公爵の目的
ミア様がベルクール公爵の庶子なら、確かにベルクール公爵家の娘としてオードリック様に嫁ぐことも可能だっただろう。ミア様が野心家なら異母姉よりも自分が……と思ってもおかしくない。そして最近似たようなことがあったな、と思って気分が一層沈んだ。
「父にとってはジョアンナでもミアでもどちらでもよかったのです。ミアは野心家だけど根は単純だったので、ジョアンナよりも御しやすいと考えていたかもしれません。ジョアンナは潔癖で、父とは相いれませんでしたから」
「そうだな。ジョアンナは……本当にあの公爵の子かと言われていたくらいだからな」
「ええ。あの子は王太子妃になったら、きっと父を遠ざけたでしょうね」
ジョアンナ様とは直接お会いしたことはなかったけれど、清廉な才女の彼女が王妃になれば国はいい方向に向かうだろうと言われていた。それだけに、オーリー様との婚約破棄は国民に大きな失望を与えたし、その後王太子になったルシアン様たちは苦労していると言われている。
「父の野心には終わりがありません。彼の目標は自身の血を引く者が王位に就き、その者を傀儡として自分が国を支配することです」
「……公爵ならやりかねないわね」
「ジゼル様の仰る通りです。ですが今、父には有効な手札がありません」
「そうね。王太子はルシアンに代わったし、妻の実家のアーリンゲ侯爵家はベルクール公爵家との繋がりがない。王太子妃のグレース妃の母君は隣国の王族だから下手に手は出せないし……」
「はい。それにグレース様は王子をお産みになりました。父はエリアーヌを側妃にする気でしたが、男児が生まれてしまえばそれも難しい……」
「そうね。王太子夫妻はまだ若いし仲もいいわ。側妃は現時点ではデメリットしかないわね」
結婚二年目で子が出来たなら側妃など必要ないだろう。側妃の存在が夫婦仲をギクシャクさせては本末転倒だし、側妃の子は将来後継者争いに発展する可能性もある。
「で、ルシアンは手が出せないから、オードリックにと?」
「はい。父は……エリアーヌにオードリック様との子を産ませ、その子を王位にと考えています」
「なるほどね。子さえ生まれれば、その子が成人するまでにルシアンたちを排除して……と?」
「恐らくは……」
確かにそうすれば二十年近くの猶予が出来て、その間にルシアン様を追いやることは可能かもしれない。手段を択ばない公爵のことだから、今もそのための準備をしているのだろう。
「そのためにエリアーヌ嬢が同行したという訳ね」
お祖母様がエリアーヌ様に視線を向けると、エリアーヌ様が申し訳なさそうに頭を垂れた。
「はい。ですが、私はそのつもりはございません」
「そうなの? それにしては随分オードリックに付き纏っていたけれど」
「それは……申し訳ございません」
「その件は私からも謝罪いたします。オードリック様の回復の具合などを確かめたかったもので……私としても魅了の後遺症が続いているのならご協力頂くのは難しいと考えておりましたから」
「……なるほどね」
マティアス様も自分の動きが公爵に知れれば命はなく、慎重に見極めたかったのだと言った。自分が死ねば妻子がどうなるかわからないし、父を止めることが一層難しくなるだろうからと。
「しかし、マティアス殿は私に何を望むのだ? 私に出来ることなど殆どないと思うが?」
暫くの沈黙の後、オーリー様が静かにそう尋ねた。確かにオーリー様は立場的にも体調の面でも今は無力とも言える。何かをしようにもそれをする体力すらないのだ。
「……私がここに来たのは父の命令です。オードリック様の様子を確かめ、あわよくばエリアーヌと関係を持たせろと」
「そうか」
「私は父に、オードリック様は魅了の後遺症でとても子が出来る状態ではないと報告するつもりでした。そうすれば少しは時間稼ぎになるでしょうから」
「……それは……」
「はい。私が来る直前に、こちらのご子息がオードリック様に接触したと伺いました」
困ったような笑みを浮かべたマティアス様に、私の方が申し訳ない気持ちになった。そう、父たちがオーリー様に接触してしまったから、オーリー様が寝込んでいると言うことも出来なくなったのだ。
「ジェイド卿のことです。尋ねれば簡単に話してしまわれるでしょう」
「……我が息子ながら、否定出来ないのが残念だわ」
お祖母様がため息をつきながらそう言った。父は王宮の文官で、上司の中は公爵の関係者もいるだろう。上司に聞かれたら何も考えずに喋りそうだ。いや、喋るだろう。廃嫡されたとはいえ王子の義父になると舞い上がっているだろうし、邪険にされても自慢したくてうずうずしていそうだ。どうして優秀な祖父母からあんな父が出来上がったのか、本当に不思議でならない。
「嘘を付くことも出来ないので、オードリック様は回復しつつあると答えるしかありません」
「そうね」
「そうなれば、私はエリアーヌを残して戻らねばなりません」
「それは、公爵の指示?」
「はい。出来ればこの子を預かって頂きたいのです。連れ帰れば父の怒りに触れて、どんな扱いを受けるかわかりませんから」
その姿はただ妹を案じる兄の姿だったが、そこには痛ましさが滲んでいるように見えた。
「どんな扱いをって……まさかミア様の死は……」
「証拠はありませんが、恐らくは……」
この場にいる全員が息を呑んだ。




