話しておきたいこと
オーリー様の言葉に、私は二度瞬きをした。直ぐに話したい事があると改まった態度で言われて、これから告げられる内容が軽くない話だろう予感を感じた。実際、オーリー様の表情がさっきよりも固くなっているし、その後ろではエドガール様が困惑を隠しきれずにオーリー様を見ていた。
込み入った話になるだろうと思った私は、部屋にいたエリーとジョエルを退出させるべきかと悩んだけれど、それを察してかオーリー様はそのままでいいと言った。私に最も近しい二人には知っていて欲しいし、知っておいてもらった方がいいだろうと。その申し出も意外に感じたけれど、迷いのない様子から彼の判断に任せることにした。
「念のため、結界を掛けておこう」
私の私室のソファに集まると、オーリー様がそう言って術式を唱えると、あっという間に結界が張られるのを感じた。さすがは我が国一ともいわれる結界魔術の使い手だな、と感心してしまう。私も出来なくはないけれど、こんなに早く正確には無理だ。
「さて、どこから話したらいいのか……」
そう言いながらオーリー様は、真剣な目を真っすぐに向けてきた。
「まず、さっきも言ったけれど、私はミアを何とも思っていない」
「……そう、ですか」
二度もそう言い切られてしまえば、そうとしか答えようがなかった。魅了で操られていたのなら、嫌悪感を持っている可能性もあるだろう。詳しい経緯を知らないから、もしかしたらまだ忘れられないのかも……なんて思っていたけれど。
「ちなみにアンジェは、私たちのことをどう聞いているんだ? 例えば、前の婚約者のこととか……」
「……婚約者だった公爵令嬢は、オーリー様を敬うこともしない驕慢な方だったと聞いています。だから、オーリー様が癒しを求めた結果、ミア様に惹かれたのだと……」
それが世間で最も多く支持を得ていた話だった。オーリー様の元婚約者はジョアンナ様と言い、ベルクール公爵家の長女だ。茶色に近い金の髪と紫の瞳を持ち、理知的な顔立ちで才女として誉れ高かった。学園では首席争いに加わり、王子妃教育の進みも早かったことから、いずれはとても優秀な王妃になるだろうと言われていた。
一方で、公爵令嬢として誇り高いを通り越して、驕慢な性格だとも伝えられていた。才を鼻にかけたところがおありで、他人を見下すところがあるとも。そんなところがオーリー様に愛想を尽かされた一因だと私も人伝に聞いたことがあった。
「それは……全く違うんだ」
「え?」
「彼女は、ジョアンナは、世間で言われているような人ではないんだよ」
そう言ってオーリー様が寂しそうな笑みを浮かべた。
「確かに彼女は勝気で物言いも偉そうに聞こえるし、私と一緒にいる姿を見た者はそう思っても仕方がないとは思う」
「そうでしたか」
「だが、それも私を案じてのことだったんだ」
子供の頃のオーリー様は、次期国王として物心つく前から厳しい教育を受けていたという。そのせいで大人としか接したことがない彼は、急に同年代との交流に出された時、どう対応していいのかわからなかった。子どもらしい会話に入れず、遠巻きにされていたところに声をかけてきたのが、ジョアンナ様とその夫になったセザール様だった。
先にオーリー様に声をかけたのはジョアンナ様で、彼女は戸惑うオーリー様の手を取って遊びに誘った。そこから三人での交流が始まったけれど、最初はどう接していいのかわからないオーリー様に甲斐甲斐しく世話を焼いたジョアンナ様だった。だが彼女は公爵家の長女として育ったのもあり、その物言いは高圧的だったという。
「でも、それは彼女の照れ隠しみたいなものでね。キツイ物言いだけど、その根底にはちゃんと思いやりがあったんだ」
噛みしめるようにそう言いながら過去を思い出すように、オーリー様が遠くを見た。
(ああ、そういうこと、だったのね)
唐突に私は気付いてしまった。
「……ジョアンナ様が、お好きだったのですね」
何故かそう尋ねなければいけない衝動に駆られて、私は躊躇した後でそう尋ねた。ジョアンナ様がオーリー様を好きだったんじゃない。オーリー様がジョアンナ様を好きだったのだ。それも子供の頃の一時的なものではなく、その後も続いた深いものだった。
「……そう、だね。あなたにこんなことを言うのは失礼かもしれないけれど……ずっと……彼女が好きだった」
まさに万感を込めて告げられた言葉に胸が騒めく一方で、彼のどこか寂し気で泣きそうな表情が腑に落ちた。




