意味がわからない…
(は、恥ずかしかった……)
あの後オーリー様と別れて部屋に戻った私は、ぐったりしていてそのままベッドになだれ込んだ。私の意識は毒の話よりも、その前の二人きりでの会話に占められていた。
思い出しただけでも顔が赤くなりそうだった。泣いたことも大失態だったけれど、別にあんなに近くに座らなくてもよかったのに。どうしてオーリー様はあんなことを……それに……
(手が……)
オーリー様に手を握られ、撫でられ、指を絡ませられた感触が思い出されて、思わず足がバタついてしまった。いっそ転がり回りたい衝動をぐっと抑えた。泣いてしまったことも、ろくに言葉を返せなかったことも恥ずかしくて身の置き所がない。これからどんな顔をして会えばいいのだろう。気まずい、限りなく気まずい。私の心は羞恥で既に瀕死状態かもしれない。
(もう! 何なのよ)
困ったことに手の感触が何度も思い出されて頭から離れなかった。手なんて、今までも治癒魔術を使う時にはいつも触っていたのに。
(……重くて、大きかった……って、私、何考えているのよ!)
頭をブンブン振って頭の思考を放り出そうとした。自分の思考が謎過ぎて自分の頭じゃないみたいだ。
「アン、入っていいかしら?」
ドアがノックされる音がしてハッと身体を起こすと、エリーの声がした。そのことにホッとすると同時に、酷く落胆している自分がいた。落胆した理由がわからないまま、のろのろと起き上がってエリーを招き入れた。
「さ、お茶をどうぞ」
エリーはそう言うとお茶を淹れてくれた。ちょうど喉が渇いていたところだったから、彼女の気遣いが嬉しかった。カップを手に取って口を付けた。
「珍しく泣いたんですもの。水分補給は大事ですわ」
「ぶっ!」
今まさに飲み込もうとしたタイミングでのそれに、私はお茶を吹き出しそうになった。
「な、何を……?!」
「まぁ、アンったら、落ち着いて」
むせそうになって焦る私に、エリーがやけにすまし顔でそう言うのが見えた。
「エリーが変なこと言うからでしょ!」
「事実を言っただけよ。アンこそ何をそんなに焦っているのよ?」
「別に焦ってなんか……!」
そう言い返そうとしたけれど、エリーがニヤニヤしているので口を噤んだ。これは私の反応を面白がっている時の顔だ。きっと皆の前で泣いたことを言いたいのだろう。
「……ホッとしただけだし」
「泣くくらい、心配してたのね」
「別に……」
何だか意味深な笑顔でそう言われると腹立たしいのだけど、こういう時エリーに口で勝てたことがないので私はそっぽを向いて、お茶をもう一度口にした。
「いい傾向ですわ」
そう言っているのが聞こえたけど、何のことよと思ったけれど、聞き流すことにした。
(あああ! あんなところで泣くなんて、一生の不覚だったかも……!)
心の中で頭を抱えながら、今直ぐ泣くの直前に戻ってやり直したかった。そんなことにはならないとわかってはいるけど。でも、何度思い返しても恥ずかしいし、失敗したと思った。きっとエリーやジョエル、アデル様はずっと覚えていて、ことある毎に言われそうだ。それはきっとオーリー様もで……
(きっと、オーリー様も変に思われたわ……)
そう思うと絶望的な何かが胸の底から湧き上がってくるのを感じた。婚約者だけどオーリー様がお好きなのはジョアンヌ様だし……と思ったら何だか胸の奥が痛くなった気がした。胸の中のモヤモヤを吐き出すように深く息を吐いた。
「……何?」
そんな私に向かう視線を感じて、エリーに尋ねた。さっきから何だというのだろう。何か言いたそうなのに、何も言って来ないし。こういう時、無遠慮に言いすぎるくらいに言いたい事を言うエリーにしては珍しい行動だった。
「いいえ。ただ、アンも成長したのねぇと思って」
「何よ、それ。どういう意味?」
「う~ん、それは自分で考えて?」
「はぁ?」
言っている意味が分からない。いつもみたいに歯に衣着せぬ言葉でズバッと言ってくれればいいのに。
「こういうことは自分で気づかないと意味がないもの」
「何に気付いていないって言うのよ」
「あ~まだわかっていないのね。だったらやっぱり言えないわ。自分で気づいてね」
またも煙に巻く様な物言いにカチンときたけれど、エリーもこんな時は絶対に教えてくれないのは経験済みだ。モヤモヤしながらも私は心の中で悪態を付くだけに留めた。




