婚約者との交流
結局、私と連れ子を入れ替えようという父の企みは成らなかった。王宮で文官として働いている父に、陛下に異議を申し立てるだけの根性はなかったらしい。妻とその連れ子もさすがにそこまで傍若無人ではなかった。
話し合いを終えてお引き取り願うつもりだったが、彼らは我が家に泊ることになった。そのまま追い返すつもりだったけれど、雨が降り始めて移動が危なくなったからだ。この季節は雨が多く、下手に移動して何かあれば、騎士たちがその対応に追われることになる。騎士たちに余計な仕事を増やしたくなかったお祖父様は、彼らにその階から絶対に出ないことを条件に宿泊を許した。嫌なら自前で街の宿に泊れと言ったところ、渋々ながらも受け入れたのだ。
だが、父たちが大人しくしている筈もなかった。
「おい、オードリック様に会わせろ!」
そう言って再び私の部屋に現れたのは父と連れ子だった。これで何度目だろうか。しかも許可を頂いていないのにオードリック様を名前呼びするなんて、王宮で働いているくせにマナーも弁えていないらしい。王宮でそんなことをしたら懲戒ものだろうに。
そして連れ子はまだ挨拶もしていないので、名前も知らないままだった。まぁ、知っていても挨拶を受けていない以上、名前で呼ぶつもりもないのだけど。その彼女はフリルとリボンがたくさん付いたディドレスを着ていた。十歳くらいの子が好むデザインだけど、先日も似たようなものだったのでそう言うのが好きなのだろう。公式な場では悪い意味で目立ちそうだ。
「こちらの階への出入りは、お祖父様が禁じていたはずですが」
どうしても声が刺々しくなってしまう。正直に言えば親と思っていないし、他人になりたいところだ。でもそうなるとお祖父様たちとの縁まで切れるから出来ないけど。
「うるさい! 私に指図するな!」
「指示しているのはお祖父様です。ジョエル、この人たちを部屋に戻して」
「へいへい」
「きゃ!」
「な! 貴様、何をする! 放せ、貴様! 私は跡取りだぞ!」
「ご当主様の指示ですから」
「な……! 貴様ら! 私が当主になったら首にしてやるからな! 覚えておけ!」
騒ぎ立てながらも、二人はジョエルたち護衛騎士によって部屋に連れていかれた。お祖父様にお願いして、監視を増やして貰ったけれど、ただ一人の跡取り息子というのもあって使用人も強硬に出られない。それを利用して抜け出してくるのだけど……そろそろ次の手に変えてもいいかもしれない。
「中々に聞き分けのない御仁なのだな」
そう言って苦笑したのはオードリック様だった。私の部屋でお茶を頂いていたところへの突撃だった。万が一を想定し、入り口から姿が見えないよう衝立を立てておいてよかった。
「申し訳ありません、オーリー様」
「あなたのせいではないでしょう? 気にしないで下さい、アンジェ」
そう言ってティーカップを手に笑みを浮かべたオードリック様は、あまり気にしていないように見えた。父たちとの話し合いも既に大まかに話してある。父たちが突撃してくる可能性があったからだ。
ちなみにオードリック様は私をアンジェと呼び、私もオードリック様をオーリー様と呼ぶようになっていた。互いに名前が長くて呼びにくいのと、婚約者として距離を縮めるためだ。王子を愛称で呼ぶなんて不敬だと最初は断ったが、オーリー様は譲らなかった。柔和そうな外見に似合わず、意外にも押しが強かった。控えめな笑顔でご自身の意を通されるのだ。
「アンジェ、あまりしつこいようなら私からはっきり言いましょうか?」
「いえ、そこまでお手を煩わせるのは……」
「ですが、あなたがあのように悪し様に言われるのは許し難い。ジェイド卿のなさりようはあまりにも酷すぎる」
眉間にしわを寄せながらそういうオーリー様だったけれど、そんな姿も麗しいのだから美人は得だ。そしてそんな美人に心配して貰えるなんて僥倖だ。世の中何が起きるかわからないな、と思った。
オーリー様はここに到着した頃は後遺症で病んでいるように見えたが、実はかなり回復されていた。不調に見せていたのは王太子となられた弟のルシアン様を守るためで、ここに来るのも陛下と示し合わせてのことだった。ベルクール公爵たちの計画を予想していたオーリー様はあえて回復が遅れているように見せ、自分を王都から離れるように仕向けたのだ。
ここが選ばれたのはお祖母様の存在と、オーリー様と年が近い私がいたこと、その私が治癒魔術の担い手だったこと、そして地理的に王都から遠かったことが理由だと言われた。特に最後の地理的な理由は大きく、ベルクール公爵たちも簡単に手が出せず、また結束が強くてスパイが入り込みにくい土地柄が好都合だったらしい。
そんな私たちだったけれど、関係はおおむね良好だった。それはオーリー様によるところが大きいだろう。丁寧で控えめな態度と、博識で些細なことでも相談に乗ってくれて助言を惜しまないところ、リファール辺境伯領のことを熱心に考えてくれるところに好感が持てた。私の個人的な理由では、私に王都の令嬢らしさを求めないところが一番だっただろう。




