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廃嫡された元王太子との婚姻を命じられました  作者: 灰銀猫


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意外な滞在者

「ああ、そのことね。それならあそこの嫡男がお父様と手紙をやりとりしているわ」

「嫡男って……マティアス様が?」


 あっさりとマリエル様が応えてくれたけれど……聞いた私がこんなことを言うのも何だけど、話してしまっていいのだろうか。


「ええ。ちなみにその嫡男様、今うちに滞在しているわよ」

「…………は?」

「父君のベルクール公爵がうちのワインを気に入って下さっているとかで、直接買い付けに」

「う、嘘……」


 まさかこんなところで鉢合わせするなんて。


「じゃ……私がここにいることは……」

「誰もこちらから言ったりはしないでしょうけど、聞かれれば答えるでしょうね」

「……」

「あら、アンジェと接点なんてあったかしら?」


 不思議そうにそう答えるマリエル様に、私は彼とエリアーヌ様のことを話した。勿論、話せる範囲でだ。


「それは……間が悪かったとしか言いようがないわね」

「ええ。まさか政敵の分家を訪ねてくるなんて思わないわよ……」


 そりゃあ、ワインが目的だと言われればそれまでだけど。それにしてもいくら何でも迂闊ではないだろうか。それとも、本当にワインが目的なのか……


(まさか……ミシュレ子爵家の取り込みを?)


 ベルクール公爵は野心家で、無理難題を吹っ掛けて相手を従えているのは有名な話だ。だからどこの家も彼の家を恐れ、目を付けられないようにしている。となれば、ミシュレ子爵家も何か脅されているのだろうか……まさかワインが傷んでいたとか毒が入っていたと難癖をつけて、分家を裏切らせて本家を崩そうとしているのか……


「でも、マティアス様は礼儀正しくて腰が低い方よ。侯爵家の跡取りなのに子爵のお父様にも丁寧に頭を下げていたし」

「ええっ? あのマティアス様が?」


 俄かには信じられなかった。屋敷では居丈高で人を見下したような態度を隠しきれていなかったからだ。マリエル様ははっきりモノを言うタイプだから、彼みたいなタイプは嫌いだろうと思ったけれど、彼女の中では好印象だったとは……


「……別人じゃない?」

「まさか。公爵家の紋の付いた馬車で来ているし、従者も若様と呼んでいたわよ」

「そう……」


 どうやら本人で間違いないらしい。それでも本当だろうかとの懸念は、翌日あっさりと吹き飛んだ。


「やぁ、アンジェリク嬢じゃないか」

「……っ!」


 マリエル様と庭でお茶を頂いていた私に声をかけたのは、マティアス様だった。期せずして知り合いに会えたのが嬉しいと言わんばかりの笑顔が胡散臭くて、思わず悲鳴が出そうになった。何とかそれは押し殺したけれど、ニコニコとさわやかな笑顔で近づいてくるのが不気味だ。


「奇遇ですね。あなたもワインの買い付けに?」

「い、いえ……私は友人に会いに……」

「そうでしたか。ああ、そう言えば子爵のご令嬢はアンジェリク嬢と同じ年でしたね」

「ええ。学園で一緒だったので……」

「そうでしたか」


 ニコニコニコ……と人懐っこそうな笑顔に、何を企んでいるのかと警戒心と不安が湧き上がった。


「あ、あの……粗茶ですが、ご一緒にいかがですか?」


 表面上は非常に友好的な私たちに、マリエルが遠慮がちにマティアス様に同席を勧めてきた。


「いいのですか? ご友人との貴重なお時間をお邪魔しても?」

「ええ、勿論です。父のお客様は私のお客様でもあります。そうそう、先日頂いたファール産の美味しいお茶がございますの」

「ほぉ、ファール産ですか」

「ご令息様は飲み慣れているかもしれませんが……」

「いえいえ。我が家とて常に高級品ばかり飲んでいるわけではありません。ファール産のお茶ですか。それは楽しみだ」


(マリエル様! 止めて―――!)

 

 私の心の声は残念ながらマリエル様には届かなかった。


 あっという間にマティアス様の席が設けられた。マティアス様はマリエル様の前では礼儀正しい好青年を演じていて、我が家でのあの鼻持ちならない態度は欠片も見せなかった。そこは大したものだと思う一方で、これが彼の本質で、相手によって如何様にも態度を変えられるのだと思い知らされた。さすがはあのベルクール公爵家の跡取りと言うべきだろうか。


「ちょっと失礼しますね」


 侍女がやって来てマリエル様に耳打ちすると、そう言って彼女が席を外した。二人きりになって、益々気まずい空気が広がった。お茶を口にしながらこの間をどう切り抜けようかと考えていると、不意に視線を感じた。視線の主がマティアス様なのは間違いないけれど、ここでそちらに向けば目が合うのは確実だ。だけど、ずっと無視するには相手の身分が高すぎる……


「あの……何か……」


 耐え切れずに意を決してそう問いかけながら彼の方を向くと、ばっちりと視線が合ってしまった。


(……っ!)


 無視し続ければよかった、と思ったけれど後の祭りだ。きっと私のことをニヤニヤした馬鹿にした笑みで見下ろしているのだろうと思っていたのに、目の前にいたのはふざけたところなど微塵も感じさせない、別人のような真剣な表情をしたマティアス様だった。





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