結界の位置
「ええ? たった五人で、ですか?」
本当に最低限の人選に私はさすがに同意出来なかった。そりゃあ、ジョエルやエリーはこの地のことに詳しいし従軍の経験もあるけれど、オーリー様やエドガール様は殆ど知らない筈。しかも国境は広く、最低でも回らなければならない結界の要は最低でも六か所あり、移動距離も膨大だ。さすがにこの人数は無理があるだろう。
「今騎士たちが動けば向こうにこちらの動きを知らせることになります。向こうは我々が結界を修復したがっていると知っているでしょうし、私が婚約者になった理由も理解している筈」
「確かにそうじゃが……」
「騎士を動かせば必ず警戒し妨害するでしょう。結界を張られては攻め込むことが出来なくなりますから」
「……」
確かにオーリー様の言う通りだ。彼らが勝てると踏んでいるのは結界の緩みのせいだ。結界が修復されれば我が領に立ち入ることは出来なくなるから、我が国への侵攻で実績をアピールしたいであろう第一王子は何が何でも妨害するか、攻め入ろうとするかもしれない。
「私は今、王都にいることになっています。ルシアンにそう工作するように頼みました」
「だから今のうちに、という訳ね」
「はい。今の彼らは自分たちこそが先手を打っていると油断している筈。だったら今がチャンスです」
確かにその通りだけど、さすがに人選に不安が残った。
「だったら……アルノーを連れて行くといい」
「アルノーを?」
アルノーはお祖父様の部下で斥候の一人だ。国境の村の出で、狩人だった父をみて育ったから地形に詳しいのだ。野営なども得意で、確かにこんな時にはうってつけと言える。
「ああ、あいつなら案内人としても最適だろう」
「アルノーさんなら俺も賛成だな」
「ああ、ジョエルは以前一緒に従軍したことがあったものね」
ジョエルがアルノーの従軍を支持した。従軍以来ジョエルはアルノーを数いる師の一人として慕っていたっけ。
「わかりました、お祖父様。確かにアルノーがいてくれれば安心です」
「オードリック様。どうかアルノーを案内人としてお連れ下さい」
「わかった。皆がそう言うのなら是非お願いしたい。私もエドも、この地のことはさっぱりだから」
その後、アルノーが呼ばれてお祖父様から六人で結界の修復を命じられた。最低ラインの六か所を回るだけでも半月で終わるかどうか。なんせ結界の要のある場所は山深い国境の近くで、道なき道を行くしかないのだ。しかも場所自体が結界で隠されているので、それを探す必要がある。結界師が生きていれば容易かっただろうけれど、既に故人だからどう隠されているかもわからない。
「オーリー様、まずは結界師が手がかりを残していないかを調べましょう」
闇雲に探しても労力の無駄だ。それよりも結界師はいずれ修復されることを見越して何か手掛かりを残している筈だ。
「結界師が住んでいた家に向かってみましょう。何かわかるかもしれません」
「そうか。その辺はアンジェに任せるよ」
お祖父様も何かご存じかもしれない。まずはうちの屋敷なりに手がかりがないかを調べる必要がありそうだった。
「この地図は……」
手がかりを探し始めてから半日後、私は結界師から送られてきたという手紙をお祖父様から渡されて、それらに目を通していた。結界師は後継が見つからず、かなり高齢になるまでその任を続けてくれたけれど、晩年は結界の要まで行くことが出来なかった。その彼は地図を残してくれたのだけど……
「うわぁ……これ、隠し財宝の地図みたいだ」
ジョエルが感心しながらそれらを眺めていたけれど、そうなのだ。地図は全部で十二枚あって、それらはそれぞれに要の位置を表しているのだろう。でも結界師はあまり地理や絵が得意ではなかったらしく、パッと見ただけではどこなのかさっぱりわからなかった。これも敵から見破られないようにするための手なのかもしれないけれど、それにしてもどれがどの魔石なのかわからない。
「この番号が順番、なのかしら?」
「違うわ。この紙、魔術が掛かっているもの」
「魔術が?」
「魔力の残存を感じるわ。これは……結界?」
「ああ、多分結界師がかけたのだろう。多分……自分と同じくらいの力を持った者にしか解除出来ないように」
「じゃ……」
「うん、私なら解けるよ」
結界師はいつか自分の代わりになる者が現れた時のため、地図に結界をかけて情報を隠していたのだ。
「かなり高度な技術を持っていたんだね」
十二枚の地図を解呪したオーリー様だったけれど、聞けば地図には一枚一枚違う術がかけられていたという。
「ええ? 俺には何も変わったように見えないけど」
「……私もよ」
「そうみたいね。かなりの魔力と知識がないと見えないようになっているみたい」
「アンジェにはわかる?」
「ええ、一応は……」
ジョエルとエリーには見えなかったらしい。私は一応見えたけれど解呪出来なかっただろう。さすがはオーリー様だ。地図には描いてあるものを補足するように細かく木や岩などの目印が描かれていた。
「十分とは言えないけれど、近くに行けばこの結界師の魔力を感じるだろう」
一番大きな準備が整った。




