語りかける
翌朝、私はエリーとジョエル、アルノーとエドガール様、そして犬を二頭伴って屋敷を発った。これはオーリー様が居なくなった時のメンバーと同じだ。どうしてもあの時のことを思うとこの人選になってしまう。単なる私の自己満足だ。
「アン、わかっているとは思うけれど……」
馬を駆りながら、出発の際にお祖母様がためらいがちにかけた言葉を思い出した。あれは今回を機に諦めるようにという意味だろう。既に王家は次の相手を決めていた。今度は公爵家の三男で有能な文官だという。
オーリー様があのまま寝たきりだったら私の好きな相手と子を成せばいいと言われていたけれど、その前提のオーリー様がいなくなってしまった。となれば王家は国のためにも次の相手を見繕う必要があり、既に父がやらかした我が家に断る選択肢はない。
半年前の夜会で紹介された相手は、私よりも一つ年下の穏やかそうな青年だった。数字に明るいと評判の彼に財政難の我が領の立て直しとお考えなのだろう。結界が完全に修復された今、次の課題は慢性的な財政難だから。
(悪い人じゃないけど……)
実際、候補者は穏やかで理知的で、第一印象は悪くなかった。最初に紹介されていたらすんなり受け入れただろうし、いい人でよかったと思っただろう。もしオーリー様と二人同時に示されたら彼を選んだろうなとも思う。それくらい、最初のオーリー様の印象はよくなかった。ううん、はっきり言って悪かった。どうして私がそんな事故物件を……と思ったくらいには。
(このまま、そっとしておいてほしいのに……)
それが今の私の気持ちだった。まだオーリー様を想う気持ちは薄れそうもない。私が自覚したのが居なくなった後なのだから性質が悪い。どうしてもっと早くに気付かなかったのかと後悔してもし切れないし、そうなれば見つかったらああしたい、こうしたいとの願いが増すばかりなのだ。リファールにいるとオーリー様の魔力を感じるから、居なくなった気がしないのも私が思い切れない一因でもあった。
馬を駆って一日目には一番目の結界の要に着いた。特に変化はなく、そのまま二番目の要に向かった。着く頃には辺りは暗くなっているだろうか。
二番目の要に着いたのは、すっかり辺りが闇に包まれた頃だった。それでも何度も何度も通ったここの地形は頭に入っているし、目印もつけた。既にこの三年の間に哨戒を繰り返しているから敵兵が潜んでいる可能性はほぼない。危険なのは野生の獣や夜盗だろうか。それもこのメンバーなら滅多なことはない。私もあれから結界魔術を学んだから、野営の間身を護るくらいは出来るし。
(オーリー様……)
ジョエルたちが野営の準備をしている間に、私はエドガール様を伴って要の元に向かった。三年前と同じ、私たちが近づかなければ藪の中でその姿は見つけ難いけれど、魔力を辿れば直ぐに分かる場所だ。
「オードリック様、そろそろ出て来て下さい。そうでなければアンジェリク様が他の婿を迎えてしまいますぞ」
迫る数多の想いに立ち尽くしていると、小声でエドガール様が要にそう話しかけているのが聞こえた。片膝をついたその姿は真剣で、本当にオーリー様に話しかけている様に見える。彼が私を心配してくれているのを感じて心が温かくなった。
「オーリー様、本当にエドガール様の言う通りです。二か月後の夜会では、私、多分次の婚約者を決められてしまうんです。そうしたらオーリー様が帰る場所、なくなってしまいますよ」
そう、私が結婚したらこの地にオーリー様の居場所はなくなってしまう。父がああなって後継者は私一人だけ。養子を迎えるにも父は一人っ子で、お祖父様の弟のところも子が出来なかった。どうしても私が子を産むしかないのだ。
「そうですぞ、オードリック様。いつまで寝ているのですか? 隠れているのですか? 早くしないとアンジェリク様を掻っ攫われますぞ!」
いつものオーリー様を嗜める口調に、思わず笑みが込み上げてきた。それでも心が晴れる筈もない。そんな彼だって新しい婿が来たら居場所がなくなってしまうのだ。伯爵家の後継者の地位を弟に譲ってオーリー様に従ったエドガール様にはもう帰る家もないのだから。
「ふふっ、オーリー様。私、結界魔術も習っているんですよ」
ようやく最近、直接魔石に術式を組み込んで魔力を流せるようになった。この先何十年か経って、今回交換しなかった魔石が割れた時、私が修復出来るようにと習ったのだ。
「まだまだオーリー様には及ばないけれど、ほら、魔石に魔力を送ることだってできるようになったんですよ」
そう言いながら魔石に刻まれたオーリー様の術式をなぞって、そっと魔力を流し込んだ。途端に魔石がふわっと淡い光を浮かべて星が瞬くように輝いた。同時に結界が少しだけ揺れるのを感じた。私の魔力がオーリー様のそれと同化したからだろうか。
結界が僅かに光を帯びて、闇の中に淡い光が揺れた。昼間は見えなかったそれも、夜なら見えるらしい。
「アンジェリク様?」
「魔力を、流したのよ。夜だとこんな風に見えるのね。昼間だったからわからなかったわ」
「そ、そうでしたか」
魔力が見えないエドガール様には、結界に浮かんだ光だけが見えたのだろう。何とも幻想的な光景で、こんな風になるなんて私も知らなかった。もう一度見たくてさっきよりも少し多めに魔力を流した。
「アンジェリク様!」
二度目に浮かんだ光はさっきよりもずっと明るくて長く続いた。まるで風に揺れるレースのカーテンのように軽やかで儚い。
「アンジェリク様!!」
空に揺れるカーテンを見つめる私に、エドガール様の鋭くも驚く声が届いた。そんなに驚くことはないだろうに。そう思いながらも光が消えるのをまって振り向いた私は、息を止めた。




