声をかけてきた二人
オーリー様に声をかけたのは、ウェーブがかかった黒髪を緩く結った灰青色の瞳を持つ男性と、茶色に近い金髪に紫の瞳を持つ美女だった。男性は人懐っこそうな温かみのある笑顔を浮かべているけれど、女性の方は僅かに表情が固く冷たい印象が際立っていた。
「ああ、セザールと夫人か。久しいな」
オーリー様の口から出た名は私の予想に反しなかった。
(彼らが、オーリー様の……)
側近だったデスタン公爵家の令息セザール卿と、婚約者だったジョアンヌ様だ。二人とも幼馴染みでもある。名は知っていても年が離れていたから学園で一緒になることもなかったし、私が社交をしなかったのもあってお会いするのは初めてだ。
オーリー様が一方的に婚約破棄しているだけに、会って大丈夫なのかと不安になった。結果的にジョアンヌ様の望む結果にはなったとはいえ、公衆の面前での婚約破棄は責められても仕方がない。
「お元気になられたのですね」
「療養からのご快復、心よりお祝い申し上げます」
「ああ、ありがとう。二人とも元気そうで何よりだ」
表面上は和やかに、何事もなかったかのように見えた。貴族、それも王族と公爵家の者だから、仮に腸が煮えくり返っていてもそれを表に出すことはないだろうけれど……
「実はオードリック様に相談したい事がございまして……」
周囲を気にしてか、セザール様が声を落としてそうオーリー様に持ち掛けた。
「相談?」
「ええ。ですが人前で話すことではございません。近日中で構いません。お時間を作って頂けたらと思いまして」
二人の会話をジョアンヌ様は黙って聞いていた。彼女の様子からして相談内容は夫妻に関することなのだろう。それにしても……
(私のことは丸っと無視なのね)
オーリー様がエスコートしているのだから気付かない筈もないだろうに。まぁ、私は彼らとは面識もないし、幼馴染としての気安さもあるのだろうけど、それにしてもちょっと失礼じゃないだろうか。そうは思っても顔には出さないけど。
「……そう、だね。アンジェが一緒でもいいのであれば」
「え?」
「……」
オーリー様の提案に、二人が小さく驚きの表情を浮かべた。まさか私の同席を求めるとは思わなかったのだろう。二人が何とも言いようのない表情で私を見るから、非常に気まずい。
「元気そうに見えるかもしれないけれど、今の私にはまだ毒の影響が残っているんだ」
「え? か、回復されたのでは……」
「回復はしたけれど、内臓にはどれくらい毒の影響が残っているかは医師たちにもわからないんだ。だから私は常に彼女の治癒魔術を必要としているんだ」
(ええっ? そこまでじゃない筈だけど……)
オーリー様の言うことが大げさすぎるように思った。確かに毒の影響は残っているけれど、今はそこまで気にする必要はない。十日以上離れても問題なかったのだから。
「で、ですが、何も丸一日という訳では……」
「ああ、だけど、私の身体は何をきっかけに体調を崩すかわからないんだ。毒の影響がなければ問題なかったのだろうけど……」
「そ、そうでしたか……」
戸惑う彼らと私の前で、オーリー様はそう言った。もしかして私が知らされていないだけで、何かわかったことがあるのだろうか。
「そ、それでは……彼女も……」
「そうそう、その前にまだ紹介していなかったな。新たに私の婚約者になったアンジェリク=リファール辺境伯令嬢だ」
「アンジェリク=リファールでございます。デスタン小公爵ご夫妻にお目にかかれて光栄にございます」
私には初対面で格上の相手だし、相手がどう考えているのかもわからない。とにかく失礼にならないように丁寧に挨拶をした。
「デスタン公爵家のセザールだ。こちらは妻のジョアンヌ」
「ジョアンヌ=デスタンにございます」
儀礼以外は何もない挨拶だったけれど、向こうが私を認めていないことは理解できた。何だろう、二人は幼馴染だし、色々問題のある我が家に婿入りすることに反対なのだろうか。確かに親しかったのならそう思っても仕方のない我が家なのだけど。
「近々連絡しよう」
「え? あ、はい。あの……」
「じゃぁまた。さ、アンジェ、紹介したい人がいるんだ。いいかな?」
「あ、はい」
お二人はまだ話したそうにしていたけれど、オーリー様は私の肩を抱くとさっさとその場を離れてしまった。よかったのだろうかと思う一方で、彼らと離れられてホッとした。存在を無視されるのは中々に疲れるから。
「すまなかったね」
「はい? えっと、何が……」
急に謝られたけれど、直ぐには何のことかわからなかった。
「彼らの態度だよ。私のすぐそばにアンジェがいたのに」
「あ、ああ、そう、ですね……」
確かにマナー違反だし、いくらあちらの家格が上だとしても失礼なことには変わりない。一応私も王女の孫だから、無視されるほど身分が低いわけじゃないし。
「あんな態度をとるような者じゃなかったんだけど……」
(気にかけて、くれたんだ……)
些細なことかもしれないけれど、オーリー様が不快の意を示してくれたことが嬉しかった。それくらい緊張していたのもあるかもしれないけれど。
「さ、行こうか。こっちだよ」
気分を変えるように明るくオーリー様がそう言った。
(紹介したい人って……)
相手が誰なのか想像が出来なくて、私はまた緊張に包まれるのを感じた。




