺の亡き後も繁栄を極めた。
我が一族の屋敷には、俺の取り決めた三箇条が代々掲げられていた。
外を歩くときは、鼻をつままないこと。
外を歩くときは、目をつぶらないこと。
外を歩くときは、嬉しくなってもスキップはしないこと。
しかし、いつしか家訓は忘れ去られ、子孫たちはうっかりミスで次々とこの世を去っていった。
そうして女神の加護を失った人類は、今も花粉との戦いを続けているのである。
(おわり)