オーリー様の思いは……
ルシアン様たちとは長く話をしていられなくて、近々王宮に遊びに行く約束をして別れた。その後は貴族たちに囲まれてしまって、私はオーリー様の隣で無理やり笑顔を作って挨拶を繰り返していた。
(それにしても、凄い人気……)
挨拶しても次から次へと人が現れてきて終わりが見えない。それだけオーリー様の人気が高いのだろうけど、彼らが純粋に好意だけ動いているわけでないのがよくわかった。特に令嬢を伴った者はオーリー様がまだ毒の影響があって……というと態度を変えるからだ。我が家の婿に、もしくは妃にと、それぞれに打算があるのが丸わかりだ。中には娘は治癒魔術が得意なのですと言い出す者もいたけれど、私が上級魔術を取得していると告げるとばつが悪そうな顔をした。多分、彼の娘は中級までしか使えないのだろう。
「アンジェが治癒魔術の達人で助かったよ」
飲み物を手渡しながらオーリー様がそう言った。私たちは一区切りついたところでテラスに逃げ込んだのだ。様々な香水の香りが入り混じった会場に比べると空気が美味しく感じる。夜風も気持ちいい。
「でも、今のオーリー様には上級までは必要ありませんよ」
受け取った飲み物は冷たくさっぱりしていて後味がよかった。
「アンジェは厳しいなぁ。でもこう言っておけば虫よけになるし、アンジェの実力も伝わるだろう?」
オーリー様がそう言うのには訳がある。私の髪色だ。私は母譲りのピンク色の髪で、これのせいで頭の緩い尻軽女だと思われている。母がそうだったからで、親世代の間では母の奔放さは有名だった。母に婚約者の心を奪われた夫人もいると聞く。彼女らにとっては私は昔の嫌な思い出を呼び起こす存在だから、余計に反感を買うのだろう。私にとってはいい迷惑でしかないのだけど。
ただ、私の目が金瞳なのがせめてもの救いだ。これは王家の血を引く者にしか現れないから、金瞳というだけで一目置かれる。それがなかったらもっとあからさまに敵意を向けられていただろう。
「ああ、今日も庭が綺麗だな」
「え? あ、そうですね」
ぼんやりと外を眺めながら母のことを考えていたら、声をかけられて我に返った。
「ちょっと出てみようか?」
「そう、ですね」
王家の庭が素晴らしいのは言うまでもないけれど、夜会がある日にはあちこちに魔術で灯りを配置して幻想的な雰囲気に飾られている。その中を行き交うのは殆どがカップルで、それぞれに甘い時間を過ごしているのだろう。そんな場に政略結婚の私たちが入るのは場違いかとも思うけれど、一度は入ってみたかったのだ。
「うわぁ、凄く……独特の雰囲気ですね」
いかにもカップルが好みそうな場所だけど、違和感満載だった。相手が私で申し訳ないくらいだ。オーリー様はジョアンヌ様と歩きたかったのだろうなと、ふと先ほどあったジョアンナ様の姿が思い出された。美しかったけれど、どこか疲れたような印象だったのはセザール様との仲が原因だろうか。ジョアンナ様はいとこと噂になっていると言うけれど……
奥の方まで行くと会場の喧騒も薄まって、普通に会話したら周りに聞こえそうなくらいだった。そんな場で言い合う声が聞こえて思わず足が止まった。それはオーリー様も同じで、視線の先にいたのはセザール様とジョアンナ様だった。何だろう、大きな声を出しているわけじゃないけど、寒々とした空気が漂っているように見える。ルシアン様が離婚秒読みだと言っていたのは本当だったのかと納得してしまう様子だった。
「……行こうか」
十を数えるほどの間彼らの様子に気を取られたけれど、オーリー様はそう言うと私の手を取って歩き始めた。さすがに他人の喧嘩を眺める趣味はないし、見ていることを気付かれるのも気まずいだろう。
(それにしても……オーリー様はジョアンナ様のことをどう思っているのかしら?)
幼い頃から好きで、王太子の地位を失ってでも彼女のために婚約破棄したのだから、今だって憎からず思っている筈だ。初恋で、ずっと結婚して一生を共にすると信じ、何年もその未来を楽しみに待っていたのだ。その想いを断ち切るのは簡単ではないだろう。
(もしお二人が離婚なさったら……?)
愛した人が初恋に破れ、独身に戻る。既に帰る実家もなく、そうなれば平民落ちするとなれば、オーリー様にはチャンスにならないだろうか。我が家への婿入りはなくなるだろうけど、陛下にお願いすれば伯爵位くらいは得て静かに暮らせるかもしれない。
ジョアンヌ様もセザール様への思いがなくなれば、オーリー様の良さを改めて見直してくれるかもしれない。そうなればオーリー様は今度こそジョアンヌ様と相思相愛の夫婦になれるかもしれない……
(……オーリー様にとっては、その方がいいのかしら……)
オーリー様の横顔を見ながら、今彼がジョアンヌ様をどう思っているのかが気になった。傷口に塩を塗るようでそのことを聞くのはタブーだと思っていたから、聞いたことはなかった。でも、オーリー様が幸せになるのなら、そう言う選択肢があってもいいような気がした。




