信じていた未来が壊れた日
「彼女とは、きっといい夫婦になれるだろうと、私はずっと信じて疑わなかった。仲もよかったし、将来はああしよう、こうしようと話が尽きなかったから。あの時までは、そう信じていたんだ……」
「あの時?」
「学園の……最終学年になる少し前だ。あの時私は初めて、彼女の心に私以外の者がずっといたと知ったんだ」
そう言ってオーリー様はまた笑みを浮かべたけれど、今度はどこか自虐めいたものに見えた。
「彼女は……ずっと、セザールと想い合っていたんだ」
「セザール様って、ジョアンナ様が結婚なさった?」
「ああ。あの二人は私と出会う前に互いに一目惚れしていたんだよ。いつかは結婚しようと約束していたんだ」
オーリー様の話では、それはまだ五、六歳の頃の話だったという。彼らと知り合った直後に二人は、大きくなったら自分たちは結婚するのだと言っていたという。まだ幼い頃の淡い恋心だと諫める者もいなかった頃の話だった。
そんな二人は成長するとともに、少しずつ距離を置くようになった。十歳を超えた頃にはジョアンナ様はオーリー様の婚約者候補に選ばれ、それを機に二人が二人きりでいる姿を見ることはなくなった。
学園に入学した頃にはオーリー様とジョアンナ様に、セザール様が友人として付き従う形になった。彼がオーリー様の側近候補だったのもある。ジョアンナ様とセザール様の間には幼馴染としての気安さはあったけれど、結婚したいと言っていた頃のような親密さは既に消え、三人の関係も良好だった。
「だけどある日、私は学園でジョアンナがセザールと言い合っているのを、聞いてしまったんだ……」
その日は学年末試験の後で、オーリー様は生徒会の引継ぎで少し遅くなった。共に王城に向かう予定だったためジョアンナ様を探していたところ、その場面に遭遇したという。
「今も耳に残っているよ。『私が好きなのは、今も昔もあなただけ』と、ジョアンナが悲しそうに告げたその声が」
そんなジョアンナ様に、セザール様は王命に逆らうことは出来ないと告げていたという。ジョアンナ様もそれは十分にわかっていて、自分が王家に嫁ぐのも彼を守るためなのだと言ったのだという。
「そんな……」
大好きな婚約者が親友と想い合っていたなんて……しかも自分と出会う前からとなれば、凄くショックだったのではないだろうか。だってこの場合、邪魔をしたのは自分だったのだから。
「聡い二人だ、ずっと前からどうにもならないことはわかっていたんだろう。王命に逆らえばどうなるかも。それに、私もずるかったんだ」
そんなことがあってもオーリー様は婚約解消を躊躇したという。直後に共に同じ馬車で王城に戻ったが、先ほどのあの会話は幻だったのではないかと思うほど、ジョアンナ様の態度はいつも通りだった。それにジョアンナ様への想いは簡単に捨てることが出来ないほどに育っていたし、王太子として婚約の白紙という瑕疵を恐れたのもある。
それにジョアンナ様もセザール様も、その後も節度ある関係を保っていたという。特にセザールはジョアンナとは距離をとっていて、視線を合わせることもなかった。ジョアンナ様を注意深く観察しても、婚約を嫌がっているようなそぶりを見せることはなかった。相変わらず姉のように親友のように接し、そこには確かに愛情と信頼があった。ただ、恋情がなかっただけで。
「だったら……」
「最初は私も聞かなかったことにしようと思ったよ。王命での婚約だから今更白紙にも出来ない。彼女との婚約は貴族のパワーバランスが根底にあるから、申し出てたところで父も公爵も許さなかっただろう。それに、王太子妃としての自覚と誇りを誰よりも自覚していたのは彼女だった。彼女だってあの時点での婚約解消は望まなかっただろう」
「……」
私はかける言葉が見つからず、彼の次の言葉をただ待つしか出来なかった。
「……彼女たちの犠牲の上に私の初恋が成るなんて、心苦しかった。彼女が好きだからこそ、尚更に。それでも、彼女らが隠し通そうとするのなら、私は彼女を精一杯大切にして、セザールも重用して、彼らに報いたいと思っていたんだ」
それは政略結婚が当然の貴族にとっては普通の反応だろう。好きだからという感情で結婚出来るわけもない。王族なら尚更だ。彼らは国の安寧のために結婚するのが当然で、それは何百年も受け継がれてきた政策でもあるのだ。
「だけど……耐えられなくなったのは……私の方だった……」
そう言うとオーリー様は手で顔を覆うと、俯いてしまった。
「彼らが普通に接してくれればくれるほど、惨めになっていったんだ。彼女は誰よりも優しくて強い人だ。私の弱さだって笑い飛ばしながらも側にいてくれただろう。もう、仕方のない人ね、と笑って……」
顔を上げたオーリー様は、何だか少しずつ透けて消えてしまいそうに見えた。誰よりも王に相応しいと言われていたけれど、この人は王になるには正直で優しすぎたのかもしれない。腹に一物抱えられるだけの器と腹黒さがあったら、素晴らしい王になったかもしれない。
「そんな時に、ミアに出会ったんだ」




