現れた人影
そよ風に揺れるカーテンのように光の幕が揺れながら消えると、辺りは再び闇に包まれた、はずだった。二番目の要が光らなければ。
「こ、れは……」
「アンジェリク様? 一体何が?」
「……」
エドガール様に尋ねられたけれど、私には答えられる何かを持っていなかった。こんなことは初めてだったからだ。
(何、が起きている、の……?)
目の前でその存在感を示すのは、焔のように揺らめく光を纏う二番目の要と、その中に透けて見える、眠っている誰かの姿だった。
(だ、誰……?)
期待と不安と、違った時に感じるだろう失望に慄いた。この状況下で思い当たる人物は一人だけで、でも、絶対とは限らなくて。
「アンジェリク様、あれは……!」
どうやらエドガール様にも何かが見えたらしい。その声の隠し切れない渇望した何かを感じる。期待に胸が弾みそうになるのを、必死に抑えようとするせいか、私の鼓動が信じられないくらいに高まった。
「オーリー……様?」
そうだろうか、そうあって欲しい、そんな思いを込めて呼びかけたけれど、それはまだ眠っているように見えた。何が起きているのかわからないけれど、何かが起きようとしているのだけは感じた。
「オードリック様!!」
事態が飲みきれない私と違い、エドガール様は真っ直ぐに動いた。その人影に大きな声で呼びかけた。
「アン?」
「どうした?」
「殿下が見つかったのか!?」
エドガール様の大声は、少し離れた場所で野営の準備をしていた三人にも届いたらしい。手を止めて慌ててこちらに向かってくる気配と靴音がした。側までくると、揺らめくように光を発する要に息を呑んだ。
「な……これって……」
「何が起きているんだ?」
「あれは……人か!?」
どうやら三人にも私が見ているものが見えるらしい。私にしか見えない魔力の残存か何かかと持っていたけれど、それは私が見たような人型として目の前に存在していた。じわじわと期待が膨らむのを抑えられない。
「な、何だよ……これ……」
「中に見えるのは……人間?」
ジョエルとエリーも初めて見る光景に顔を引き攣らせていた。魔術と関りの少ない彼らにとっては何が起きているのか全く分からないだろう。私にだってわからないのだ。
「あれ、殿下か?」
「ジョエル殿もそう思うか?」
「え? あ、ああ。だってここ、殿下が消えた場所だろ?」
エドガール様の鬼気迫る問いかけに、ジョエルが狼狽えながらもそう答えた。確かにこの状況下ではそう思っても仕方がないだろう。だって、私だって……
「だったら起こすまでだ! おい! 殿下! 起きろよ!!」
「そうよ! 三年も眠っていたなんて寝坊よ!」
「殿下、目覚めて下さい!」
皆が皆、思い思いにその人影に語りかけた。ううん、これはもう、怒鳴っていると言ったほうが正しいかもしれない。ジョエルとエドガール様の声が大き過ぎて静寂の森が悲鳴を上げているようにも感じた。
「ちょっと、アン。何したらこうなったのよ?」
「な、何って……」
「そうです、アンジェリク様! こうなったきっかけは何ですか?」
「何って……ちょっと魔力を、流して……」
皆に問い詰められて、あまりにも激しいその剣幕に思わず一歩下がってしまった。
「だったら、もっと流してみて!」
「え?」
「え、じゃなくて。アンが魔力を流したからこうなったんでしょ? だったらもっと流せば情況が変わるんじゃないの?」
「え? あ……」
「そうだよ! ほら、せっかくのチャンスなんだ。消える前にやってくれよ!」
「う、うん……」
そう言う問題じゃないように思ったけれど、皆の勢いに負けて魔力をもう一度流しこんだ。今度はさっきの倍くらいの量だ。そうすると再び結界がカーテンのように輝いて揺れ、魔石を中心に光が増して……中にいる人影が一層濃くなった気がした。
「ほら! さっきよりもはっきりしてきたわ! もっとよ!」
「頑張って下さい、アンジェリク様!! ここが正念場です!」
「ぶっ倒れたら背負ってでも連れて帰ってやるよ!」
確かにこれはチャンスで、もしかしたら最初で最後かもしれない。既にかなりの量の魔力を流したけれど、流せば流すほどに実体化しているようにも見える。そう思った私は……オーリー様でありますようにと願いながら、ありったけの魔力を流し込んだ。
「ええっ?!」
「なんだ?!」
「こ、これは……!!!」
一瞬魔石がカッと明るく光ったと思ったら、何かが要の上の方からゆっくりと剥がれ落ちるように現れた。咄嗟に最前列で魔石の前に跪いていたエドガール様が、その何かを受け止めた。
「なんだよ、これ!」
「……殿下?」
「オードリック様?!」
人影が剥がれ落ちると、それまで要が放っていた淡い光がすっと消えて、周りは再び暗闇に包まれた。
「今日は月もなかったな」
光が消えた森は、最初よりも一層暗く感じた。
「おい、誰か灯りを!」
ジョエルの声に私は魔力で光の玉を作り出すと、エドガール様が抱きかかえている人物の元に近付けた。




