夫婦として夜会に
「リファール辺境伯ご夫妻及びご令嬢ご夫妻、ご入場です」
会場の入り口で、近衛騎士に名を呼ばれて、オーリー様と祖父母と一緒に入場した。正式な夜会は五度目だ。二度目は三年前にオーリー様と、三度目は二年前にお祖母様と、四度目の昨年は一人で参加していた。
今回からオーリー様の肩書は第一王子ではなくリファール辺境伯家の婿になった。私たちの婚姻は王家から通達が行っていて、かなり話題になっているとイネス様が言っていた。王宮で抱き合っているところを見られたので尚更だ。そのせいか、周りからの視線がこちらに集中している気がする……
「アンジェ、今日は側を離れないでね。離れる気はないけれど」
「そ、そうですか……」
何だか言葉と笑みに圧を感じたのは気のせいだろうか。そこまで気にしなくてもいいと思うのだけど。訝しく思いながらも人目が気になって落ち着かなかった。
その後陛下から私とオーリー様の婚姻が成立した旨の発表があった。昔は恐ろしく見えた陛下だったけれど、先日の話し合いのせいか別人に思えるほどに違って見えた。陛下の性格はオーリー様よりもルシアン様に受け継がれているように見える。三年前に王太子ご夫妻にお会いした時の様子は、陛下とフェリシテ様のそれによく似ていた。一方でオーリー様はと言うと、陛下に似ている面もあるけれど、どちらかと言えばフェリシテ様似だろうか……
(そう言えば……今日はジョフロワ公爵も来ているのよね……)
本来なら今日、私とクレマン様の婚約が発表される筈だった。そんな経緯があるだけに、ジョフロワ公爵家の方々と顔を合わせることに不安があった。だからこそオーリー様はそばを離れないように言ったのかもしれない。
「オーリー様、今日はジョフロワ公爵の方々も来ているのですよね?」
「ん? ああ、来ているよ。ほら、あちらに」
オーリー様の視線を負うと、その先にはジョフロワ公爵夫妻とクレマン様がいらっしゃった。そしてクレマン様の隣にはご令嬢も。
「あ、あの令嬢は?」
「ああ。彼女は新しい婚約者だよ」
「婚約者!?」
こんな短期間で次の婚約者が見つかっていたなんて思いもしなかった。だとすると一月ほどで相手を見つけたと言うことになる。
「ああ、お祖母様の紹介でね。彼女は王太后宮の女官で結婚したくないと言っていたのだけど、言い寄られることが多くて辟易していたらしいんだ。それで形だけでも結婚をと考えていたらしくて。それにクレマンの好みに理解があるそうなんだよ」
「理解……」
それってクレマン様に男性の愛人がいるというあの話だろうか。確かに女官は独身を貫く方も多いと聞くし、そういう方なら形だけの結婚もあるのかもしれないけれど。
「クレマンには変わった趣味があるとの噂が出ているから、公爵は何としても結婚させたかったんだ」
なるほど、そういうことならむしろそういう相手の方が好ましいかもしれない。私は後継者必須だから名ばかりの婿では困るし。クレマン様の表情は以前より明るく仲がよさそうに見える。結果的にはいい感じに収まったと思っていいのだろうか。そう思うと随分気が楽になった。
その後挨拶する機会があったけれど始終和やかで、拍子抜けするほどあっさりと終わってしまった。何となく公爵の表情が少し硬いのが気になったけれど……オーリー様、何にもしていませんよね?
夜会ではオーリー様目当てのご令嬢が押しかけてくるのでは? と心配していたけれど、こちらも驚くくらいに静かだった。まぁ、オーリー様目当てのご令嬢は行方不明になってから立て続けに結婚したし、その後オーリー様を狙おうとする令嬢も現れなかったのもあるだろう。見つかって直ぐに婚姻が成立してしまったから、入り込む隙がなかったとも言える。
一方で何かと視線を感じる夜会でもあった。でも、視線を感じてそちらを向いてもそれらしい人物がいない。
「どうしたの、アンジェ?」
「え? いえ、誰かに見られてる気がして……」
「……気のせいじゃないかな? ああ、アンジェが綺麗だから見惚れているのかもね」
……その間は何でしょうか? それに私に見惚れるような人なんていないと思いますが……そう思ったけれど笑顔に圧を感じてそれ以上は何も言えなかった。
こんな感じで夜会は無事に終わった。何か起きるんじゃないかと身構えていたけれど、何もなくてホッとした。私としてはオーリー様との婚姻が問題なく発表されたので一安心だった。一番懸念していたジョフロワ公爵家とも穏やかな空気の中で挨拶が出来たし、変に絡んでくる人もいなくて嫌な気分になることはなかった。
その夜会の二日後、私はオーリー様と祖父母と共に王宮にいた。オーリー様との結婚式の日取りを決めるためだ。式は領地で行うけれど、オーリー様が王族なので王族の誰かが出席することになるので王家との話し合いは必須だ。
「いいわねぇ、私もリファールに行ってみたいわ」
「さすがに王妃の地位では無理ですよ、母上」
「まぁ、そう言うならさっさと即位して頂戴」
「無茶言わないで下さい!」
フェリシテ様が自分が行きたいと仰ったけれど、さすがにそれは難しかった。往復だけでも二十日はかかるのだ。他国への訪問なら仕方がないけれど、国内貴族の婚姻で王妃不在はさすがにまずいだろう。
「じゃ、誰が行くのよ?」
「私が行きますよ。ね、グレース?」
「そうですわね。一度はリファールを見に行かなければいけませんし。子どもたちも大きくなってきましたし、隣国も暫くは攻め込めませんから」
「そうねぇ。即位までにはすべての領地を見てきた方がいいでしょうし。リファールは遠いし、こういう機会でもなければね」
フェリシテ様の言葉でルシアン様ご夫妻の出席が決まってしまった。でも、それ以外でとなるとアデル様になってしまう。さすがにご高齢だし、最近は膝の調子がよろしくないから難しいだろう。前線に出ていたお祖母様みたいな人の方が珍しいのだから。そして陛下の影が薄かった。本性がバレてしまって取り繕う必要がなくなったからだろうか。ふと目が合うと苦い笑みを返されてしまった。複雑な気分だ……
でも、こうして私たちの結婚式は七か月後に決まった。それはルシアン様ご夫妻のスケジュールと季節的な理由からで、参列する他の貴族のためにも一年で最も穏やかで雨が少ない季節が選ばれたのだった。




