いざ、王都へ
一月後、祭りの五日前に私たちは王都へと旅立った。私はお祖母様とオーリー様の名代として、オーリー様は名と姿を変えて私の護衛ということになった。
エドガール様が最後まで反対していたけれど、オーリー様が一日も早く毒の正体を知りたいんだといえば、それ以上は何も言わなかった。きっと彼もそこは気になっていたのだろう。
「では、行って参ります」
「アン、気を付けてね」
「殿下、どうか無理はなさらず……」
「エドは心配症だなぁ」
そう言ってオーリー様―これからはルイ=デュランと名乗る―が笑った。エドガール様が心配症なのは昔からだけど、王都育ちの彼は一人残されることにも不安があるのだろう。
オーリー様は魔術で髪と目をありふれた茶色に変え、眼鏡をかけた。その上で長かった髪もバッサリ切ってしまった。勿体ないと思ったけれど、周りに長い方がいいと言われていたから伸ばしていただけで特に意味はなかったのだという。実際、ルシアン様は短いそうだ。これだけすればオーリー様と気付く人は殆どいないだろう。
「私の身代わり、よろしく頼むよ」
「か、必ずや殿下の不在は知られぬように死守します」
そこまで気負わなくてもいいのにと思うけれど、それも彼の真面目さの表れなのだろう。お祖母様は彼の頭の固さを心配していて、留守の間に固まった頭を軟らかくしなきゃね、なんて言っていた。ちょっと心配だけど、悪い方には向かないだろう。
王都へは私とオーリー様、エリーとジョエル、ルイス先生、侍女が二人と腕の立つ護衛と総勢二十人ほどになった。護衛はもう少し少なくてもいいのではないかと思ったけれど、今回は王太后様への贈り物もあるので念のためだ。余り少ないのも疑われるので仕方がない。
「オー……ルイ、外はいかがですか?」
馬車は乗り心地がいいだけでなく、頑丈さも大事だ。今回は私とオーリー様、ジョエルとエリーが同じ馬車に乗り、ルイス先生と侍女、護衛団の長の四人がもう一台に乗り、もう一台は王太后様への献上品を乗せた。王都まで十日の距離だけど、今回は少し余裕を持って十二日かけての行程にした。オーリー様の体調もあるし、名代が私だからというのもある。
「ここに向かった時とは、断然違うね」
「どんなふうに?」
「そうだなぁ。あの頃は景色を眺める余裕なんてなかったな。とにかく気分が悪くて吐きそうになるのをこらえるのに精いっぱいだった」
どうやら想像していた以上に、リファール辺境伯領への旅は厳しかったらしい。まぁ、到着したら熱を出して寝込んでしまったのだから、相当負担だったのは想像に難くないけれど。
「今は不安もあるけれど、それ以上に期待が大きいかな」
「期待が?」
「ああ。やはり毒の正体を見極めたいと思うよ。以前はどうでもいいと思っていたけれど、今は健康を取り戻したいと思う」
「それは、いい傾向ですね」
「だろう? それに、ルシアンのことも気がかりだ。あの子は優しい性格だから苦労しているだろう。一時の気の迷いのせいで、彼らには申し訳ない事をしたと思っている」
オーリー様からそんな言葉を聞くのは初めてではないだろうか。そこは体調と心が関係しているせいかもしれない。それだけ回復したとも言える。
「お祖母様に会うのも久しぶりだ。以前はよく可愛がっていただいたからね。随分心配をかけてしまった……」
そこには深い後悔が滲んでいた。そんなことを言うならやらなければよかったのに、と思うかもしれないけれど、それは後になって思えることだ。当時はそんな余裕がなかったのだろう。
「お元気なお姿を見たら、きっとお喜びになられますよ」
「だといいんだけどな」
そう言って浮かべる笑みはいつもよりもあどけなく見えた。
それからは馬車の中で色々な話をした。王都の事や王家のこと、ミア様のことなんかもあったけれど、ジョアンヌ様とその夫となったセザール様の話はさらっと出るだけであまり話題にはならなかった。オーリー様が私に気を使っているのか、それともまだわだかまりが残っているのだろうか。好きだった時間が長かったうえに、人生を棒に振ってもいいと思えるほどだったのだから、そう簡単に忘れられないのだろう。
(再会して、また好きだと思う気持ちが再燃したら、お辛くならないかしら)
私には恋焦がれる気持ちがわからない。だから想像するしか出来ないのだけど、今回の王都行きがオーリー様にとって辛いことにならないことをそっと祈った。




