88 熟考。そして決断
「怯むな!! もう少しだ!!」
魔物に怯むことなくクロスが声をあげる。ライラにヒートヒールの使用を指示する。このままライラをフリーにして畳みかけるのもありだ。
しかし彼は、フェンリルが傷を塞ぐ氷を解かす作戦に出た。フェンリルの体力を奪いながらMPを急速に削ることが出来る。一番厄介なのは変幻自在の氷魔法だとクロスは判断した。
そして、弱らせたところにソウシの魔法を後数回当てれば倒せると確信する。次の指示を出そうとした時、異変に気が付いた。ヒートヒールをしているはずなのに辺りが凍り始めた。
「なっ!!」
「っ……駄目ですわッ。押されてッ」
師走は言う。
「MP残量に変化はないですね」
外から見てもフェンリルの力が増した感じはない。
「だとすれば……」
答えに辿り着こうとした瞬間にそれは解決する。影が出ると同時にドシンという音が響いた。取り巻きが集まり、ボスの前に立ちふさがった。そして、今まで使わなかった氷の魔法を使い始めたのだ。
「くっ!! サポートッやられたのか!!?」
「ボスの危機を察知して取り巻きが力を増したのか!!」
初めて見る現象にクロスは驚く。ボスと取り巻きを合わせた。無数の氷魔法が襲い掛かる。それは余りにも多すぎた。幾つかは相殺した。しかし、処理が間に合わず殆どの者が深いダメージを負う。
パーティーは一斉にダウンした。地面に転がるナナセ。体に力を込めるが立ち上がれない。予想以上にダメージが大きい。
「生きてる……奇跡だな……他は……」
そこでナナセは信じられないモノを見た。血みどろのライラが立ち上がったのだ。
「あ、あいつ……まともに食らったはずじゃ……」
ライラの体の傷は瞬時に回復出来ず、ゆっくりと治っていく。そこで遅れてシオリが立ち上がる。体に纏う雷は消滅していた。僅かにふらついている。
「なんだと……」
さらにフランも立ち上がる。
「シオリ……あんた自分も守りなさいよ」
「ん。フランが近くにいたから」
「フフ。まだまだですわね、シオリ」
「あんたもよライラ」
その言葉を聞き、まさかと思って辺りを見渡すと所々が焦げていた。
「まさかこいつ等っ」
自分が生きていたのは奇跡などではなかった。彼女等に守られていた事に気が付いた。複雑な感情が湧き上がる。ナナセは歯を食いしばっていた。
フェンリルたちは一瞬怯んだ。殺したと確信していたからだろう。驚きながらも戦闘態勢に移行し、追撃をする。
「立て直す時間を稼ぐよ」
フランは顔をしかめていた。数が多く、守り切るのは難しいからだ。その時、小倉が前に現れ、戦斧を振る。魔物は慌てて氷の魔法でそれを防ぐ。周辺に轟音が響いた。
さらに茂みからカヅキが現れた。ボスを真横から狙った攻撃。魔物は思わずそれに反応してしまいバランスを崩す。
ライラとシオリはその硬直を狙いそれぞれ攻撃を加えた。魔物は脚の力を抜いてわざと転がる。そして、地面を蹴るとその場から緊急回避をし、距離を取った。
奇襲に失敗したカヅキと小倉が三人に近寄る。フランが魔物から視線を外さずに訊ねる。
「皆は?」
「ソウシ……後衛はほぼ意識を失ってるが死んでない。クロスと師走を回復させたいが……」
暫く魔物と睨み合う。小倉が言う。
「……奴等、来ないぞ。なんでだ……」
そこでその理由が判明する。離れていたサポートパーティーが集まってきた。彼等を警戒していたようだ。
彼等はやられた訳ではなかった。魔法を使い始めた取り巻きはボスを守る事を優先し、その場を離れたようだ。離れる際に牽制で放った突然の魔法に対処できず、かなりの被害が出たので一旦回復を済ませていたということらしい。
「よし、これだけいれば。立て直すぞ」
総力戦に移行した。優先で治療するはクロスと師走。クロスは意識があったので直ぐに復帰できた。リーダーは問う。
「ポーションは残っているか」
皆それに首を横に振る。全体の状況を見渡す。全員意識を取り戻しつつあるが、ダメージは残り、コンディションが最悪だ。
ボスは深いダメージを負っているが、攻撃の勢いはまったく衰えていない。さらに取り巻きすらも魔法を連発し、非常に危険だと考える。クロスは苦渋の決断をする。
「撤退だ……」
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