93 流行り
皆がリビングで各々くつろいでいた。フランが動画を見て感嘆の声を漏らす。気になったので近寄った。
「キョウも見る? 凄いよ」
一瞬ギョっとした。先日スカイロックで出会ったアイドルが写っていたからだ。
「……その子は?」
「最近有名になった天宮花恋。これからもっと有名になると思うよ~」
「い、意外だ。そういうのに興味があるのは」
「初めは興味なかったけどね。でもカレンも好きになっちゃった。やっぱり最高にカレンを際立てているこの氷の魔法ね」
「え?」
「見てよこの氷のお城。造形センス、硬度、透明度、光の演出。まるで異世界に迷い込んだみたい!! それにカレンの可愛くて、どこか妖艶な感じとこの歌が見事にマッチしてるのよね。120点。あ、10点満点中ね。キョウはどう思う」
「すごいっ。良い歌だ」
「そうそう。わかってるー。それで!! 氷はどう?」
「……素人の俺から見てもなんかすごいと思う」
(自画自賛は恥ずかしいけど。フランが嬉しそうに話すから否定できない……)
「でしょっ~。信じられないくらいの使い手が、人生の全てを氷魔法に費やしたに違いない。ずっと見てられる氷魔法よねぇ~」
フランは穴が空くほど繰り返し氷を見ていた。ライラが近づいてきた。
「花恋さんですわね」
「知ってるの? 芸能とか芸術に無振りのライラが?」
「……失敬な。私をなんだと思ってるんですの。こう見えても小さい頃。ピアノを習ってましたわ。一度だけ」
「……そ、そう。頑張ってるじゃない……」
「そうでした、花恋さん、母が気に入ってましてね。彼女の才能が、まだ多くの人に気づかれていない頃、少々資金提供を……」
「へ、へ~~~~。じゃあ今のカレンがいるのもライラママのおかげかもね~」
「ふふ。そういう事になりますわね。そしてなんとっ。世界に一つしかないサインをもってますわ!!」
「大袈裟な……サインなら私もこの前のコンサートで」
「甘いですわね。それが全てではないですの」
「むっ。中々言ってくれるじゃない」
「まずはこれを」
携帯にある写真を見せた。非売品のフィルムにまだ慣れてないであろう花恋のサインがあった。
(あ、あのフィルム)
「ペンもその辺に売ってるものじゃないですわよ。花恋さん専用の高級魔法ペンッ。複製は不可能な代物ですわ」
写真とフランの持っているモノ、俺の持っているサインを比べてみた。驚いた事にそれぞれ別のモノになっていた。
(となると、あの子は状況によって、ペンを変えたり書き分けてるのか? なにかのこだわりか……中々面白い事をしてる)
「はぁ!! ずるい!! なにそれぇ!!」
「羨むことはありません。誰もが等しく花恋さんのファン。そして私欲は花恋さんを不幸にしてしまいます。お控えなすってくださいな」
「ぐぬぅ……」
「それにしてもあの人気っぷり。もしかすると売れば数兆円は超えるかもしれませんね……」
「はぁ? 売るはずないでしょ」
「もちろん例え話ですわよ」
「じゃあ。次のランキングで上だった方が所有権を得るっていうのは?」
(じゃあ?)
「……いえ。これは母のですわ。勝手に譲渡する訳には……」
「じゃあ。私が上だったらそのフィルムを新しく貰うってのは?」
「いや、なにを言って……というかそれくらいで渡しては限定の意味がなくなりますわ……」
その後、一晩中やり取りは続いたという。
(やば。あの大人しいフランが……あのサイン絶対に見せないでおこう……)
ライラが珍しく音を上げていた。シオリが気を利かせてフラン愛用のペンギンのぬいぐるみを撫でることで意識を逸らし、彼女を鎮めることに成功した。




