断罪劇の裏事情
その後、夜会はお開きになった。当然と言えば当然だと思う。こんな断罪劇の後で夜会を楽しもうなんて気にはなれないだろう。被害者も加害者もその関係者も、今は早く屋敷に帰って落ち着きたいだろうなと思った。私がそうだったからだ。
でも、そんな希望に反して私はその後オーリー様達と共に別室へと連れていかれた。そこにいたのは陛下ご夫妻と王太子ご夫妻、宰相閣下とアデル様だった。
(もう、帰りたいのに……)
錚々たるメンバーに、私の燃え尽きかけていた精神が瀕死だ。さっきの断罪劇だってまだ消化出来ていないのに……
「すまない、アンジェ。でも、父上がどうしてもアンジェと話がしたいと仰って」
そう言ってオーリー様が申し訳なさそうに眉を下げた。そう言われても、だったら陛下だけでいいじゃないかと思ってしまうのだけど。この場に王妃様や王太子ご夫妻は不要だと思うのは私だけだろうか……
「すまぬな、リファール辺境伯令嬢」
「い、いえ、滅相もございません」
「リファール辺境伯家のためにも、形だけでもオードリックの名誉を回復させたかったのだ。無論、それでオードリックの罪が消えたわけではない。王族としての責任を放棄し、逃げたことには変わりがないからな。だが、そのままでは対外的にも外聞が悪い故、公爵の断罪にかこつけてしまった」
なるほど、王太子に戻さないのは毒のせいもあるけれど、やはり婚約破棄したことをお許しになったわけじゃないのだ。ただ、王家と我が家の立場のために体裁を整えただけで。
でも、他国との関係や貴族社会を思えば仕方がないとも言える。どちらに対してもイメージは大事だし、それで立ち位置も変わってくるから。
「あ、あの、一つお尋ねしたい事が……」
「何だ? 答えられる範囲でなら答えよう」
「あ、ありがとうございます。あの……ベルクール公爵家の方々はどうなるのでしょう? マティアス様たちにお咎めは?」
気になったのは、この断罪に協力した彼らの今後だった。マティアス様は自身の父の罪を明らかにするために協力者を募っているのだと言っていたけれど……それに、一緒にいた女性は一体……
「マティアスとその妹は、残念ながら身分はく奪の上王都追放になるだろう。本来なら連座で極刑だが、彼らの協力があったからこそ公爵の罪を明らかに出来たからな」
「そう、ですか」
「まだ取り調べもあるから、それまでは王家で身柄を預かる予定だ。下手をすれば公爵の手の者に害される可能性もあるからな」
まさか実子に……という考えは公爵には当てはまらないだろう。それは陛下も同じお考えらしい。身分はく奪は厳しいけれど本来なら処刑だ。これまでのマティアス様やエマ様の様子からして、彼らはそれを望んでいるようにも思えた。でも……
「妹とは?」
「あの場にいたエマという娘だ。公爵の庶子らしいな」
そう言って陛下がオーリー様に視線を向け、オーリー様が目を伏せた。やはりあの場にいたのはエマ様だったのか。公爵の動揺を誘うために今日はミア様の姿をとっていたのだと陛下が仰った。
「あの……ジョアンヌ様は?」
「ああ、彼女は既に公爵家に嫁いでいるからな。それに彼女は被害者でもある。オードリックのこともあるし、罪に問う気はない。勿論話は聞かせてもらうがな」
「そうですか」
彼女まで平民に格下げの上追放となれば、婚家に居続けることは出来ない。オーリー様が人生を棒に振るほどに愛した方だ。彼女にまで累が及ばなくてよかった。
「……それから残念なことだが、そなたの父もこの一件で罰を負う身となるだろう」
「父が、ですか?」
まさかここで父の名が出るとは思わなかった。一方であの父なら……と思ったのも確かだ。頭が痛い……
「彼も公爵の手先の一人として動いていたことが判明した。これまでの態度で後継から外されたが、公爵から協力するなら取り成してやると言われていたらしくてな」
「そうですか。申し訳ございませんでした。では、我が家も……」
まさかなどとは思わなかった。やっぱり……というのが最初に浮かんだ感想だった。でも父が関わっていたとなれば我が家も無傷ではいられないだろう。
「ああ、心配はいらぬ。随分前に辺境伯からは廃嫡願いが出ていたからな」
「さ、左様ですか」
そう言えば婚約話が出た時点で廃嫡の話が出ていたっけ。そもそも辺境伯家の後継者は王家が選んだ者と婚姻するのが我が国のルールだ。二度もそれを蹴った父が後継者に選ばれる筈もない。
「公爵がルシアンらの暗殺計画を立てていたことも判明している。実行は来月予定している視察だった」
「ら、来月って……」
それはアーリンゲ侯爵が行っている治水工事の完成式典のことだろうか。確か十年近くに及ぶ大掛かりな工事がようやく終わり、式典が予定されていた。その式典に王太子ご夫妻が出席する予定で、王子をお産みになったグレース様の人気もあって話題になっていた。
「そこで事故を装ってルシアンらを害し、その責任をアーリンゲ侯爵に問うつもりだったのだ。そなたの父はその連絡役を務めていたらしい」
「……そうでしたか」
もう言葉も出てこなかった。いくら地位を回復したいと思っても、次代の王に手をかける計画に乗るなんて……どうして父はああも愚かになってしまったのだろう。陛下たちとの緊張の面談は、大きな失望を抱えて終わった。




