彼らの目論見
ジョアンヌ様がオーリー様に襲われ、それを理由にオーリー様との復縁を計画していたと言われて、私は目を丸くした。だってここは王太后が住まう宮で、あの席にはエリーやジョエルも一緒にいたのだ。それで襲われたと主張するのは無理があるだろう。
「彼らは……内密な話だと侍女たちを下がらせて、私に結界を張らせた後で襲われたと主張する気だったんだろう」
「どうしてそこまで……」
いくら離婚を考えていると言っても、オーリー様を犯罪者に仕立て上げてまですることではないだろうに。彼らは仲のいい幼馴染だった筈……
「セザールの愛人が、身籠ったんだよ」
「ええっ? 愛人って……」
オーリー様が調べたところ、セザール様は結婚二年目には愛人がいたという。主だった者だけでも五、六人はいて、身籠った愛人は二年ほどの付き合いだという。
「セザールにはこれまでも何人か愛人がいたらしい」
「それじゃ……」
「彼は跡取りだから子供は絶対だ。無理してジョアンヌを娶ったけれど、五年経っても子が出来ない。両親もいい顔をしなかったのだろう」
デスタン公爵はベルクール公爵と距離を取っていたから、ジョアンヌ様を迎えるのは本意ではなかっただろうとオーリー様が言った。それでも息子が強く望み、王子妃になるほどの才女だったから認めたのに、肝心の子が出来ないのでは意味がない。そこに愛人との間に子が出来たのだ。相手がそれなりの家格の娘であれば後継者欲しさに公爵夫妻が再婚を願っても不思議はない。
「今はエドもいないし、さすがにお祖母様に同席を頼むわけにもいかなくて……嫌な話を聞かせてすまなかった」
「い、いえ。そう言うことなら、仕方がないかと……」
そういうことなら同席してよかったと思った。でなければ今頃は大変な騒ぎになっていたかもしれない。侍女を下がらせたのも結界を張ったのも、オーリー様がジョアンヌ様を取り戻そうとしたせいだと二人が主張すれば、否定するのは簡単ではないだろうから。
「お役に立てたのなら、よかったです」
それはある意味私の本心だったけれど、オーリー様が渋い表情になった。何だろう、何か気分を害するようないい方だっただろうか。
「アンジェ」
「はい?」
「私は……今はもうジョアンヌのことは何とも思っていない」
「……そうですか」
真剣な表情で唐突にそう言われて面食らってしまったけれど、心の奥まで一筋の光が届いたような気がして、静かに弾けそうになる気持ちをぐっと抑え込んだ。
「今日の彼らの態度で確信したよ。彼女はあの日……私に聞かせるつもりでああ言ったのだと」
それは学園でセザール様に告げた言葉を指しているのだろうか。確かに先ほどの二人の様子からしてその可能性は大きくなった。それでもやってきたのは、オーリー様に襲われたと主張すればどうにでもなるとの目算があったからだろう。
「アンジェへの失礼な態度に、最近の彼らの動向。それらを思えば昔のような気持ちを持ち続けるのはさすがに無理だよ。私も聖人君子じゃないから」
そう言って力のない苦みのある笑みを浮かべた。確かに今日も彼らは私のことは最低限の挨拶をしただけでその後はいない者とされた。しかも私の前であの発言は、どう考えても私を軽んじているとしか思えない。それに気付いて怒ってくれたことが嬉しい。
「今はアンジェの婿になることを望んでいるし、あの地に骨を埋めるつもりだ」
「そ、そうですか。ありがとうございます?」
ここはお礼を言うべきだろうかと迷ったら疑問形になってしまって、オーリー様が僅かに眉間に皴を刻んだ。やはり失礼だっただろうか。
「アンジェ、いつか君に相応しいと思われるように努力するよ」
「え? あ、いえ、そこまで気負われる必要はないかと思いますが……」
「いや、私がそうしたいだけだ。待っていて欲しい」
「は、はぁ……」
待つも何も、政略結婚だし、オーリー様の結界魔術と王子教育で得た知識があれば、今から努力することはあまりないと思うのだけれど……
それからたわいもない話をした後で自分の部屋に戻ると、一気に疲れが襲ってきた。我が家よりも上質なソファについなだれ込んでしまった。手触りの良さに少しだけ気が休まる気がした。
「ようございましたね、アン」
「え?」
ぼんやりしていたらエリーにそう声をかけられた。何のことかと彼女を見上げた。
「オードリック様ですわ。ジョアンヌ様へのお気持ちはもうないそうですわね」
「え、ええ……」
そう言われてドキッとしてしまった。たった今その事を思い返していたからだ。あの一言で凄く心が軽くなった気がした。
「でもまぁ、見限られても仕方のない失礼さでしたけれどね。あんな方が王妃にならなくてようございましたわ」
「さすがにそれは言い過ぎじゃない?」
「そんなことはありませんわ。あのご夫婦の評判もあまり良くないようですし」
「そんな話、どこから……」
「この宮の侍女たちです」
確かに失礼だなぁとは思ったけれど、昔からそういう態度をされることが多々あったので気にしていなかった。でも、この宮の侍女たちにそう言われているのなら、王都どころか国中に知れているのだろう。
「後はオードリック様ですけれど……まだまだですわねぇ」
それはどういう意味かと尋ねたけれど、エリーは答えてくれなかった。




