解毒の手掛かり
翌日、朝早くにお祖母様の部屋に呼ばれたので向かうと、そこにはオーリー様とエドガール様、そしてルイス先生がいらっしゃった。ルイス先生は昨日、オーリー様の薬に同封されていた手紙を持って帰ったから、何かわかったことがあるのだろうか。
「お祖母様、どうなさったのですか?」
「ルイスが昨日の手紙に隠されたメッセージを見つけたのよ」
「隠された……メッセージ?」
先生の話では、王宮では守秘義務などもあり、そんな時は特殊なインクを使って情報をやり取りしていたのだという。ランドン卿は先生が直接指導した一人だったこと、オーリー様がこの地に婿入りすると聞いたことで、前回の薬と共に届いた手紙の裏にメッセージが隠されていたのだという。
「それで、一体何と?」
「彼はブノワと言うものを訪ねろと。彼が対処方法を知っていると書いてきておる」
「ブノワ殿、ですか?」
「……わしが指導した一人じゃ。偏屈というか、少々変わったところがあるが、研究熱心な奴だったのじゃが……」
「何かあったのですか?」
「あまりにも研究熱心過ぎたんじゃろう。毒薬を作って売り捌いていると噂が立ってな……」
「噂、だけですか?」
「いや、彼が毒を売ったという者が現れて、彼は職務違反に問われて追放されてしまったんだ」
誰かに陥れられたのだろうと先生は言った。彼は病弱な娘のために研究を重ねる一方、他のことには無頓着で興味を示さなかったからだ。そんな彼は田舎に引きこもって隠者のように暮らしているらしい。
「ブノワならこの二つの解毒方法も知っているらしい」
「そうですか。で、その方は今どちらに?」
「ミシュレの端の方、ルドゥーという村に住んでいるらしい」
「ルドゥーですか。ここからだと……馬で二日の場所ですわね」
ミシュレ領なら何度も尋ねた事があるけれど、ルドゥーはマリエル様の屋敷に向かう通り道にあった領境の村だ。
「ああ? アン、お前まさか……」
「行くしかないでしょう? こうしている間にもオーリー様の体調は悪化しているのよ?」
「ア、アンジェ! 何もわざわざあなたが行かなくても!」
オーリー様が慌ててそう言ったけれど、何もオーリー様のためだけではない。
「ちょうどミシュレ子爵家のマリエル様にもお会いしたいと思っていたんです。彼女とは学園時代の友人ですし」
「友人?」
「はい。マティアス様が手紙をやりとりしているみたいですから気になって。何か知っているかもしれないので、話を聞いてこようかと。こういうことは手紙でやり取りするのは危険ですし」
「しかし!」
「乗馬は好きなので全然大丈夫です。従軍に比べたら大したことありませんから」
そう、これまでも何度かお祖父様に同行して前線に出たことがある。それに比べたら国内を馬で掛けるなんて遊びに行くようなものだ。これまでに何度もマリエル様のお屋敷を訪ねているから勝手もわかっているし。
「はぁ……言い出したら聞かねーからな、アンは」
「そうね。でも、ジョエルとエリーがいれば問題ないでしょう」
「奥様……」
そう言われて悪い気はしなかったジョエルだけど、それでもあっさり許可を出したお祖母様に思うところがあったらしい。そんなジョエルにお祖母様が頼んだわねと笑みを向けると、小さくため息をついて畏まりましたと答えた。
「アンジェ、いくら何でも馬でなんて……」
「時間が勿体ないですし、少人数で移動した方が早いし楽ですから」
「しかし……」
「オードリック、アンは言い出したら聞かないし、何か思うところがあるのでしょう。護衛は付けるから心配ないわ」
「……そう、ですか」
まだ納得し難いオーリー様だったけれど、こうしている間にもオーリー様の身体は蝕まれていくし、マティアス様たちの計画も進んでいる筈だ。マティアス様が何を狙っているのかわからないけれど、ミシュレ子爵家が巻き込まれるかもしれないと思うと看過出来ない。ミシュレ子爵家はアーリンゲ侯爵家の分家で、ベルクール公爵家とは敵対しているとも言える関係なのに、マティアス様が絡んでいるというのが気になるのだ。ミシュレ家の誰かが通じて……となればマリエル様に無関係ではないだろう。
「では、わしからブノワ宛に手紙を書いておこう。それを持って行けば話くらいは聞いてくれるはずだ」
「ありがとうございます、先生」
先生の手紙があれば話も早いだろう。それに隠遁しているのならうちに来てくれないだろうか。うちはいつでも人手が足りないし、ルイス先生もいいお年だ。どうせならここでルイス先生の手伝いをしてくれたら……と思った。




