話し合いの後
「全く! 王家は何を考えているのかしら!」
オーリー様が部屋に戻られた後、声を荒げたのはエリーだった。最後まで黙って話を聞いていたけれど、確実に怒りを溜めていたらしい。普段は感情をあまり出さない彼女が、珍しく怒りをあらわにしていた。
「廃嫡された王子をアンに押し付けるだけでも許し難いのに! その上で不能ですって?! 跡取り娘に種無し男を宛がった上で、他の男との子を産んでもいいって、何その上から目線! 不良物件を押し付けてきた側が言うことじゃないわ! ふざけるなぁ!!!」
今にも壁に穴をあけそうな勢いのエリーの怒号に、慌てて結界魔術を張った。こんな暴言を誰かに聞かれたら大変なことになる。音を防ぐくらいの結界魔術は難しくはないけれど、オーリー様に比べるとやっぱり遅いし洗練されていないなと思った。
「エリー、不敬だぞ! 落ち着けって!」
「何言ってるのよ、ジョエル! あんた、あの不能の肩を持つ気?!」
「そ、そんなわけねぇよ」
いっそ潔いほどの怒りっぷりのエリーも意外だけど、彼女を止めようとしたジョエルも意外だった。いつもと立場が逆だったからだ。
「アンもアンよ。どうして何も言い返さなかったの? 人を馬鹿にするにもほどがあるわ! いくら王族だからって何しても許されると思うなぁ!」」
拳を振り上げて怒りを発散するエリーに、何だか嬉しくなって思わず笑みが浮かんだ。私のことでこんなに怒ってくれる人がいるのはなんて幸せなんだろう。そう思っていると、エリーが釣り上げた目を私に向けてきた。
「アン、何笑っているのよ?!」
「何って……エリーが私のために本気で怒ってくれたから、嬉しくて」
「な!」
そう言って彼女にもう一度笑みを向けると、エリーが真っ赤になって固まった。まさかそんな風に言われるとは思わなかったのだろう。
「ありがとう、エリー。お陰で冷静になれたわ」
そう、あまりにも想定外の話が続いたせいか、私はすっかり混乱して思考が停止してしまっていた。特に最後の方は。
「……はぁ、アンって変なところで人がいいわよね」
エリーも冷静になったのだろう。まだ燃え盛る怒りを鎮めるかのように、ゆっくりと大きなため息をついた。
「それにしても、やっぱりやり方が汚いわよ。今になって不能だと言うなんて。そういうことは最初に言うべきだわ。最初から不貞を勧める婿なんて脳みそ膿んでるとしか思えないわ!」
「でも、仕方ねぇんじゃねぇか?」
「何よ、ジョエル。あなた、あいつらの肩を持つ気?」
「そ、そんなんじゃねぇよ。ただ……」
「ただ?」
ジョエルがオーリー様寄りの発言をしたことが意外だったのか、エリーの目がまた座ってしまった。ジョエルがその勢いに押されて口元を引き攣らせていた。
「お、男にとっては、その……じ、自分が種無しだって言うのは、相当勇気がいるっていうか……俺、それを正直に話した点はあいつすげぇなぁって、思って……」
「はぁ?」
「男ってのは繊細なんだよ。そこは理解してやれよ」
「不能を不能と言って何が悪いのよ?」
「だ、だけど……女だって石女って言われたらショックだろう?」
「はぁ?! あったり前じゃない! 子が出来ないのは女だけのせいじゃないわよ!」」
「だ、だからそういうことなんだって! デリケートな話だから言い出せなかったのは仕方ないと思う」
「……ジョエルからデリケートなんて単語が出てくるなんて……」
エリーの指摘にジョエルがムッとした表情を浮かべて何か言いたそうにしたけれど、結局何も言わなかった。言い返せばまた倍になって帰って来ると思ったからだろう。口が悪いジョエルだけど、エリーには勝てないのだ。
「それで、アンはどうするのよ? このままあの王子様を婿に迎えるの?」
「……そうするしかない、んでしょうね、王命だから。拒否すれば私たちがオーリー様のように扱われる可能性もあるし……」
「……王家、死ね」
聞こえるかどうかわからない大きさでエリーが呪うようにそう呟いた。確かに王家のやり方には憤りを感じているのは同じだ。エリーとは少し方向が違うだろうけど。
「正直言って、今は色んな事が一気に入ってきて、まだ消化しきれないわ。だから、どうしていいのかもよくわからないわ……」
「……まぁ、確かにそうですけど」
エリーにもその自覚があったのだろう。意外にもあっさりそう言った。本当に、色んな情報があり過ぎて、どこから消化していけばいいのかわからない。これまで接してきたオーリー様が別人のようにすら思えてくるほど、今までの認識がひっくり返ってしまった。
(……お身体は、大丈夫なのかしら……)
二種類の毒を盛られたのも気になった。今は体調がいいと言っていたけれど、それもどこまで本当なのか疑わしい。明日にでも改めて体調を確かめる必要があるだろう。エリアーヌ様のことを聞こうと思ったけれど、今はそれどころじゃない気分だった。




