王都を出発?
それからは変わりない日々が続いた。隣国や魔獣も大人しいし、天気も問題ない。このまま穏やかに日が過ぎて欲しいと思っていたが、五日後に再びお祖父様に呼ばれた。
「は? オードリック様が、既にこっちに向かっている?」
お祖父様から聞いた話は、またしても予想の斜め上をぶっちぎる話だった。隣国の奇襲攻撃よりもインパクトがあるんだけど……もう乾いた笑いしか出てこなかった。お祖母様も同じらしく、目が合うと肩をすくめていた。
「あの書簡を出した日、王都を出発されていたらしい」
「何ですか、その今更な話は……」
「うちの諜報部の情報だ。家紋のない馬車がこちらに向かっているらしい。乗っている人物の様子からして、殿下とその従者の可能性が高いとのことだ」
「はぁ……」
どうやら王家は我が家を軽く見ているらしい。いきなり王子が現れたら我が家がどれほど混乱するかわかっていないだろう。それとも、お祖母様がいるから何とかなると思っているのだろうか。そりゃあ、お祖母様ならオードリック様が何をやっても何とかしそうだけど。
「王家への問い合わせは?」
「ようやく王都に着くかどうか、だろうな」
ここから王都までは馬車で十日、早馬でも七、八日かかる。となれば返事が来るのはまだまだ先の話だろう。
「それで、どうなさるのですか?」
「急に来られても困るから、受け入れる準備だけはしておくしかあるまい」
「そうね。あとで客間を準備させるわ。それとも離れの方がいいかしら?」
「こちらに来る体力があるのなら客間でもいいのではないか?」
「でも、着いた途端に寝込むかもしれませんわ」
確かに健康な者でもここへ来るのはきついだろう。特に隣の領地との境の峠は道が悪いし、簡素な宿しかないから余計に疲労が溜まる。今のところ長雨はないので崩れたりはしていないだろう。そこは幸いかもしれない。道を整備したいけど、それをする費用がないので手が付けられないのだ。
「面倒ね、それなら離れにでも放り込んでおきましょうか」
「う、うむ……」
「客間は改装中とでも言っておけばいいわ。急に来る方が問題なんだから」
お祖母様はそう言って方針を決めてしまった。お祖父さまは何か言いたげだったけれど、結局何も言わなかった。屋敷のことも王家のことも、お祖母様の管轄だと思ったのだろう。
「それにしても、婚約もまだなのにいきなり押しかけてくるなんて、どういう了見なのかしら」
お祖母様が眉を顰めながらそう言った。確かに婚姻は命じられたけれど、具体的な話はまだない。婚約式はどうするのか、王都に行かなければならないのかもわからないのに、いきなり当人がやって来るなんて。来るのはいいけど、帰るのも大変だってわかっているのだろうか。
「早ければ三日ほどで着くだろう。一応その心積もりでいてくれ」
「わかりました」
そう言われても私にやることは殆どない。屋敷のことはお祖母様の管轄だし、何だか楽しそうにしているのでそっとしておくことにした。
「とまぁ、そういう訳で近々来るそうよ」
「はぁあ?!」
「……そうですか」
部屋に戻ってエリーとジョエルに伝えると、二人はそれぞれの反応を示した。エリーの場合は呆れ九割と言った感じだろうか。
「何しに来るんだ?」
「さぁ?」
「さぁって……お前のことだろうが?」
「そう言われても、何しに来るかわからないんだから仕方ないじゃない」
「婚約前の顔合わせ、とか?」
「それこそ尚のこと、事前に連絡するものでしょう?」
「そ、そうだよな……」
さすがにジョエルもマナー違反なのは理解していたけど、本当に何しに来るのか不思議でしかなかった。もしかして療養をここで継続、って事だろうか。
でも、悪いけどここは裕福じゃないし、王都より寒いし医者も少ない。そりゃあ、私は治癒魔術を使えるけど……
「もしかして……私の治癒魔術狙い?」
「ああ?」
「確かに、アンの治癒力は高いものね」
「きっとそうなのよ。さすがにそれは思いもしなかったわ」
婚姻するならもう回復したのだろうと考えていたけれど、なるほど、私の治癒力を当てにして療養させるつもりなのかもしれないし、それなら合点がいく。さすがに理由もなく我が家に滞在させるのも外聞が悪いから、婚姻させるとの名目にしたのかもしれない。
王家としてはオードリック様を王都から追い出したいし療養も必要、そして後継者問題が燻ぶる我が家にオードリック様を使って私を後継と示せば、我が家に恩が売れる。こういうところだろうか。そんなことで我が家は恩を感じたりはしないけど、そう考えているのなら納得だ。
でも、お祖母様にその事を話すと、それはないだろうと否定的だった。王都にはいくらでも治癒師はいるし、治癒師が必要な時期はもう過ぎているだろうというのがお祖母様の考えだった。確かに治癒魔術は身体が対象で、精神的なものは治せない。
「それじゃ、一体何のために……」
結局王家が何をしたいのかは、彼が到着するまでわかりそうになかった。




