後遺症の真相
噂で聞いていたことと、真実の何とかけ離れたことか……そう思わずにはいられないほどオーリー様の婚約破棄の真相は思っていたものと違い過ぎた。まさかオーリー様が愛していたのが不仲だと言われていた婚約者のジョアンナ様で、魅了にもかかっていなかったなんて……
「じゃ、魅了の後遺症は……」
そうなのだ。魅了にかかっていないというのなら、後遺症になるはずがない。だったら療養は魅了にかかっていたことを隠すための演技だったのだろうか。
「後遺症、か……」
オーリー様の呟きには、どこか突き放したような陰りを感じた。そのことに疑問を感じたけれど、それはエドガール様の声に遮られた。
「その件に関しては……私からお話してもよろしいでしょうか?」
「エドガール様?」
「その……殿下にはお辛い話になりますので……」
常に一歩下がった姿勢を崩さないエドガール様の申し出に驚いた。何だろう……エドガール様の表情も声も、何かに強く耐えるようなものを感じた。
「エド、私が話すよ」
「ですが……!」
「私が話す。それが私の責任だ」
そう言ってエドガール様を安心させるように向けた笑みは、何だか消えてしまいそうに見えた。儚げな美人は男性にも当てはまるのだなと、こんな場面なのに私は場違いなことを考えていた。それくらい、彼らの様子が想定を越えていた。
「魅了の後遺症はなかったよ。魅了されていなかったからね」
何だろう……そう言われて安堵するどころか、別の恐怖が広がっていくのを感じた。この先を聞きたくないけれど、聞かずにはいられない……そんな感じだ。きっともっと悪い話なのだろう。
「では……」
「毒だよ」
「っ!」
「毒だって?!」
「……」
後ろでエリーとジョエルが驚きのあまり息を詰め、声を上げるのが聞こえた。私は……声を上げることも出来なかった。頭の中で言われた言葉が反芻する。
「毒を、盛られたんだ」
「……そう、ですか……」
暫しの間の後、もう一度告げられた言葉にその一言を返すのが精一杯だった。真実は私の想定よりも遥かに厳しく、無慈悲で、悲しみに満ちていた。
「だ、誰がそんなことを……」
ジョエルだけが素直にその疑問を吐き出したけれど、言われなくてもわかった。毒を盛ったのは……陛下だ。
「王命に反した……代価、ですか?」
「そうなるだろうね」
声が震えるけれど、こんな話を聞いて平静でいられる神経を私は持ち合わせていなかった。そんな私に労わるような笑みをオーリー様が浮かべた。そこには毒を盛った者への怒りや恨みは見えなかった。表面上だけのことかもしれないけれど。
「もしかして……銀の涙、ですか?」
「銀の涙って!」
「……」
ジョエルがまたしても驚きの声を上げ、オーリー様は静かにほほ笑んだ。『銀の涙』は王家や上位貴族が使う毒として有名だけど、その効果は子供を作れなくすることだ。問題を起こした令息を貴族籍から抜いて追放する際に使う毒で、確実に子供を作ることは出来なくなる。
「そんな! たかが婚約破棄だろう? 何もそこまで……」
皮肉屋だけど正義感が強いジョエルには、この決定は理解出来なかったのだろう。確かにたかが婚約破棄だ。結婚前だったからよかったじゃないかという人もいるだろう、王命でなければ。
「そういうわけにもいかないわ。王命に反して、ベルクール公爵の派閥を敵に回したのよ」
「けど……」
「彼らの勢力は大きいわ。今後陛下が出す政策に反対されてみなさい。大変なことになる。それにこれはルシアン様を守るためでもあるわ。もし後継者争いになれば国が乱れる。今後の憂いを取り除くためにも必要だったのよ」
「……」
彼らの怒りを鎮めるには、廃嫡だけでは済まされなかった。かと言って処刑すれば、今度はジョアンナ様に非難が集中するのは明らかだった。彼女の性格と姉弟のような関係のせいで、ミア様と親しくなった後ですらジョアンナ様を非難する声が一定数あったから。それは強引なベルクール公爵への批判が根底にあって、公爵にも責任があっただろうが、この場合それは関係ない。
「ちょ、ちょっと待てよ! だったら、アンとの結婚は……」
「……形だけだよ。最初からね」
そうだったのか。急な王命を不思議に思っていたけれど、陛下は最初から形だけの結婚のつもりだったのだ。多分、お祖父様とお祖母様もご存じなのだろう。王族のお祖母様なら気付いただろうし。
「でも、銀の涙だけなら、五年も寝込みませんよね? あの毒は数日高熱が出るだけの筈」
「……そうだね。盛られたのがそれだけだったらね」
「っ!」
あまりにも非道な告白に、誰も声を上げられなかった。




