毒の正体
マティアス様とエリアーヌ様の目的はわからず仕舞いだった。オーリー様は政略的に利用価値がなく、世間からは表舞台に戻る可能性はないといわれている。そんな彼に彼らが興味を持つ意味が分からない。
「突き放したエリアーヌ嬢がどう出るかだね」
突き放されたと感じて焦って動き出せば何かわかるかもしれない。私はエリアーヌ様の監視役に一層注意を払うように伝えると、ミシュレ子爵家のマリエル様に手紙を書いた。彼女は学園で出来た数少ない友人の一人で今でも手紙のやりとりを続けている。ベルクール公爵のアーリンゲ侯爵家への態度に憤っていたから、何か教えてくれるかもしれない。
薬師のルイス先生と医師のドイル先生がオーリー様の診察に訪れたのは翌日だった。二人は祖父母の友人でもあり、私も子供の頃からお世話になっていて、第二第三のお祖父様という感じだった。
「おお、アン様や。またお美しくなられましたな」
目を細めてそう声を掛けてくれたのは、薬師のルイス先生だった。髪がなく爪も浅黒くなっているのは薬の影響だという。姿は異質だけどいつも笑顔で優しいお爺ちゃんと言った印象だ。八年前までは王宮で働いていたけれど、引退後はお祖父様を頼ってここに移ってきた。
もう一人のドイル先生はルイス先生とは正反対の印象で、白髪と灰色の瞳を持つ生真面目そうな方だ。元々お祖母様の王宮での主治医の弟子だったが、上司らの派閥争いに巻き込まれて冤罪を着せられそうになっているところにお祖母様が声をかけ、輿入れの時に一緒に連れてきたという。知識欲が旺盛で、若い頃はお祖母様の支援で隣国に留学していたこともある。お二人とも腕は確かで、今や我が辺境伯領になくてはならない存在だった。
「オーリー様? 今よろしいでしょうか?」
「アンジェ? どうかしましたか?」
オーリー様の部屋を訪ねると、彼はソファに座って読書をしていた。私に気付くと本を閉じた。
「我が家の医師たちが来てくれたので、診察をと思いまして」
「ああ。そう言えば……」
オーリー様が診察を受ける間に、これまでの経緯を見てきたエドガール様への質問も行われた。最後に今飲んでいる薬も調べたいと言って持って帰られた。
それから三日後、再び先生たちがやってきた。お祖母様とエドガール様、エリーとジョエルがオーリー様の部屋に集まった。話が外に漏れないようにオーリー様が結界を張ると、ルイス先生が話し始めた。
「殿下が最初に飲んだ毒が銀の涙の可能性は高そうですが、お話だけでは何とも……似た症状を持つ毒は他にもございます。その後に盛られた毒も同じです」
「そうか」
「ただ、今の症状はおそらく飲んでいる薬の影響でしょう」
オーリー様が飲んでいた薬は、カフの葉とリギルの実を混ぜたものだとルイス先生は言った。カフの葉には痺れが、リギルの実は食欲を失わせ内臓の機能を落とす効果がある。
「ま、待ってください! だったら私は、ずっと殿下に……」
「エドのせいではないよ」
声を上げたのはエドガール様で、その表情には戸惑いと不安の色が濃く現れていた。彼は真面目な性格だから自分が主の健康を害していたことにショックを受けているのだろう。そんな彼をオーリー様が慰めていた。
「魅了というものを私は存じませぬ。どのような治療方針だったのかもわかり兼ねますが、あの二つを同時に摂取するなど、これまで聞いたことがありません」
長らく王宮薬師だった先生がそう言うのなら間違いないのだろう。
「それでは、あの薬を止めれば、今の症状は改善するだろうか?」
「それも断定致しかねます。場合によっては薬を止めた途端に悪影響が出る可能性もございますから」
「そんな……では一体どうしろと……」
「二つ同時にというのは思う以上に厄介なのです。相乗効果でどんな効果が表れるかわからないからです。今お調べしておりますが、直ぐに答えが見つかるとは言い切れません」
どうやら薬を止めればいいという単純なことではないらしい。
「先生、この場合、治癒魔術は役に立ちませんか?」
「治癒魔術で症状を軽くすることは出来るでしょう。ですが治癒魔術は万能ではありません。毒をなかった事には出来ませんしな」
「そうですか」
確かに治癒魔術は万能ではない。怪我などには効果があるけれど、病人には効果が薄いし、加齢での衰えには意味がない。
「ところで、このお薬はどうやって?」
ルイス先生が尋ねたのは、オーリー様がいつも飲んでいる薬についてだった。
「ああ。それは定期的に王都から届けられるのです」
「王都から、ですか。その薬についている手紙など、ありましたら見せて頂けませんか?」
「手紙を?」
「はい。薬に関する物だけで構いません。もしかしたら、何らかの手がかりがと思いまして」
「そう、か。そうだな。エド、持って来てくれ」
「はっ。直ぐにお持ちします」
オーリー様の問いかけを受けて、エドガール様が直ぐに部屋を出て行った。暫くするとエドガール様が手紙の束を手に戻ってきた。几帳面に順番に束ねられていた。
「殿下、この手紙、暫くお預かりしても?」
「そ、それは……」
「よい、エド。ルイス殿、好きなだけ検めてくれ。よろしく頼む」
「畏まりました」
手紙に何か気になることでもあるのだろうか。疑問に思ったけれど、何も言わないということは今話せることはないのだろう。また後日お伺いすると言って先生たちは帰っていかれた。




