89 生存確率
撤退という言葉に反論するものはいなかった。小倉が淡々と問いかけた。
「殿は?」
「……」
僅かに沈黙した後にとあるサポートパーティーが仕方ないといった様子で名乗り出る。
「俺たちがやろう。ひかえてる奴等にもいないか確認しよう」
「だが、耐えきれるか?」
「……やるしかないだろう。失敗した時のための予備も頼む。正直抑えきれる自信がない」
「……分かった」
フランが声を上げようとした。
「わ、私が」
それを小倉と数名が塗りつぶす。
「もしそれが失敗したなら。次に俺たちがやる。こういう大事な事は若い奴に任せる訳にはいかねぇからな」
「でもっ」
小倉はフランを目で優しく諭した。彼女は非常に悲しい表情をみせた。
「……わ、分かった」
その間にも戦いが勢いを増す。時間が経過するごとに押される。頑張ってはいるが、もう耐えきれない。その時、藤原が手を挙げた。
「いえ……ボクが最初にやりましょう。全て引き付けますよ」
「……な、なにを言ってる? こんな時に。それに全て、だと?」
「出来るはずがないだろ……それを信用して全員が死んだら本末転倒だ」
「実はボクのスキル。一つは幸運なんですけど。もう一つあるんです」
「……それが?」
「結界です。射程が短く、生涯に一度しか使えないですけど」
「……どの程度だ?」
「八分ですね。その間ならボスと取り巻きをまとめて封じ込めることが出来ます」
一度しか使えない事に誰も突っ込まない。それは代々引き継がれるスキルも存在するからだ。必ず子に発現する訳ではないが。
孫に継承されたりと様々なパターンがある。それが発現したモノは養子として一族に迎えられることもある。
ソースは耐えきれずに言った。
「駄目だッ。お前一人に全てを背負わせるわけには。俺もっ」
短い間だが、彼は藤原を気に入っていた。ジョブは違うが勇敢な行動などからライバルとして見ていた。
「大丈夫ですよ、サクさん。ボクは幸運のスキルを持ってますからね……」
「しかし!!」
「それに計算では……ボクの生存確率は100%です。そして、皆無事に帰還できる確率も100%。また、必ず会えますよ。だから……ボクを信じてください」
一連の流れを聞き、クロスは決断した。
「殿のパーティーを三つ作る。一つは藤原のみ。これが失敗したら最初の案に移行する。これでいいな?」
皆がそれに納得した。準備が出来るとクロスが叫んだ。
「総員撤退!!」
その合図を機に一斉に後退する。フェンリルは驚いていたが、すぐにそれを追う。しかし、透明な壁に激突してゆく手を阻まれた。取り巻きも前に進むことが出来なくなった。
疑問に思いながらも氷魔法でその位置を攻撃するも、氷の方が簡単に砕け散った。初めての現象に驚いていた。
どんどん小さくなっていく敵。魔物はそれを睨んでいた。ある時、すぐ真下に一人の男がいる事に気が付いた。
原因はその男だと魔物たちは理解しているのか、もの凄い形相で睨み付けた。
「そんなに怒るなよ」
やがて状況を理解したのか、ボスだけが後ろを向いて36階層へと戻っていく。取り巻きでも十分と判断したらしい。
「ああ、そうだ。この勝負、お前たちの勝ちだ……」
藤原は悲し気な表情でフェンリルを見つめていた。
ギルドの廊下を走る者がいた。慌てているようだ。マスターの部屋のドアを勢いよく叩いた。
「フェンリル討伐のご報告が!!」
「……入れ」
彼は部屋に入ると報告する。声は大きいが表情が暗い。
「今回フェンリルの討伐は……っ……失敗しました……」
報告者はギルドマスターの顔を窺っていた。
「ふむ。それで?」
「はい!! 45名中、軽重傷者30名…………死者……一名……ですっ。ぅぅっ」
「……藤原、か?」
「え!!? あ、はい……な、何故それを……」
「彼のスキルは有名だからな……」
「そ、そうでしたか……く、詳しいご報告は後ほど書類と共に提出します。以上です」
「嗚呼、報告。ご苦労だった」
「それでは失礼します」
男は半泣きで去っていった。静かになった部屋、ギルドマスターは虚空に話しかけた。
「君の報告通りだったな……デッド君」
いつからいたのか、デッドが現れた。
「疑ってたのか?」
「……普通殿は報告よりも早く帰ってこない。知らなかったのか?」
「……一理ある」
「今回の敗因はなんだと思う?」
「やはり地力ですかね。パーティー構成、戦術など。どれも素晴らしかった。あの時のフェンリルになす術はなかった程に。しかし、魔物がそれを押しのけるほどのパワーに目覚めた。勿論クロスは魔物の強化も予測していた……だが結果は。それを抑えきれずに一気に瓦解。撤退に追い込まれた」
「覚醒状態のフェンリルたちを抑えきれる人材の育成か……」
「そんなに落ち込むことはない。もしも撤退を選ばなくても僅かだが勝てる可能性はあった。死人は多数出ただろうが」
「不可能ではなかったと……」
「それに次がある。重要なのはそこだ」
「そうだな。クロスや伊西。皆もよくやってくれたようだな。報酬を上乗せしよう……ところで何故藤原を殺した?」
「……死んではない……誰もそれを見てないのだから。そして、藤原は……誰かの思い出に残り続ける……」
ギルドマスターは驚いた。デッドが何処か遠くを見つめていたからだ。その声や彼の雰囲気はどことなく寂し気に感じた。
「……そうか……」
ギルドマスターは自身の経験からその答えを知っている。だからそれ以上はなにも言及しなかった。
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