後妻と連れ子からの接触
結局父はまともな返事も出来ないまま、逃げるように去っていった。名前呼びのことも、再婚のことも、オーリー様や王家に認められていないと気付いたからだろう。そもそも王家の意向を無視し、既成事実を盾にごり押しで結婚したのは父なのだ。あれでよく王族の前に顔を出せたな、とその厚顔さに呆れてしまった。
連れ子も旗色が悪いと感じとったのか、名残惜し気にオーリー様に視線を向けながら父に従った。自分の母親との結婚が正式なものでないと気が付いたのだろうか。最後に私を憎々し気に見ていたけれど、多分その表情はばっちりオーリー様に見られていただろう。
「申し訳ありませんでした」
部屋に戻ると、私はオーリー様に父の非礼を詫びた。あんなのでも一応父親だから謝らない選択肢はない。不本意ではあるけれど。
「前にも言いましたが、彼のことでアンジェが謝る必要はないですよ。あなたこそ被害者なのですから」
「そう言って頂けると助かるのですが……」
「ふふっ、あの場で笑いをこらえるのは大変だったでしょう?」
「……やっぱり、わかってあんな風に仰っていたのですね」
悪戯っぽい笑みを浮かべたオーリー様に、思わず吹き出しそうになった。不敬かもしれないけど爽やかそうに見える笑顔が黒い。多分、これがこの人の本質なのだろう。こんな人がどうして魅了にかかってしまったのか不思議だ。
「彼がここの後継者になることはありませんから、心配は無用ですよ」
「やはり、そうですか……」
「はい。父は、陛下は、王家の意向を無視した彼を許すことはありません。それを許せば王家の威信に傷がつきますからね」
「ええ」
「まぁ、盛大に傷をつけた私が言うのもなんだけどね」
そう言ってオーリー様が寂しそうに笑った。確かにオーリー様がしたことで王家は大きな傷を負った。その後陛下やルシアン様たちの必死の努力で、ようやく過去のこととして人の口に登ることも減ったけれど、オーリー様がやった事実は変わらないのだ。
(それなのにオーリー様を担ぎ出そうなんて……何を考えているのかしら?)
ベルクール公爵たちの目的がわからない。確かにルシアン様よりもオーリー様の方が能力はあるかもしれないけれど、廃嫡された事実に変わりはないし、魅了にかかってしまったことが問題なのだ。
「さ、これで彼が私に接触してくることはないでしょう」
「そ、そうですね。ありがとうございます」
ベルクール公爵たちのことを考えていたところに話しかけられて、違和感を追いかけていた思考が途切れた。それに父が後継者にならないことの方が今の私にはずっと重要だった。ここを追い出されることはないという安堵感が違和感に勝り、私はその事をそれ以上考えることはなかった。
それから三日後、ようやく雨が上がった。これで二日ほど雨が降らなければ、鬼の峠の泥も乾いて通れるようになるだろう。お祖父様は三日後の朝には父たちを王都に向かわせるといった。これでようやくあの人達から解放されるかと思うと安堵感が広がった。そこに寂しさが欠片も生まれなかったのは……残念としか言いようがない。
「晩餐を?」
父たちが王都に発つ前日、オーリー様と朝のお茶をしているとエリーが憤りながらやって来た。聞けば最後に晩餐だけでも共に出来ないかと招かれざる客が言い出したらしい。
「晩餐って……準備は誰が? まさかこちら側が?」
「そうなりますよね」
「はぁ……よくそんなことを言い出せたわね……」
「言い出したのは夫人だそうです」
「夫人が?」
父ならまだわかるが、言い出したのが後妻だったとは意外だった。お祖父様たちに認められていないのによくそんなことが言い出せるな、とその厚顔さに呆れるしかない。しかも晩餐を準備するのはこちら側だ。詫びとして晩餐に招くなら理解出来なくもないけれど、こっちに準備をさせようなんて馬鹿にしているとしか思えなかった。
「それで、お祖母様は?」
「話にならないと却下なさいました」
「当然だわ。押しかけて来たくせに晩餐まで強請るなんて、厚かましいにもほどがあるわ」
しかもその晩餐にはオーリー様も是非、と言っているらしい。そんな風に言われたら警戒心が湧くだけで、益々遠慮したい。当然お断り一択だったのだけど……
「はぁ? 後妻と連れ子が一緒にお茶したい?」
晩餐を却下されて懲りたかと思ったら、全く懲りていなかった。




