陛下の意向
王都に着いた翌日、私たちは王宮に向かった。陛下から到着したら直ぐに知らせてほしいと言われていたため、昨夕に到着を報告したところ、朝一番に登城して欲しいと言われたためだ。
「アンジェ、今回の話はやはり……」
「はい。婚約についてだと思います」
既に半月後の夜会で私と公爵令息との婚約が発表される予定だった。だけどオーリー様が見つかったので、その件の話になるのは間違いないだろう。既に公爵家もそのつもりで動いているとも聞いているだけに、今後どうするかを話し合うのは容易に予測できた。
「アンジェは何も心配しないで。私が話をするから」
「は、はい」
私を安心させるようにオーリー様が笑みを向けてくれたけれど、何だろう、有無を言わせない圧を感じた。そりゃあ、王族相手の話し合いだからオーリー様が助けて下さるのなら有り難いけれど、頼もしさを感じるよりもこういう人だっただろうかとの気持ちが勝った。
王宮からの迎えの馬車に乗って案内されたのは、意外にも王族専用の食堂だった。どうしてとの疑問にオーリー様は、王族は公務で一緒にいる時間が殆どないため、朝だけは揃って食事をするようにしているのだと教えてくれた。それも半強制的に。そうでもしないと何日も顔を合わせることが出来ないのだとか。つまりは王族がプライベートな時間に集まるタイミングで呼ばれたらしい。
「兄上! よくご無事で……!」
「ああ、オードリック……顔をよく見せて……」
「……よく、戻った」
女官に案内されて部屋に入ると、オーリー様はあっという間にご家族に囲まれた。ルシアン様が頬を紅潮させ、王妃様がオーリー様の両頬を両手で包み込み、陛下は一歩下がった場所で何かを耐えるような表情で唇を引き結んでいらっしゃった。グレース様とアデル様も涙が止まらないのかしきりにハンカチで目元を拭い、その側では四歳になったフィルマン様が無邪気に侍女に話しかけ、その側には昨年生まれたアデレイド王女殿下が侍女に抱かれて眠っていた。
「ご心配を、おかけしました」
そう言って頭を下げたオーリー様だったけれど、その言葉にどんな思いが込められていたのだろう。オーリー様も今にも泣きそうな表情だ。
「もう、二度とお会い出来ないかと……本当に、よかった……」
ルシアン様がもう一度、声を震わせてオーリー様に抱きついた。そう言えばオーリー様とルシアン様は二歳差だったから、ルシアン様はオーリー様の年を超えてしまったのだ。実際、ルシアン様は三年前よりも背が伸びたし、顔立ちも大人っぽくなって、二人が並んでも年の差を感じない。さすがに感動の再会の輪に入るのは憚れた私は、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「恥ずかしいところをお見せしました……」
「いえ、お気になさらず」
ひとしきり再会を喜び合った後でルシアン様に謝られてしまったけれど、元はと言えば我が領で起きたことなのだ。むしろこちらが謝るべきではと思ったけれど、オーリー様が戻られたのは私のお陰だという話になっていて止められてしまった。
王妃様はまだハンカチが手放せず、グレース様が慰めるように手を握っていらっしゃった。オーリー様が居なくなったと聞いて一番憔悴されていたのは王妃様だったのかもしれない。この三年で随分痩せてしまわれただけに、その心労は相当なものだったのだろう。決して表には出されなかったけれど。
「あまり時間が取れなくて申し訳ないのだが、婚約の話だ」
「は、はい」
陛下にそう言われて自ずと背筋が伸びた。その話をするために呼び出されたのだろうとわかってはいたけれど、陛下が何と仰るか確証がなかったからだ。
「父上、婚約はこのまま継続でよろしいですよね」
にっこりと笑顔を浮かべてオーリー様がそう言うと、陛下が僅かに怯んだ。その様子から陛下は婚約の解消をお考えなのだとわかってしまった。
「オードリック、そのことだがな……」
「ああ、大丈夫ですよ、父上。私もアンジェも婚約の継続を望んでいますから。ね、アンジェ?」
「え、ええ……」
思いっきり圧のある笑顔でそう言われてしまえば、そう答えるしかなかった。私もオーリー様との婚約を願っていたからだ。
「そうは言ってもな、オードリック……」
「まさか父上、私の命を四度も救ってくれたアンジェに、このまま恩返しもせずに去れなどと、恥知らずなことは仰いませんよね?」
「よ、四度、だと?」
「ええ。最初にリファール領に行った時に一度、その後香油の香りで発作を起こした時に一度、その後毒の後遺症が残る私のために解毒してくれたのが一度、そして結界の中で眠っていた私を救い出してくれたのが四度目です」
にこにこと、和やかにそう告げるオーリー様に対して、陛下たちの表情は引き攣っているように見えた。どうやら婚約解消と再婚約は王家の中では確定だったらしい。
「しかしな、オードリック。既に婚約は公爵家にも告げた既定事項なのだ。令息はそのために今まで婚約者を作らずにいた。今更なかったことには出来ぬのだ」
陛下ははっきりと、重々しい口調でそう仰った。




