協力を乞い、乞われる
「それでは五日後に迎えの馬車を寄こします」
「は、はい。あ、ありがとうございます」
「身の回りのものだけお持ち下さい。足りない物はこちらでご用意いたしますので」
「は、はい」
結局、ソフィアさんの執り成しもあって、ブノワ殿は私の申し出を受けて下さった。この家で一人で留守番すると主張するソフィアさんに対し、それこそ心配だとブノワ殿が過保護っぷりを炸裂させて一時は喧嘩になる勢いだったけれど、結局二人で来てもらうことで決着がついた。お互い準備もあるので五日後に迎えを寄こすと伝えて、私たちは二日かけて屋敷へと戻った。
「ブノワ殿の協力を得ることが出来ました」
「そうですか。ありがとうございます」
数日ぶりに会ったオーリー様は体調も顔色も相変わらずだった。あの薬を今も飲み続けているけれど、急激に悪化する様子がないのは救いだった。帰って直ぐに治癒魔術をかけたら、身体が軽くなったと言われたので、やはり薬の影響は続いているらしい。でも、ブノワ殿が来てくれたら改善も望める。あと少しの辛抱だろう。
「そうそう、マティアス様がマリエル様の屋敷に滞在していました」
「え? マティアス殿が?」
「はい。マリエル様の話では、ワインを直接買い付けに来たのだと。ベルクール公爵がミシュレ産のワインを好んでいるそうです」
「そうか……だが、わざわざ嫡男が顔を出す必要はないだろうに」
「ええ。私もそう思います」
相手は子爵家なのだから、使者を立てればいい話だ。わざわざ嫡男が行く必要はないだろう。
「そう言えば、マティアス様やエリアーヌ様は?」
「ああ、アンジェがいない間はマティアス殿は顔を出さなかったよ。ミシュレ領に行っていたせいだったんだね」
「では、エリアーヌ様は?」
「彼女もあの後は部屋に押しかけてくることもなくてね。一応先触れの後二度、大叔母上も一緒にお茶を飲んだくらいかな。二日前にはマティアス殿が迎えに来て、街の屋敷に戻ったよ」
「ええっ?」
「意外に思うだろう? だけど本当なんだ」
全く予想外だった。マティアス様はミシュレ領にいたからその間こちらに来なかったのはわかる。でも、先に戻ったからてっきり私のいない間に顔を出して、また嫌味をオーリー様にぶつけているんだろうと思っていた。それなのにエリアーヌ様を連れて屋敷に戻っていたなんて……
「マティアス殿の態度も……何というか、今までのような答えに窮するような発言もなくてね。あまりにも態度が変わっていて驚いたよ」
「態度が?」
「うん。今までの無礼な振る舞いを謝罪して、アンジェが戻ったら再度謝罪に伺いたいと、そう言っていたんだ」
「謝罪……」
彼の口からそんな言葉が出るなんて、どういう心境の変化なのだろう……そう言えばマリエル様の屋敷での態度も何だかおかしかった気がする。あの好青年ぶりは絶対に演技だと思うけれど、急に態度を変えた理由が気になった。何か企んでいるのだろうか。こうなると不安しかない。
「何があったのかわからないけれど、少なくとも敵対されるよりはマシだろう。もっとも、こちらを油断させて何か謀ろうとしている可能性もあるけどね」
「その可能性が高いと思ってしまいますわ」
これまでの態度もあって、安堵するどころか疑念と警戒心が高まるばかりだ。オーリー様の病状が改善する可能性が見えてきたところなのだ。これ以上面倒事は勘弁して欲しかった。
マティアス様とエリアーヌ様が我が家を訪れたいとの打診があったのは、その翌日だった。オーリー様の話から彼らが来ることは予想していたけれど、いざ来るとなると不安が胸に広がった。謝罪なんて言っているけれど、何を言い出すかわかったものじゃない。
現れたマティアス様とエリアーヌ様は、今日はいつもと違って落ち着いた衣装だった。エリアーヌ様は露出も少なく、その美貌からすると地味ですらある。これまでとの差に思わず身構えたくなった。
「これはアンジェリク嬢。無事にお戻りになったのですね」
「お気遣いありがとうございます」
差しさわりのない会話だけれど、以前なら嫌味とも言えない微妙な一言が添えられていただろうに、それがないのが意外だった。本当に態度が違う。何か悪い物でも食べたのだろうか……
二人が面会にと望んだのは私とオーリー様だけではなく、祖父母もだった。お祖父様は外せない用事があったため、この場にいるのはお祖母様だけだった。お茶が配り終わって侍女が下がると、マティアス様はオーリー様に防音の結界を望まれた。
「それで、一体何のお話かしら?」
口火を切ったのはお祖母様だった。彼らへの印象はお世辞にもいいとは言い難いだけに、声には冷ややかさが含まれていた。
「お集まりいただいてありがとうございます。まずはこれまでの数々の無礼への謝罪を」
「そう」
「オードリック様始めリファール辺境伯家の皆様への常識を逸した無礼の数々を謝罪いたします。申し訳ございませんでした」
マティアス様がそう言って深々と頭を下げると、エリアーヌ様もそれに続いた。これまでの驕慢な態度が嘘のようだ。
「……謝罪を受け入れるかは、この後の話に寄るわね」
「……お手厳しくていらっしゃいますね。ですが、そう思われるのもごもっともです」
お祖母様の指摘に、マティアス様は困ったように笑みを浮かべた。実際、お祖母様は甘くないし、敵対する者には容赦しない。
「それで?」
「はっ。私がここに参りましたのは、オードリック様への恭順を示すためでございます。ベルクール公爵の罪を明らかにして罪を償わせるため、ご協力をお願い申し上げます」
そう言うとマティアス様はオーリー様の前に跪いて胸に手を当てると恭しく頭を下げ、エリアーヌ様がそれに続いた。




