毎日訪ねてくる兄妹
翌日になっても、オーリー様は不調を訴えて顔色が悪かった。五年以上たった今でも過去に囚われたままなのだと思うと、改めて魅了の恐ろしさを感じた。もっとも今回は、マティアス様の態度が大きかっただろう。オーリー様を甚振るような物言いは、とてもではないが王族に対するそれではないだろう。
「え? ベルクール公爵家の二人が?」
「はい。オードリック様にお会いしたいと」
その日の午後、祖父母と昼食をとっていたところに家令がやって来てそう告げた。オードリック様と話がしたいとのことで、訪問の許可を求めるものだった。私は思わずお祖父様を見上げた。
「お祖父様、オーリー様は……」
「うむ。昨夜から殆ど食事をとられなかったと聞くが……」
そう、普段は私と食事をとられるオーリー様は、昨夜から食欲がないからと断られていた。だから久しぶりに祖父母と昼食を共にしていたのだ。
「断ればいいじゃない」
「だが、オードリック様の意向も一応は伺わねば」
確かに何も言わずに断れば、オーリー様に隠し事をしたとして不敬と言われる可能性もある。念のためにオーリー様の意向を窺うと、意外にも会うと仰ったという。その返事に私も祖父母も思わず顔を見合わせてしまった。
その日から、毎日のようにベルクール公爵の兄妹はオーリー様を訪ねてくるようになった。オーリー様も顔色は悪いけれど彼らを拒まず、次第にエリアーヌ様との距離が近くなっていくように見えた。彼女があのミア様に似ているから、無下に出来ないのだろうか。
(オーリー様はどういうつもりなのかしら……)
彼らが来るようになって十日が経った。まだベルクール公爵の兄妹は我が家にやって来て、私は仕方なく彼らを庭に誘い四阿でお茶をしていた。この二人はやって来て他愛もない会話をして帰るだけで、オーリー様もベルクール公爵家に負い目があるからはっきり断り辛いのだろう。私は私で婚約者を放っておく事も出来ず、思いがけない苦行に時間を奪われていた。それにしてもマティアス様は妻子もいるし仕事もあるだろうに、こんなところで油を売っていていいのだろうか。こうなると何か裏があるとしか思えないのだけど。
「まぁ! オーリー様は博識でいらっしゃるのね」
今日もまた、エリアーヌ様のオーリー様称賛が繰り広げられていた。彼女は些細なことでも大袈裟に褒めて感動していた。外に出たことがなかったから、どんなことでも物珍しいのですよとマティアス様は言うけれど、私の話には全くそんな素振りはないから絶対にわざとだと思う。
「そうかな。大したことはないと思うけれど……」
「そんなことはありません! オーリー様は特別ですわ」
褒めるだけのエリアーヌ様だけど、言われているオーリー様はまんざらでもなさそうに見えた。まぁ、あんな美少女に褒められたら、すっかり折れ切っていた自尊心やプライドも修復するのかもしれない。私には絶対に出来ない芸当だし。
(そうは言っても、いつの間に愛称呼び?)
婚約者の前で愛称呼びを許すなんて、随分と舐めた真似をしてくれる。そうは思っても顔には出さない。多分それが彼らの目的だからだ。普通なら妹を窘めるのが兄の役目だろうに、マティアス様は妹が世間知らずだから多少のことは目を瞑れと暗に言ってくるのだ。
「ねぇ、オーリー様。あちらの木に成っているのは何の実ですの? 近くで見てみたいわ」
「ああ、あれはアルセの実ですね」
「まぁ! アルセの実ってあんな木だったのですね!」
そう言って二人が立ち上がったので、私も仕方なく後に続くべく立ち上がった。
「ああ、アンジェはここにいて。日差しが強いからね。直ぐに戻るよ」
そう言ってオーリー様は私の返事も待たずにエリアーヌ様を伴っていってしまった。エドガール様がついているから大丈夫だろうけど。
「申し訳ございません、アンジェリク嬢」
「……いえ」
よりにもよってマティアス様と二人きりなんて、何の罰ゲームだ。ジョエルとエリーが側にいるからまだマシだけど。
「それにしても、エリアーヌがあんなに誰かに懐くとは意外でした」
「そうなのですか」
「ええ。外に出なかったので、人見知りが激しいのですよ。オードリック様が何かと気にかけて下さるので安心するのでしょうか」
「そうですわね。オーリー様はお優しい方ですから」
「アンジェリク嬢は寛大でいらっしゃるのですね」
「そんなわけでは……」
別に寛大なわけじゃない。警戒しつつ出方をみているだけだ。
「それに、控えめで知的だ。その髪色も実に美しい」
「そうですか」
「ええ。こんな辺境には勿体ないですよ。着飾らせ甲斐がありそうだ……」
何だか含みのある言い方だけど、私は少しばかり強く吹いた風に髪が乱れたのを気にした風を装って聞き流した。
翌日、マティアス様がここから馬車で三日の距離にある領地に急ぎ戻らなければならないと、エリアーヌ様を我が家に託して行ってしまった。直ぐに戻るからと言われれば、お祖父様も無下には出来なかったのだ。




