毒を盛った者
その後もエリアーヌ様は私を責める発言をしたけれど、それもやんわりとオーリー様に窘められた。エリアーヌ様がここに滞在しているのはリファール家の好意であり、我が家にそんな義務はない、そのような態度をとるのなら王都に戻られた方がいいと言われたのだ。実際、オーリー様の見舞いと称しての訪問だったのだから、我が家に滞在する理由はないし、我が家も受け入れる理由がない。そこまで言われるとエリアーヌ様も引き下がらざるを得ず、渋々ながらも従うしかなかった。それでも去り際にはオーリー様に見えないよう悔しそうな表情を私に向けて来たから、納得も表面上のことだろう。
「すまない、アンジェ」
「いえ、オーリー様にもお考えがあってのことでしょう?」
「彼女が、というよりもベルクール公爵が何を企んでいるのか気になるんだ。私だけならいいけど、リファール辺境伯家に影響が出るなら看過出来ないから」
オーリー様も彼らの目的を探っているけれど、今のところこれといった何かは掴めていないと言った。
「オーリー様……あの、質問しても?」
「聞き辛いことなら、結界を張ろうか?」
「そう、ですね。出来れば」
そうお願いするとオーリー様が一瞬で結界を張った。
「凄いですね……無詠唱だなんて……」
無詠唱で結界を張るなんて私には絶対に無理だ。無詠唱は王宮魔術師でも出来る者は限られていると聞く。それをやってのけるなんて……
「防音や防御は日常的に使っていたからね。慣れだと思うよ」
そう言って穏やかに笑みを浮かべたけれど、それは常に危険と隣り合わせの生活だったことだ。それでも誰もが出来るようになるわけではない。その実力は本物なのだ。彼が国境に結界を張ってくれれば、それはどれほどこの地に安全をもたらすか。その能力はやはり手放し難いと思う。
「それで、何かな? 私が答えられることなら何でも答えるよ」
「何でもって……」
「それが私なりの誠意だからかな。こんな事故物件を押し付けられたアンジェには申し訳ないと思っている。だから私が知ることや答えられること、出来ることは可能な限り応えたいんだ」
「あ、ありがとうございます」
それは彼なりの謝罪の気持ちであり贖罪なのだろう。やったことは最低だけど、根は悪い人ではないのだ。王になるには繊細過ぎたのかもしれない。
「……二度目の毒を盛った者の、心当たりはあるのですか?」
私がそう尋ねると、オーリー様の表情が渋いものに変わった。後ろではエドガール様も表情が固くなっている。
「……正直言って、わからないんだ。陛下に尋ねても返事がないし、エドたちも手を尽くしてはくれたけれど、残念ながら……」
「そうですか」
それは予想していた答えだった。幽閉された王子に出来ることなど限られている。しかも最初の一年は寝たきりだったのだ。
「疑わしい者はいくらでもいる。だけど、それは私の想像の範囲だ。証拠はない」
それは言外に口に出来ないと。でも、確かにその判断は正しいだろう。今でも王子の立場にある以上、憶測を口にするのは憚られる。
「その筆頭はベルクール公爵家なのですね」
「……」
「後は同じく魅了された令息たちの実家、または婚約者だった方とその実家も、でしょうか?」
「……」
オーリー様は言葉に出しては何も言わなかったけれど、表情が固まったということは図星か的外れではないのだろう。
「ご心配なく。私も無暗に口にはしませんから。それに、今私が言ったことは多分祖父母も考えているでしょう」
今はエリアーヌ様が我が家に滞在しているのだ。彼女の目的が何かは知らないけれど、その兄のマティアス様の態度からも好意的ではないのは間違いない。それにしてはあからさまに人を見下した態度が残念だ。あれでは警戒してくれと言っているようなものだ。お祖父様の話では、彼は元から驕慢で居丈高な性格だと評判が悪いとか。あれでも必死に隠しているのだろうと言っていた。
「エリアーヌ様には我が家の影を付けています」
「だろうね」
「彼女が朝晩の二度、マティアス様宛に手紙を送っています。そしてそのマティアス様は、人目を憚りながらも頻繁に手紙を送っています」
「手紙を? 一体誰に?」
「アーリンゲ侯爵家の分家のミシュレ家ですわ」
「ミシュレ家というと……」
「優良なワインの産地で有名ですわ。ですが、ベルクール公爵家とは特に接点はありませんわね」
「確かに……」
アーリンゲ侯爵家はルシアン様の妻でもあるグレース様の実家で、ベルクール公爵家とは敵対関係にある。そのアーリンゲ侯爵家にベルクール公爵家の嫡男が手紙を送る理由がわからない。
「ベルクール公爵はミシュレ産のワインを特に好むとは聞いたが……」
「だからと言ってマティアス様が頻繁に手紙を送る理由になりませんわ」
「確かに」
そう、マティアス様の目的がさっぱりわからない。目的はオーリー様かと思ったけれど……我が家に来たあの日から、彼がオーリー様に興味を持っているように感じなかったのだ。




