再会~廃嫡王子の回想
その後、隣国の動きが怪しいとの情報もあり、早急にリファールに戻った。やり残したことはあるけれど、アンジェとリファール以上に大事かと言われればそんなことはない。確実にアンジェの婿になるためにも、早急に結界を修復して父上に婚姻を認めさせるのが先だ。母上やお祖母様には十分に根回しはしたし、ルシアンの協力も得た。あとはリファールに戻ってジゼル様のお許しを得ればほぼ確実だろう。父上は母上やお祖母様、ジゼル様に滅法弱い。あの三人が是と言ったことを父上が否と言うことはほぼ不可能だから。
だが、その焦りが慢心を呼び、結果とんでもない事態を引き起こしてしまった、のだと思う。まさか自分が三年間も結界の要に閉じ込められていたなんて、誰が想像できるだろうか。自分がいない間に三年もの年月が流れていたことに恐怖した。
(婚約は? アンジェの気持ちは? 私の立場は?)
真っ先に浮かんだのは父の顔だった。情けない性格を隠すために常に厳めしい仮面をかぶっているが、実際は余計なことをしてお祖母様や母上の頭痛のタネになっているような人だ。
(余計なことをしていないだろうな!?)
真っ先に確かめなければならないのはあのくそ爺の動向だ。そして案の定、余計なことをしてくれた。アンジェに別の縁談を用意していたのだ。
(何だってジョフロワの三男なんだ? あいつは男色で有名だったじゃないか!)
療養生活を送っていた私だって知っていたことなのに、あのぼんくら爺は跡取りが必須のアンジェにまたしても子が出来ないだろう相手を宛がっていた。これが彼女を大切にしてくれて後継が望める相手ならまだわかる。許し難いが……仕方ないと思えただろう。
(だが、この件は絶対に許せない……!)
沸々と怒りが湧いてきた。婚約破棄で多大な迷惑をかけたとはいえ、これは見過ごすことは出来そうになかった。どうしてくれようか……
そんな私も今は父への怒りに身を任せている余裕はなかった。私を助けようとしてアンジェが魔力切れを起こしてしまったのだ。今はこちらの方がずっと問題だ。
(このまま目覚めなかったら……)
最悪の事態が思い浮かんで、今まで感じたことのない恐怖を感じた。魔力切れは滅多に起きないが、起こした場合最悪死にも至る恐ろしいものだ。しかもここは国境に近い山の中なのだ。魔力切れを起こしたものは脱力と言って身体に力が入らなくなってしまう。馬車がない現状ではこの状態で屋敷に帰るのも難しかった。アルノーが単騎で屋敷に報告しに向かおうと言ってくれたが、さすがにそれは危険すぎるとジョエルもエリーも反対したし、私も同意見だ。幸い結界があるから襲われる心配はないので、食料に余裕がある三日までは目覚めを待つことにした。
(大人っぽく、なったんだな……)
アンジェは丸一日経っても目を覚まさなかった。不安で祈るような気持ちで寄り添った私は、眠りについているアンジェをまじまじと見つめた。三年前よりも大人っぽくなったと思う。頬の丸みが消え、騎士服の下で上下する胸元はより丸みを帯びたと思う。特徴的な鮮やかな髪も白い肌も変わっていないのに、どこか雰囲気が違って見えるのは三年という歳月のせいだろうか。
(どうか、目を覚ましてくれ!)
祈る気持ちでアンジェの目覚めを待った。せっかく再会出来たのにまた引き離されるなんて冗談じゃない。側を離れるのが恐ろしくて、手を握りながら目覚めて欲しいと祈った。
変化があったのは二日目の夕暮れだった。食料などの関係もあって、明日には屋敷に戻ろかとジョエルたちと話し合った後だった。アンジェが目覚めなければ私が彼女を背負い、紐で落ちないように固定することになっていた。体格的にエリーでは無理だし、彼女は私の婚約者で他の男に触れさせるなど論外だ。彼女が目覚めたのは、その直前だった。
「アンジェ!?」
ちょうど三人で夕食を食べていた時、微かに人の声が聞こえた気がした。皆が顔を見合わせ、次の瞬間には駆け出していた。それでも最初にテントの中を伺ったのは直ぐ側にいたエリーだった。
「アン? 目が覚めたの?」
エリーのその言葉を聞いて、居ても立ってもいられずにテントに飛び込んだ。
「アンジェ!!!」
飛び込んだ先に見たのは、横になったままこちらを見上げる金の瞳だった。ずっと見たいと焦がれていた自分と同じ金色に、言い知れぬ安堵と歓喜が全身を走った。
「アンジェ! 身体は? 気分はどう?」
「だ、大丈夫、です……」
驚いたのか、目を見開いたままの彼女に駆け寄って、そっと抱き起した。力が入らないのは間違いないらしく、すっぽりと腕の中に納まった。
「オー……リー……様」
掠れた声はあまりにも頼りなくて儚げで、今にも消えてしまいそうに感じた。
「ああ」
「オーリー様!」
「ああ。アンジェ。すまなかった!」
色んな想いが込み上げたが、その時は目を覚ましてくれたことにただ歓喜しかなかった。そっと抱き起すと本当に力が入らないのだろう、のけぞりそうになったので慌てて頭にも手を添えた。まるで生まれたての赤ん坊のようだ。
「い、生きて……」
「ああ。アンジェのお陰だ。アンジェが、私をあそこから出してくれて……傷を治してくれた」
「本、物?」
「ああ」
「夢とかじゃ、なく?」
「夢にされたくない」
きっぱりとそう答えた。これを夢になどされてたまるか。
「ちゃんと本物だ。生きているし、怪我はアンジェが治してくれた。ほら、温かいだろう」
抱きしめる手を緩めて目を合わせ、彼女の手を私の心臓に当てた。私が生きていると、感じて欲しい一心だった。
「もう……だいじょ……」
「ああ、もう大丈夫だ。どこにも傷はないし、戻ってきた。これからは一緒だ」
「一緒……」
そこまでが限界だった。彼女の金の瞳から透明な雫が次々と零れ落ち、声にならない嗚咽がテントに満ちた。幼い子供のようになく彼女をそっと包み込むように抱きしめた。滅多に泣かない彼女に、この三年間、どれほど心配と苦労を掛けたかが伺えた。