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66 意気投合

 ライラが選んだ映画はダンジョンから異世界に迷い込んだある男が最初は巻き込まれつつも、自身の意思で戦いに身を投じて王になろうとする話らしい。タイトルはカモシカ戦記。


 見始めるとライラが少し触れる適度に密着してきた。いきなりだったので思わず硬直した。映画に集中して気にしないように心がける。


(平常心、平常心)


 そこで逆側のソファーの傾きが変わる。50cmほどは離れているものの、フランも近くなった気がする。彼女は髪を指でクルクルと弄んでいた。


 その状況に気が付いたシオリも寄ってきたが、間に入ろうとすると二人に阻まれる。


「待ってて」


 まだ会社のロゴが出てくるあたりだったので動画を一旦止めて数分ほど経つとシオリが戻ってきた。背もたれの無い椅子を幾つか持ってきてくっ付けた。


 いつか使うかもと脚を伸ばせるようにと同じ高さの椅子を購入した家具だ。この前衝動買いをしてしまった。シオリはテーブルを少しずらすと、その椅子を俺の脚元に持ってきた。そして俺の脚を乗せる。少し大きめのブランケットもかけてくれた。


(まだ寒くないけど。気を使ってくれたのか)


「ありがとう」


「少し脚を開くと血行に良い」


「へー。詳しいな」


 言われた通りにするとシオリはブランケットに潜り込んだ。俺の太腿付近に枕を持ってきて位置を調整する。


 俺を含め二人はその行動に驚いていた。最後に俺の左手を持ち、自分の頭に添えるように置いた。動けなくなった事を余所に、映画は再生される。


 元の世界と一番の違いはアクションにほぼCGのような技術を使っていないことだ。映えるスキル持ちは俳優になりやすいそうだ。


 序盤のアクションを見ていると彼女等は言う。


「LV22ってところね」


「多分21」


「いえ、この動きは20ですわ」


「じゃあ二十台前半ってことで……でも、そのLVで異世界なんて……さぞ不安でしょうね」


 フランが真剣な表情で言うと二人が頷いた。突然見知らぬ土地で一人過酷な旅に出る。この世界では座学や実技を練習出来る。その違いを想像したのだろう。



(魔法も武道も習ってないただの学生だった頃を思い出すな。異世界にLV1で飛ばされて頑張ったのが遠い昔のようだ……)


 フランの言葉で前世をしみじみと思い出した。



 序盤にヒロインと出会った。最初は三人ともふーん。といった感じだった。しかし、ヒロインの頑張りを見ているうちに物語に入り込み静かになる。危機になると三人はギュッと手を握る。全員が俺の腕か脚を持っていた。


(いたい……)


 自身のLVをこそっと60くらいに上げた。これで痛くない。中盤になるとヒロインが唐突に洗脳された。三人はそれに激怒する。


「ああッ、許せないあいつ!!」


「気合ですわ気合!!」


「バーってやってドーンってやるのがいい」


 主人公と仲間達が敵を倒して洗脳を解いた。彼女等は大いに喜んだ。映画のヒロインは落ち込む、主人公が彼女を励ました。


 それを見てフランとライラは挙動不審になる。シオリがブランケットで半分顔を隠して聞いてくる。


「キョウ」


「ん?」


「もし、私が洗脳されて……う、裏切っても許してくれる?」


「もちろん」


 スキルや魔法を封印された事で心が病んでしまった。彼女等は、俺がそう認識しているのだと思っている。


 俺はレッドクリムゾンの事を全く知らない(てい)だ。だから知られてしまう事を恐れ、映画を利用して遠回しに聞いてきたのだろう。


「あのヒロインよりもっと汚されても?」


「ああ。たとえどんなに汚されてもだ」


「もし、敵の靴に口付けたり、服脱いだりしても?」


「ならないよ。洗脳されてるなら仕方ない」


「そっか……」


 そこまで聞くと表情が和らいだ。シオリはそのままブランケットの中に隠れた。



 映画は進んでいく。異世界は危険であり、お互いいつ何時死ぬか分からない。だから今を大切にしよう的な雰囲気になっていた。


 そんなやり取りをしている間に、突然ベッドシーンになった。直接的な表現は上手く隠している。しかし皆、それが何か分かっているようで、目のやり場に困る。


(う、気まずい……)


 シオリだけは顔を出して凝視していた。五分程度だが長く感じたベッドシーンが終わった。そこから少しストーリーが進むとシオリが言う。


「ちょっとトイレ」


「わ、私もお手洗いに……」


 フランとライラも便乗して席を立つ。配信を一旦止める。こういう時、自宅が隣のためトイレが三つあるので便利だと思った。暇なのでお菓子を食べて待つ。やがて暇すぎたので筋トレを始めた。


(……)


 三十分後が経ち、倒れてないか不安になって来た。トイレに向かう。


「っん……っ……」


 どうやら起きてはいるみたいだ。ドア越しに声をかけた。


「シオリ? 大丈夫? 具合悪い?」


「っぁッ!!!?」


 床やドアにピチャリと水滴がかかる音が聞こえる。


「ー……っ……だ、だいじょ……くぅ……ぶ……っ……」


「良かった」


「あのっ。い、今出てるとこ。あの、ちょっと寝てたかも」


(寝言か)


「おいおい。風邪引くぞー」


「う、うん。もうすぐ外に出るから……大丈夫」


 部屋に戻ろうとした時、カラカラと音が鳴る。床等を拭いている音に近い。水がジャーっと流れると、シオリが部屋に入る。


「あ……っ」


 顔を合わせようとしなかった。気まずそうにフランと共同で使っているいつもの部屋に入った。二人も戻ってくる気配が無かった。


「……皆疲れて寝たのか。今日は映画はここまでかな」


 お菓子をジッパー付きの袋に入れて保管する。翌朝。朝食になると三人が集まる。


「昨日はごめんっ。ちょっと部屋のベッドに座ってたらいつの間にか寝てて……」


「わ、私もですわ」


「同じく。トイレでウトウトと……」


「皆ダンジョンで頑張ってるから。仕方ないさ」


「え!! ま、まあ。そんなところ!!」


「ハ、ハードでしたわね」


「……頑張った」


 三人は目を逸らし、頑張って笑顔を作ると歯切れ悪く同意した。少し違和感はあったが、顔色も悪くない。むしろ元気なくらいだったので安心した。



誤字報告下さった方、ありがとうございます!! 修正しております。

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