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変わりゆく関係

 お祖父様たちが戻ってきたのは、それから三月後のことだった。二人がこんなに長い間領地を離れたのは二十数年ぶりだという。お祖父様の膝の調子がよくないので、今後は中々王都に行くのは難しいかもとお祖母様は言っていた。父が後継者として前線に出なかったため、お祖父様に負担がかかっていたのだ。

 今後私やオーリー様がお祖父様の代わりになるだろう。幸い隣国との間の結界が修復出来たので戦闘はないだろうけど、盗賊討伐などはある。


「それくらい私が出るよ」


 そうオーリー様が言うけれど、私としては不安が残った。また結界石に閉じ込められたりしないだろうか。ああなった理由は未だに不明で、王都では魔術師が調べているらしい。でも、今も原因はわからないらしく、正直言ってそれがわかる可能性は低いと私は思っている。


 一方マティアスの件はお祖父様やお祖母様も考えていたらしく、話し合いの結果マティアスをテランスの養子にして家令にする方向で話がまとまった。我が領の赤字問題は待ったなしだし、マティアス以上の適任者が見つからなかったからだ。その辺の問題は私よりもオーリー様の方が明るいから、今後はオーリー様とマティアスで進めていくことになるだろう。

 ちなみに妹のエマさんは最近ジョエルと距離が近い。控えめで出しゃばらないエマはエリーにやり込められてばかりのジョエルの理想に近いらしく、一方でエマはこれまでの経緯から結婚しないと心に決めて静かに侍女として一生を終える気でいたらしい。それをじりじりと距離を詰めて行ったのがジョエルだった。


「まだ交際に至ったばかりなんだから、余計な手出すなよ! エマは奥ゆかしいんだ!」


 ジョエルはエリーや私にそう言って威嚇してきた。私は何もしていないのに。「どうして私が……」とぼやいたら、エリーに「アンは色恋沙汰に疎いから何気ない一言が爆弾になりそうで怖いんでしょ」と言われた。何、それ……


 そのエリーは私が結婚するまではしないと言っていたけれど、私たちが入籍したらエドガール様と交際宣言した。オーリー様が行方不明になって自身の存在意義すらも失うほど落ち込んでいたエドガール様に発破をかけたのがエリーで、その容赦のなさに救われて惚れたのだとか。


「あんな女に救われるとか、どっかおかしいんじゃないか?」


 今まで一番にエリーの被害者だったジョエルが、エドガール様は脅されているんじゃないかと疑ったけれど、意外にも二人は仲が良くてよく庭で二人で話し込んでいる姿を見かけた。こちらも意外な組み合わせだけど、よく見ていると常にエドガール様がエリーを追いかけている。どうやら本当に惚れているらしく、またエリーもまんざらでもなさそうだった。


「エリーがエドガール様と付き合うとは思わなかったわ」

「あら、アンとオードリック様の組み合わせよりはあり得ると思うけど?」

「そうかしら?」

「そうよ。今だってアンがオードリックのどこに惚れたのか、私にはわからないもの」


 エリーにそう言われてしまった。確かにどこと言われると、具体的に答えられなかった。最初はなんで私が……と思っていたし、お荷物を押し付けられたくらいの感情だった。でも、好きなのだ、理屈じゃなく。


 そのオーリー様はというと、相変わらず私に構い倒すので周囲ではいつ子供が出来るかで話題になっていた。いつ子供が出来るかの賭けまで立ち上がっていたなんて驚きでしかなかった。


「何やっているのよ……」

「あら、でも婚姻は成立しているもの。いつそうなっても問題はないわよ。そりゃあ式が臨月なのはさすがに困るけど……」

「そ、そんなことするわけないじゃない!」

「あら、もう一人の当事者はそうは思っていないと思うけど?」

「ええっ?」


 エリーの指摘は信じられなかったけれど、よくよく考えてみればオーリー様との距離が最近は限りなくゼロに近い。一日に何度もキスしたり抱き合ったりしている。それって……


「男としちゃ、ちょっと同情するかな」

「同感ですね。でも、殿下は子が出来ない可能性も否めませんし。となればその機会は一度でも多い方がいいのかもしれません……」

「そうだよなぁ。数打ちゃ当たるって言うし」


 珍しくジョエルとエドガール様の意見がこの件では合っていた。普段は私優先のジョエルとオーリー様優先のエドガール様は対立しがちなのに。

 でも、その懸念は最初からあったから気になるのも仕方ないのだろう。そうは言ってもどうせ式まで四ヶ月しかないんだから慌てる必要はないと思う。お腹が大きくてはウエディングドレスも作り直さなきゃいけないし、そんな余裕は我が領にはないのだから。




 結婚式までは残り僅かだが、領内も落ち着いて穏やかに日が流れた。ただ一点だけ、悲しい知らせもあった。

 結婚式の二月前に、鉱山に送られていた父が亡くなったとの知らせが届いたのだ。崩落事故に巻き込まれたのだという。乳兄弟のテランスの長男も一緒だった。既に廃籍されて書類上は赤の他人だけど、さすがに知らん顔が出来る訳もない。我が家とテランス一家は喪に服し、それぞれに複雑な思いを故人に向けながら故人の冥福を祈った。

 そしてこれを機に、お祖母様がすっかり気弱になってしまった。気丈で父のことなどさっさと見放しているように見えたお祖母様だったけれど、やはり本心ではなかったのだ。


「馬鹿な子ほど可愛いなんて、そんなのは与太話だと思っていたのにね……」


 そう言って見せた寂しそうな笑顔は簡単には忘れられそうもなかった。でも、あの父を矯正しようと一番に心を砕いていたのはお祖母様だった。甘やかしたわけでもなく、でも厳し過ぎるわけでもなかったと周りはお祖母様を庇っていたけれど、こうなったきっかけはどこかにあったのだろう。もし私が父の色を受け継いでいたら、父の人生はもう少しマシだったのだろうか……

 父は最後まで王家が選んだ婚約者を拒み続けて、それを貫き通した。どうしてそこまで頑なに拒絶し続けたのかがわからない。従っていた方がずっと楽で安泰だったろうに。そう思うと、父には父なりの信念があったのかもしれない、とも思った。もうそれを聞く機会は永遠にないのだけど。


 気になったので後妻とその連れ子のその後を確かめると、後妻は今も修道院で暮らしていた。贅沢に慣れた身での修道院での暮らしは辛いらしく、相変わらず不満を漏らしているという。


 一方で連れ子は一年前に修道院に通う商家の息子に見初められて、半年前に結婚していた。未成年だったこともあり、再教育の結果次第で還俗の可能性を残されていたのだ。幸いにも彼女は両親よりも頭が柔らかく、また常識もあったらしい。修道院での態度も良好で、最終的には自分がやったことが罪だと理解したと認められて還俗していた。






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