62 大きな買い物は何時だって心躍る
【家具屋・シンメトリー店】
ソファーを購入する。今家には小さめのソファーのみで足りていないからだ。それと後でペットショップにも行く予定だ。猫を飼う最低限必要なモノしかないので、必要な物をもう少し買い揃える。
店内に入るとフロアの案内板を見て目的の階層に向かう。吊り上げ看板を確認して一直線にソファーエリアに向かった。途中、多様な家具に目を奪われるが今は我慢だ。
目的の物を見つけると自然と感嘆の声が出た。最初は恐る恐る触り、慣れると色や座り心地を大胆に確かめる。
(ふかふかだぁー。肌触りも最高っ。お、背もたれを倒せるのか。しかも前後に動かして座る部分の面積調整もできる)
長々と確かめていると店員がずっと見ていた。そろそろ決めた方が良さそうだ。色々と良い物はあったが、やはり最初のが一番しっくりと来た。早速購入し、配達をお願いした。
数日後、最速の時間帯で予約していた大きなソファーが届いた。この胸の高鳴り。好きな物を買うのはいつだってクレイジーだ。
早速設置する。購入したモノをセンターに。前のソファーはそれを基準に少し離し、L字型に設置し直す。
そして、全体重を使ってもたれかかる。その余りの座り心地のよさに座ったまま何度も小さく跳ねた。
少し悲しかったのはこんな大きなソファーがあるのに、無意識に端に寄って座ったことだ。性格なのだろうか。
しかし、そんな事はどうでもいい。次にすることは横になることだ。俺はその為にわざわざ端の方に座ったと言っても過言ではないかもしれない。きっと。
座ったまま横になるとポフっと柔らかい音が出た。最高の感触だ。だが、同時に目の前が暗くなった。
間髪を容れずにソファーの背もたれと、目の前の柔らかい何かに挟まれて圧迫される。その原因を作っていたシオリが淡々とした口調で言う。
「お尻嗅がれてる」
「ちがッ。ってかいつの間にッ」
「キョウが何か嬉しそうに跳ねてた時」
(見られてた……恥ずかしい)
圧迫から抜け出し、急いで起き上がる。そこでようやく全体を認識した。ソファーにシオリが浅く座り、そのまま横に倒れていた。彼女は特に焦る様子もなく、そのままの体勢で言う。
「えっち」
「ちがっ。不可抗力ってやつだよ!!」
フランもリビングに入ってきた。新しい家具を見つけ、嬉しそうに近寄る。
「凄い。良いソファー買ったね」
「でしょ、ってあれ? 今日ダンジョン行くって言ってなかった?」
「今日は三時からだから、もう少しいるよ」
「そっか。あ、今日学校で変なのに絡まれた?」
「あー。そう言えばF組の子たちに絡まれた。面倒だから周辺を凍らせたら泣いて逃げていったけど」
「それだけで済ませたのか。フランはやっぱり優しい」
「な、なによ急にっ……」
「いや、独り言」
フランは喋りながら俺の左側に無理やり入り込んで座った。シオリが大きく場所を取っている。そのため逆側がちょっと狭くなっている。けれどもフランは気にしてないようだ。そのまま少しだけ体重を乗せて一気に座る。
「柔らかーい。こういうの欲しかったんだよね」
「そうそう。これがあれば疲れが吹き飛ぶよ」
「そうね」
フランは置いていたお茶を飲み始める。少し右にずれようとしたが、シオリが同じ体勢のままさらに詰めてきていて無理だった。
その時にシオリの何処かに指が当たったので一言謝る。ビクっと反応した後に恥ずかしそうに起き上がった。
それを誤魔化すためか、わき腹をポフポフと突いてくる。殆ど軽く触れる程度で痛くない。むしろ丁度心地よい。親しい人との触れ合いはヒーリング効果があるとかないとか。少し離れたところで黒猫が段ボールに入り、丸まっているのが見えた。とても可愛い。
そこでふと机を見ると、シオリの目の前にビニール袋が置いてあった。中には金属類が多数入っていた。
「それなんだ、シオリ」
「特殊な金属。ホームセンターで買った」
「何に使うんだ?」
「ドアに鍵を付ける。魔障壁を追加付与出来るからドアがすごい頑丈になる」
「フランとシオリが使ってる部屋?」
「違う」
「……え? じゃあ……俺の部屋?」
「違う」
「じゃあ何処に……」
背後から急に声をかけられた。
「シオリ、フランも。少々くっつき過ぎですわよ」
「間に合わなかった」
「何がですの?」
「こっちの話」
シオリの言葉を一瞬疑問に思ったが、訳の分からないのはいつもの事なので気にしない。ライラがソファーの空いたところに静かに座る。上品な座り方だった。
「どうやって入ったの?」
「どうって、鍵を使いましたわ」
シオリとライラが鍵を見せてきた。
(量産されとる!!)
フランは前にあげたので、特に反応は無い。というより耳に入っていない感じがした。ちょびちょびと緊張した様子でずっとお茶を飲んでいた。後はレナにも二人を任せた時に渡してある。
(そうだ。ライラとその隣にも防犯の魔法かけとかないとな)
ライラは少しソワソワとしていた。
「どうした、何かあった?」
「実は許可をもらおうとここに来たのですわ」
「許可って?」
「私の家とキョウの家を繋ぐ壁に新しくドアを設置したいと」
「え……」
(なんかとんでもない事言い出した……)
困惑しているとライラが手招きしたのでついていく。いつの間にか壁にドアが作られていた。
(ぇえええ!!!!)
「お、大家さんとか……管理会社には……」
「もちろん許可は取ってますわ。愛を説いたらすんなりと」
まるで天使のように微笑みかけてきた。思わず見とれてしまう。彼女から後光が見えそうになる。
(おお、慈愛に満ちてる……心が浄化される。この人になら多少の無理難題を言われても良いんじゃないかな? 別にドアが付いてても不自然では……)
「凄い額提示してた」
「五月蠅いですわよ、シオリ」
シオリの呪文で現実に戻された。部屋探しの時に付き添ったようだ。その彼女は何やら作業をしていた。
「何をするんですの!!」
「危険。早く鍵付けないと」
「そんなの必要ありませんわっ」
「あ、そこに付ける用なんだ」
「キョウ!! 選んでくださいっ」
「な、なにを……」
「私も家に住まわせるか。それともこのドアを許可するかですわっ」
「無理。ライラの寝場所はない」
「シオリは静かにしててください」
(許可もなにも。もうドアが作られてるんだよな)
「大家さんの許可あるし、部屋が増えたと思えばいいか」
(そっちには多分行かないけど)
「嬉しいですわ」
先ほどのライラが不安そうな顔から一変。一気に笑顔になった。その逆の方に行くと、フランが静かに壁を見つめて頷いていた。
(……真似してドア付けないよな? ちょっと怖い)
午後になるとそれぞれがダンジョンに散っていった。三人は修行により格段に強くなった。しかし、それに満足せずに新しい事に挑戦しているようだ。魔法を考えたり、戦術の幅を広げたりだ。
それ等を机上で終わらせずにダンジョンで実践している。こうしてあみ出した魔法や技は長い年月をかけて他の者が修得し、場合によっては改良したり妥協する。それはやがて一般のモノとして定着する。チェーンマッチ等もそうやって作られたようだ。
そして、どうしても真似できないモノはユニークとして扱われる。
先日の換金で大量の資金が出来たので豪勢な食事を作ろうと気合を入れる。三人は肉料理が好きなのでそれをメインに作る。勿論栄養バランスも考える。
料理の下ごしらえを終えたので空いた時間でダンジョンに行く事にした。




