王太子夫妻との会談
それから三日後、今度は王城に呼ばれた。ルシアン様からオーリー様に会いたいとの連絡があったのだ。夜会でも改めて今度と言われていたけれど、その日は思ったよりも早かった。王太子だから予定が詰まっているだろうと思ったからだ。
「ルシアン、すまなかった」
「全くですよ、兄上。どうしてあの時相談して下さらなかったのです?」
「……面目ない」
その後もルシアン様からのお説教が続いて、オーリー様は大人しくそれを聞いていた。ルシアン様の気持ちもわからなくもない。ジョアンヌ様とのことを一人で何とかしようとせず、誰かに相談していたら現状は変わっていたかもしれないのだ。そりゃあ、あの結婚は王命で政略が大きく絡んでいたから簡単ではなかったかもしれないけれど。
「はぁ、悪いと思っているなら代わって下さい」
「それは無理だろう」
「……即答ですか。少しは考えてくれてもいいのに……」
「だがな、ルシアン」
「ああ、わかっていますよ。でも、文句の一つくらい、言っておきたかったんです」
一つどころか百を越えたかもしれないけれど、それくらい思うところがおありだったのだろう。でも気落ちはわからなくもない。急に王太子になれなどと言われて物凄く困惑しただろうから。
「ああ、アンジェリク嬢、すみません。自分の心に折り合いをつけるために言いたかっただけです。本気で代わって欲しいわけじゃありませんから。いや、代われるものなら代わって欲しいんですけどね」
「い、いえ、私のことは、お気になさらず……」
「兄上、睨まないで下さいよ。これも兄上のせいなんですからね」
「……すまない」
「ほらほら、ルシアン様、もうよろしいでしょう? アンジェリク様がお困りですわ」
「……わかったよ」
グレース様に諭されてそっぽを向いたルシアン様はまだ言い足りなかったのかもしれない。でもグレース様は笑顔だし、ルシアン様も苦笑と言った感じで険悪な感じはしなかった。兄弟喧嘩みたいなものだろうか。
「それよりもルシアン様。あの件をお話するおつもりだったのでしょう?」
「あ、ああ……」
どうやらただ文句を言いたいだけではなかったらしい。ルシアン様が側近だけを残して部屋を出るように指示するのを見て自ずと背が伸びた。
「実は、ナヴァール国の動きが怪しくなっているんだ」
「ナヴァール国が?」
ナヴァール国は我がリファール辺境伯領に接する隣国だ。もう長い間小競り合いが続いていて、今の陛下になってからは他国との関係改善を進めている我が国にとって数少ない火種とも言える。
「まだはっきりした動きはないけれど、第一王子は自身の立場を強くするために我が国に攻め入ろうと考えているらしいんだ」
「やはりか」
ルシアン様の話にオーリー様が同意したけれど、その話は私も知っていた。ナヴァールの現王は高齢で、そろそろ代替わりすると言われているが後継者を決めていない。そのため正妃腹の第一王子と側妃腹の第二王子が大々的に後継者争いを繰り広げているのだ。二人とも四十代前半で能力も経験もあっていい勝負なのだけれど、こちら側からするとどう転がるのかわからず厄介でもある。我が国的には穏健派の第二王子の即位が望ましいのだけど……
「リファールにも今後影響が出るでしょう。父上から言うと話が大きくなるので、内々に私から話すようにと言われたのです」
「そうか」
「兄上の体調が戻ったのであれば、早々に結界の修復をお願いします。ただ、無理はして頂きたくはないのですが……」
「いや、教えてくれて有り難い。あちらが手を出して来たら私だって無傷ではいられないんだ。早々に領に戻って修復を始めたい」
「すみません、兄上」
「いや、今は体調もいいし、アンジェもいてくれる。攻め入られる前に片付けたいな。アンジェもいいだろうか?」
「勿論です」
私の方こそ異論はなかった。リファールは私の家で領民は家族だ。一人も犠牲者を出したくない。
「父上から結界に必要な魔石も預かっています。今日中にはお祖母様の宮に届けさせましょう」
「それは有難い。魔石があれば効率も効果もぐっと上がる」
結界の張り方は二つあって、一つは魔力のみで、もう一つは魔石を利用するものだ。効率も効果も魔石があった方が格段に強いし長く維持出来るけれど、魔石は高価で入手が困難だ。今までは我が領で魔石を購入していたけれど、財政的に欲しいと思うほど買うのは難しかった。王家から頂けるのならこんなに有難いことはない。
「兄上、アンジェリク嬢。我が国は今、ベルクール公爵に連なる貴族の多くが処罰されたせいで他国からは攻め入る好機と見られています。しかし父上も私も戦争は避けたい。ナヴァールが手を出せなかったと知られれば他の国も引くでしょう」
「その通りだな」
それは逆を言えば我が領が攻め入られれば、他の国もどう動くかわからないということだ。友好関係を築いても同盟を結んでいなければ攻め入られる可能性は高い。
「父上からリファール辺境伯宛の書簡も預かっています。必要な物資も一両日中にはリファールに向かいます」
「わかった。何としてもナヴァールを抑えよう」
「微弱ながら最善を尽くします」
「兄上、アンジェリク嬢も。どうか頼みます。ですが、絶対に無理はなさらないで下さい」
ルシアン様とグレース様、そして側近の方々が深く頭を下げた。その様子からナヴァールはかなりの確率で我が国への侵攻を考えているのだと察した。




