廃太子の到着
オードリック様がこの屋敷に着いたのは、それから七日後のことだった。嵐が来なかったのは幸いだろう。だけど……
「オードリック様が熱を?」
我が家に馬車が停まったと思ったら従者が飛び出してきて、オードリック様が熱を出して倒れたと訴えてきた。慌てて客間に運んで休ませることになったのだ。
「そのつもりで準備しておいてよかったわ」
お祖母様はオードリック様が乗ったと思われる馬車がそろそろ着きそうだとの連絡を受け、昨日からは医師や薬師などを屋敷に待機させていた。そのお陰でオードリック様は直ぐに診察を受けることが出来た。
「無理に長い移動をしたのが原因でしょう」
従者の話を聞いた侍医がそう答えて、誰も異議を唱えなかった。確かに長距離を移動できる体調ではなかったのだ。熱がかなり高く、意識もなかった。
侍医には少しずつ治癒魔術を掛けるように言われた。相手が魔力持ちで相性が悪い場合、逆に負担になる場合もあるからだ。治癒魔術をかけに客間に通うことになった。
ベッドで眠るオードリック様は、光の加減で青とも紫とも見える不思議な銀の髪をしていた。瞳は私と同じ金色だというけれど、まだ見ることは叶わない。スッと通った鼻筋に形のいい薄めの唇、きめの細かい肌は女性のようだ。誰もが称賛する美形なんだろうけど……
(……この人が婿、かぁ……)
こんな田舎には場違いなほどに優美で麗しくて、はっきり言って浮くだろう。辺境は戦争や魔獣の被害が多い厳しい環境のせいか、お祖父様のような屈強で筋肉隆々とした男性が人気だ。そこで育った私もそんな認識が強いせいか、目の前の麗しい姿にも心が動かなかった。いや、不安を感じるという点では動いたけれど。
治療を終えた私が客間から出ると、待っていたエリーにお祖父様が呼んでいると言われた。彼女と共に応接室に向かうと、そこにはオードリック様の従者のエドガール様がいた。
「お祖父様、何か?」
「ああ、アンか。いや、オードリック様がここにいらした理由についてな」
オードリック様が目を覚まさないので、従者のエドガール様と話をなさるらしい。確かにオードリック様はいつ話が出来るようになるかわからないから、従者の方からわかる範囲で話を聞いておくべきだろう。
エドガール様はモニエ伯爵の令息で、子供の頃からオードリック様の従者を務めているという。癖のあるカールした茶髪と暗緑色の瞳を持ち、すらりと背が高い。その割には童顔でそのギャップが印象に残る人で、穏やかな話し方に育ちの良さを感じる。
「それで、急にオードリック様がこちらにいらっしゃった事情は?」
「僭越ながら申し上げます。オードリック様を擁立しようという者たちの動きが活発になったためです」
「……そうか。ベルクール公爵か?」
お祖父様の指摘に、エドガール様は黙って頷いた。ベルクール公爵はオードリック様の婚約者だった令嬢の父親で、あの婚約破棄の件では莫大な慰謝料を王家から受け取ったとも言われている。
「令嬢はその後、幼馴染のデスタン公爵令息と結婚したのだろう? 仲睦まじくやっていると聞くが?」
「はい、ジョアンナ嬢はお幸せにお暮しです。公爵が動き出したのは……」
「妹のエリアーヌ嬢か」
「はい」
エリアーヌ様はジョアンナ様の妹で、現在十七歳になられる。来年には学園を卒業するが、未だに婚約者はいないと聞く。それでは公爵はそのエリアーヌ様をオードリック様に宛がおうと言うのか。
「公爵の狙いはオードリック様ではなく、そのお子様だと思われます。ルシアン殿下は今のところ瑕疵もなく、王子も生まれて懸念はありませんが、王としては性格的に弱くて付け入る隙があると……」
「確かにルシアン殿下はお優しい気質で、妃殿下は侯爵家。ベルクール公爵としては面白くないのだろうな」
権力志向が強いベルクール公爵はルシアン殿下の失態を虎視眈々と狙い、何かあったらオードリック様とエリアーヌ様の子を次期王にと考えているのかもしれない。確かに貴族の勢力関係からすると不可能ではないだろう。
「その件に関して、オードリック様のお考えは?」
「殿下は何も仰いません。後遺症のせいか、ご自身のお考えを仰ることが難しく……」
「……そう、か」
どうやら我が家に来たのは、ベルクール公爵から逃れるためらしい。だけど、我が家にはベルクール公爵に対抗できるほどの力はない。一体どうしろというのだろう……
「こちらが陛下からの書簡です」
エドガール様が恭しい手つきで、王家の紋が入った書簡を取り出した。