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廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました  作者: 灰銀猫


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別行動

 オーリー様たちと別れてから、私はエリーとジョエルと共に少し離れた場所に見つけた小さな洞窟に隠れた。馬がいるので結界の要の近くにいては目立つからだ。ここから二番目の要までは二刻ほどだという。今からなら夕方になる前には着くし、今度は魔石の交換だけだからあまり時間はかからない筈だ。暗くなるまでにここに戻って来られるだろう。


「大丈夫かしら……」


 始めて従軍した時から待っている時間は嫌いだ。怪我をした兵士が運び込まれてくるのを待って治療するのが治癒魔術師の仕事だから仕方ないけれど、こんな時、前線に立てる攻撃魔術を選べばよかったと思ってしまう。きっとその時々であちらがよかったと選ばなかった方を惜しく思うのだろう。


「アン、落ち着いて。ほら、ケルカの実よ」

「わ、どこからそんなものを?」

「ほら、そこに木が」


 ケルカの実は人の拳くらいの大きさの木の実で、柔らかくて甘酸っぱくて瑞々しい。ケルカの木は山奥にしか生えないのでなかなか手に入らない貴重な果物でもある。


「美味しい……」


 ずっと干し肉や干し芋で過ごしてきたから、それ以外の物が酷く美味しく思えた。水分が多いのも喉に嬉しい。オーリー様たちにも食べて貰いたいと、いくつかを食料用の袋に放り込んだ。




「……遅くない?」


 既に日は山に隠れて、空の一部が色付いてくるのが見えた。山は日が落ちるのが早いから夕方にはまだ時間があるけれど、そろそろ魔石の交換が出来てもいい頃合いだ。


「どうかしたのかしら」


 待つだけの時間は不安と最悪の想像を容易に呼び起こす。


「アンったら、せっかちよ。まだ二刻も経っていないわ」

「そうそう。この先は敵もいるんだから慎重に進むしかないんだ。多少の遅れも想定内だろ?」


 エリーとジョエルにそう言われるとそうかもしれないと思うけれど、それでも不安が少しずつ積み上がっていくのを感じた。




「どう考えてもおかしいわ。いくらなんでも遅すぎるわ!」


 夜のとばりがゆっくりと落ち始めてきたけれど、結界の魔力は変わらずオーリー様たちも戻らない。既に二刻どころか三刻は過ぎていた。もし敵兵がいて魔石の交換が難しければ一旦戻ることになっている。夜になれば移動もままならない深い山なのだから。新しい結界の要に戻ったけれど、やはり変化はなかった。益々最悪の想像が鎌首をもたげてきた。


「私、様子を見てくる!」

「ま、待てよ。落ち着けって!」

「そうよ、こんな夜に動くなんて自殺行為だわ」

「でも! もしかしたら敵に見つかって捕虜になっているかもしれないわ。それとも途中で具合が悪くなったのかもしれないわ」

「それでも、今俺たちがここを動いたらあいつらだって困るんだぞ? こんな山中で行き違いになったら落ち合うのは無理だ!」

「そうよ。私たちがここにいるからオードリック様たちは動けるのよ。何かあれば戻って来るし無理はしないと約束したじゃない」

「じゃ、どうして戻ってこないの?」


 エリーやジョエルの言うこともわかるけれど、もし具合が悪くなっていたら私の力が必要だ。


(こんなことなら、別行動なんかしなきゃよかった……)


 今更悔いても仕方ないけれど、そう思わずにはいられなかった。これまで順調に進んでいたから慢心があったのかもしれない。それに、敵の準備は思った以上に進んでいたのだろう。迂闊だったとしか言いようがない。


「とにかく、夜は馬だって動けない。それにこの辺りは崖も多いから下手に動けば死ぬ。だから明るくなるまでは待て。向こうだって暗いから動けないだけかもしれない」

「……」


 悔しいけれどジョエルの言うことは正論で、夜に動くことは自殺行為だった。


「殿下らが帰ってきた時に、アンが崖下に落ちた後じゃ意味がないだろ?」

「そうよ、殿下は必ず戻ると約束したんでしょ? 約束を破るような人なの?」

「そ、そんなことない。ないけど……具合が悪くて動けなかったら……」

「それでも、エドガール様やアルノーさんも一緒なのよ。彼らが無謀なことをするとは思えないわ」

「そうだぞ。アルノーさんの座右の銘は安全第一なんだ。不安要素があるうちは動かねぇよ」


 そう言われると反論の余地もない。私たちは新しい結界の要の近くで彼らの帰りを待つしか出来ないのだ。重苦しい泥が胸に詰まっているような感覚に、その夜は一睡も出来なかった。



 変化があったのは空が僅かに白み始めた頃だった。突然結界の気配を強く感じたのだ。


「オーリー様!?」

「アン?」


 急な変化はでも確かに、結界の魔石が交換されたことを表していた。


「結界が、結界が修復されたわ! オーリー様、ご無事だったんだ!」


 それだけで胸に詰まっていた泥が霧散したように感じた。慌ててオーリー様の術式をくるんでいた結界を解くと、その術式は魔石に吸い込まれるようにして消えた。その瞬間、とんでもなく大きな、でも覚えのある魔力が満ちるのを感じた。オーリー様が再構築した結界が完成して、リファールの国境を覆いつくしたのだ。


(凄い……! こんなに大きくて強い結界を展開出来るなんて……!)


 国一番の結界術の使い手と言われていたオーリー様だったけれど、これほどとは思わなかった。でもこれで隣国の兵が攻め入ることはほぼ不可能になって、戦争は避けられたも同然だ。苦労した甲斐は十二分にあった。


(後は三人が戻って来てくれれば……)


 空も明るくなり始めたから、直ぐに戻れるだろう。もう隣国の兵がこちらに入り込むことも出来ないのだ。そりゃあ、少しはこちら側に入り込んでいるだろうけど。

 その時だった。何かが迫る音が近づいてきた。耳を澄ませるとそれは馬が駆ける音だろうか。


「アンジェリク様!」

「アルノー?」


 現れたのは馬を全力で駆るアルノーだった。その後ろには……誰も続かない……


「アルノー! オ、オーリー様は?」

「大変でございます、アンジェリク様! 殿下が、殿下が行方不明になってしまわれました!!」


 世界が凍り付いた気がした。





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