オーリー様の行方
「一体どういうことですか、アルノーさん!」
呆然とした私の代わりに尋ねたのはジョエルだった。我に返って彼の姿を見ると、所々に傷跡が生々しく存在していた。
「じ、実は……」
それから私はアルノーの治療をしながら私たちと別れた後のことを聞いた。
私達と離れた後、暫くは順調に進んだらしい。でも二番目の要の近くで敵の兵士たちが野営しているのを見つけたという。要の位置をオーリー様は把握したけれど、如何せん兵たちが近くにいるために近付けない。近付き過ぎると見つかってしまうからと一旦はその場を離れ、再び私達と合流することにした。
だが運悪く、戻る方向から別部隊が向かってくるのが見えた。仕方なく別方向に迂回することにしたが、そこは崖下で迂回する程の場所がない。仕方なく闇に紛れて一夜を明かすことにしたという。
そして今朝、明るくなる前に私たちの元に戻ろうとしたが運悪く見つかってしまったという。敵兵が連れていた犬に気付かれてしまったのだ。犬を倒し、アルノーが野営のテントに火を放ったせいで野営地は大混乱に陥った。その隙に一気に逃げ出したのだけど……アルノーが気付いた時には二人とはぐれてしまった後だったという。
「では、オーリー様は……」
「私の後をついてきてくださるようにお願いしました。お二方はこの地に詳しくありませんから」
「そ、そうね」
「大した距離を駆けたわけではありません。ですが、気が付いた時には……」
「それは、いつ頃?」
「まだ空が白み始めるかどうか、という頃です」
「じゃ、オーリー様が魔石を交換した時……」
「ええっ?」
「まさか殿下、逃げずに要に向かったのか?」
実際に彼らが逃げ出したタイミングはわからない。でも、結界の魔力を感じたのは空が白み始めた頃にだった。
「まさか……オーリー様はわざと……」
そんな筈はないと思いつつも、彼は自分よりも周りを優先する人だったのだと思い出した。ジョアンヌ様の時も、自分の恋心よりも彼女の幸福を願ったのだ。そう言う人なら、目の前に要が見えたら捨て身で交換しようとするかもしれない。敵の部隊が野営していたのなら、既に攻め入る準備が出来上がっていたとも言えるのだ。
「そんな……」
「ま、まだそうと決まったわけじゃない! それに殿下にはエドガール様がいるだろ? あいつがいる限り殿下の身に何かある筈ねぇよ!!」
そう、オーリー様にはエドガール様がいる。彼は自分の気持ちよりもオーリー様を優先する方だ。だからこそ心配でもある。エドガール様のためにオーリー様が自分が囮になろうとするかもしれないのだ。
「と、とにかくオーリー様たちの元に戻りましょう!」
既に日が昇り始めている。今なら崖の心配もないし、アルノーだっているのだ。急く心を宥めながら慎重に馬を駆った。
「敵の人数は?」
「三十、いえ、五十ほどかと」
「五十……」
「魔術師らしき者は?」
「特には。殿下も魔術師はいなさそうだと仰っていましたし」
「そう」
それだけなら対処法がなくもない。
「ここが……!」
「……誰も、いない?」
そこにはテントや物資がまだ残されていたが、人の気配はなかった。テントのいくつかが燃えて崩れ落ちていて、周辺はきな臭さが立ち込めていた。慌ててここを放棄したのだろう。
「物資を残したまま……逃げ帰ったようですね」
「ええ……じゃ、オーリー様は……」
とにかくオーリー様を探すのが先だ。名を呼ぶも返事はないしオーリー様の魔力も感じない。ここにはいないような気がする。軽く見て回ったけれどそれらしい人影はなかった。
「もしかしたら殿下を人質にしたとか?」
「その可能性はあります。殿下の身を手にすればこれほど有利なことはございません。野営地など捨てても惜しくはないでしょう」
オーリー様の身柄を手に入れて慌てて国に戻ったのだろうか。でも、彼らはもう国に戻る手がない。魔術師がいなければそれを知らず、慌てて国に戻ろうと砦を目指したのかもしれない。砦までは丸一日はかかるから、彼らが結界で戻れないと知るまでには時間がある。仮に二人が捕虜になっても、国に戻れないのだからあちらに引き渡されることはないだろうけど……
「オーリー様が二番目の要に向かったのなら、その辺りに隠れているかもしれないわ」
それは願望でもあった。エドガール様もいるのなら滅多なことはないだろう。実際魔石の交換は無事に終わっているのだ。私たちは二番目の要に向かった。
「ここが、二番目の……」
そこは鬱蒼と藪が茂った中にひっそりと隠されるようにしてあった。それでもオーリー様がここに来たのだろう。周りの草が踏みしめられた跡が残っていた。
「とにかく、二人を見つけないと」
私は探知魔術を展開して周囲を探った。この魔術は戦場で怪我人を探すのに便利だから習得したものだ。治癒魔術を使う場合は一緒に教えられるもので、敵味方関係の区別が出来ないのは欠点だけど、確実に生きている人の存在は掴めるのだ。
「……あ、あっちに反応があるわ!」
結界の要よりも左手の方に微かな人の魔力を感じた。私たちは急いでそこに向かった。




