エリアーヌ様の正体
マティアス様の答えに背筋が凍りそうになった。処刑されることを苦に病んで牢で自死したと伝えられているミア様だったけれど、実際には実父に謀殺されていたなんて……その事実は、公爵の正気を疑うレベルの暴挙だった。こうなるともう、狂っているのではないだろうか。
「そんな……じゃ、ミアは……」
オーリー様が呆然とそう呟いた。自分が利用したせいで殺されたと思ったからだろう。彼女のことは何とも思っていなかったとはいえ、だからと言って知らん顔できる人ではないから。
「オードリック様が気に病まれる必要はございません。あの子が弁えていたらこんなことにはならなかったのです」
「だが……」
「私たち子供の中で一番父に似ていたのは、ミアでした。あの子がオードリック様を慕っていたとは思えません。実際、あの子は私が知る限り、四人の令息と懇意でしたから」
「四人……」
「あの子の見た目に騙されがちですが、実際は酷く倫理観が薄い子でした。その一番の被害者は……この子でしょう」
そう言ってマティアス様がエリアーヌ様に視線を向けた。エリアーヌ様は目を伏せたままだけど、表情が強張っているように見えた。
「この子のことも、お話しておかなければなりませんね。エリアーヌと名乗っていますが、この子はエリアーヌではありません」
「……エリアーヌ嬢では、ない?」
「はい。エリアーヌは二年前、風邪をこじらせて亡くなりました。この子は……ミアの双子の妹です」
「……な!」
その言葉に、オーリー様だけでなく私やお祖母様も言葉が出なかった。本物のエリアーヌ様が亡くなっていただけでなく、エリアーヌ様に扮しているのがミア様の双子の妹って……じゃ、よく似ていたのは……
「エリアーヌに似せていますが、この子はエマと言ってミアの双子の妹です。今は二十二になります」
二十二歳と言われたけれど、とてもそうは見えなかった。十七歳と聞いていたけれど違和感がない。
「じゃ、ミアのように見えたのは……」
「ミアは父に日記をつけるように命じられていました。誰と会い、どんな話をしたのか、詳細に。それを読んでミアのように振舞い、オードリック様を惑わせろ。それが父のエマに出された命令でした」
なるほど……どうしてエリアーヌ様がミア様のように感じるのかが不思議だったけれど、そういうことであれば納得だ。オーリー様もようやく合点がいったらしく、そうだったのか……とつぶやいていた。
「エマはミアと違い大人しく弁えています。ですが、気が弱いので父の命令には逆らえませんし、ミアのように自分の考えを主張するのも難しいのです。連れ帰ればどうなるのか、私も想像がつきません」
「……そういうことならわかったわ。私が預かります。だけど……」
「ジゼル様、ありがとうございます。ですが、私共を信用出来ないのは当然でしょう。滞在中は軟禁して頂ければと」
「そうね。申し訳ないけれど、今の話を聞いても信用するのは難しいわ。これも計画のうちかと思ってしまうからね」
「ご尤もです。ですが私が切に望むのはこの子の身の安全です。連れて帰るよりもこの地で軟禁される方がずっと安心です」
僅かに表情を緩めたマティアス様は、エマ様を本当に案じていた。既に二人の妹を亡くしているだけに、エマ様だけは守りたいのだろう。
「私には父ほどの力がありませんが、父を断罪するための協力者を集めています」
「じゃ、ミシュレ領にいたのは……」
「父に命じられてワインの買い付けに行ったのは本当です。もっともそれを利用して彼らに協力を仰ぎに行ったのも事実ですが。彼らも私の協力者、いえ、共闘仲間といった方がいいでしょうか」
「ミシュレ家はアーリンゲ侯爵家の分家だから、ルシアン支持だものね」
「はい。ミシュレ子爵の令息は、アーリンゲ侯爵家との連絡役を務めて貰っています」
ルシアン様の命を狙っているならアーリンゲ侯爵家は看過出来ないし、マティアス様は父のルシアン様排除を阻止したい。そうなれば確かに両者の最終的な目的は同じとも言える。
「昔から父は強引で独善的でしたが……最近はもう狂い始めているのではないかと、そんな風に感じるのです。あまりにも見境がないというか、周囲との軋轢を全く気にもしないので……」
「確かに以前はもう少し分別は持っていたわね。我が子を顧みない点は異常だわ。それを思うとジョアンナ嬢はよく無事だったわね」
「直ぐにセザール卿が求婚してくれたためです。デスタン公爵家も名家ですし、修道院に行かせるよりは、と思ったのでしょう」
「そうだったのか……」
「オードリック様、的外れかもしれませんが……殿下は妹とセザール卿のこと、ご存じだったのではありませんか?」
「……」
その問いかけにオーリー様は何も答えなかったけれど、マティアス様には是と伝わったように見えた。妹の様子を実兄が気付かない訳もないだろう。
「……オードリック様の御厚情に感謝します。お陰であの子は無事父の手を離れ、今は幸せにやっていますから」
「……そうか」
マティアス様が再度深々と頭を下げ、オーリー様は噛みしめるようにそう答えた。未だにジョアンナ様のことが忘れられないのだろう。その想いを、そのために払った代償をジョアンナ様がご存じないまま幸せに暮らしているのは、何だか不公平な気がした。オーリー様が望んだとはいえ、両者の現状はあまりにも差があり過ぎるからだ。
「私は、明日にでも王都に戻ります」
「そう。だったら今夜はここに泊ってお行きなさい。聞きたいこともあるし」
お祖母様の申し出に、マティアス様が目を見開いた。
「……ご厚情、感謝いたします」
「今回の件、高くつくわよ。その礼は必ずして貰いますからね」
「お手柔らかにお願い致します」
どうやらお祖母様にも考えがあるらしい。我が家にとってもベルクール公爵は敵になり得る厄介な相手だし、お祖母様の性格からしてこちらもマティアス様を利用してやろうと考えているのだろう。お祖母様に借りを作ると、そのお返しは高くつくのだ。




