公爵家の子息たち
陛下のご意志を伺って、私は心の中が急速に冷えていくのを感じた。オーリー様の言葉を信じて婚約の継続を疑わなかったけれど、そんな考えは甘かったのだ。
でも、それも仕方がないだろう。公爵家の令息には婚約の話が出ていたらしいけれど、私のせいでその話は立ち消えになったという。それなのに急にオーリー様が見つかったからと言って婚約を白紙にするわけにはいかないのだと言われた。
「ですが、それは私が戻らなかった場合の話でしょう?」
「そうは言うがな。こういうことは打診した時点で規定路線であろう?」
「なるほど。それでは陛下は、私を馬鹿にした男の弟をアンジェの婿にしようと、そう仰るのですね?」
思いがけない言葉に、陛下やルシアン様の表情が険しくなった。
「オードリックを馬鹿にだと? あのジョフロワ公爵家が? あの家の者は皆、真面目で忠義に強い者ばかりではないか。しかも次男はお前の学友だっただろう?」
「そうですね。次男のマルセルは学友で、セザールの親友でしたよ」
「だったら……」
「そして、セザールに離婚したジョアンヌ嬢を私に押し付けることを提案した者でもあります」
「な?!」
「え?」
オーリー様の発言に、今度は王妃様やグレース様の表情まで変わった。
「ばかな、マルセルが何故そんなことを……」
「ああ、セザールに愛人を紹介していたのがマルセルだったのです。彼は仕事は真面目でしたが女性関係はだらしなくて、飽きた女性をセザールに紹介していたんですよ」
「な……」
「兄上、どうしてそんなことを……」
「ああ、以前王都に来た時、セザールたちの行動に腹が立ってね。それでリファールに戻ってからエドに彼らのことを調べて貰ったんだよ」
マルセル様はこれまでも女性関係で色々トラブルを起こしていて、その尻ぬぐいをしていたのが弟のクレマン様だったという。マルセル様は侯爵家に婿入りしているが、最近は素行の悪さから離婚の危機らしい。
「それでどうしてジョアンヌ嬢のことが……」
「私の婿入りの話がなくなれば王子の地位に居続けると思ったのでしょう。ジョアンヌ嬢と私をつっくけた後は側近として仕える気だったようですね」
「ですが、兄上はいずれ……」
そう、仮にオーリー様が我が家に婿入りしなくても、ルシアン様の王子二人が六歳になればオーリー様は爵位を得て臣籍降下される予定だった。だから側近になっても何の旨味もない。
「彼らは楽な方に逃げる性質だから、その可能性をあえて考えないようにしているんじゃないかな。昔から都合の悪いことは避ける性格だったから」
それは貴族としては致命的な欠点じゃないだろうか。だけど度々女性問題を起こしている時点で理よりも情で動くのは明らかだし、先のことを考えているとも思えない。
「それにクレマンは嫌っていた令嬢に強引に婿入りを打診されていたから、陛下の提案はちょうどよかったようですよ。その前に彼は男色家で、侍従の男が恋人だそうです。ジョフロワ公爵はその事を知って侍従を遠ざけたけれど、彼は婿入りしたらその侍従を呼び寄せるつもりだとか」
「な……!」
さすがにそこまでの情報は知らなかった……いつの間にそんなことまで……と思ったけれど、エドガール様は優秀だし、王都に伝もあるのだろう。それにオーリー様にも王家の影が付いているらしいし、更に言えばアデル様もいらっしゃる。彼らの態度にオーリー様は相当お怒りだったから、あの後も色々と調べていたのだろう。
「まぁ、父上がどうしてもと仰るのであれば仕方ありませんね。私は王籍を抜けさせていただきます」
「あ、兄上!?」
「何だと!?」
カップを手に、優雅にお茶の香りを楽しみながらオーリー様がそう言った。一方で言われた方は立ち上がらんばかりに驚いた。
「既に三年、私が不在だったのですから、今更私の存在など必要ないでしょう? こんな私が今更他家に婿入りするのも中々に難しいでしょうし」
魔術で三年も眠っていたなんて、何が起きるかわからないから婿にと欲しがる家もないでしょう、とオーリー様は涼し気に言った。
「も、もしかして、兄上……平民になったらリファールに行く気では……?」
「ああ、その通りだよ。クレマンは極度の女性不信なんだ。だからアンジェと子を成す可能性は極めて低いだろう」
「だがオードリック! だからと言って……」
「何を慌てているのですか、陛下? 陛下が最初に出した条件ではありませんか。婿としての形さえ整えれば、アンジェが誰と子を成そうと問わないと」
「な! 父上、そんなことを仰っていたのですか!」
オーリー様の暴露にルシアン様が激高し、怒気を向けられた陛下が表情を強張らせた。でも、その通りなのだ。確かに最初にそんな話があったのだから。
「ま、待て! あの時は仕方なかっただろう。オードリックに子を成せるとは思えなんだし、リファール家の後継者はアンジェリク嬢一人なのだから」
「父上! 三年経ってからならまだしも、最初からなどと!」
「まぁまぁ、ルシアン落ち着いて。私は陛下に感謝しているんだよ、あの提案のお陰で私は正式な婿になれなくても、彼女が望んでくれるなら子を成すお墨付きが頂けたのだから」
「あ、兄上まで! アンジェリク嬢に失礼ではないですか!」
「そうは言うが、陛下がこちらの意見も聞かずに婚約を白紙にして、後継者が絶望的な相手を婿にと仰るのだ。仕方がないだろう」
真顔で当然だろうと言わんばかりの表情でオーリー様がルシアンにそう返した。薄く笑みを浮かべているけれど目が笑っていない。これは相当にお怒りのようだ。それを感じたのか、ルシアン様も次にかける言葉が見つからないようだった。




