60 取り戻して一段落
久しぶりにソロダンジョンに潜ってから、帰宅した。ソロで行った理由は単純だ。彼女等の成長を見て、自分も触発された。異世界に来たばかりの頃を思い出していた。
こういうことは稀によくある。上手い人の動画を見て、久しぶりにプレイする感覚に近い。
鏡を見ると体がかなり汚れた事に気が付いた。ダンジョン内で色々と夢中になってたからだろう。シャワーを浴びようと、鼻歌交じりにご機嫌なステップを刻む。鍛えてボロボロになった後、汚れた体を洗う時は最高にサッパリできて良い。
そこで驚愕した。勢いよく風呂のドアを開けるとフランが居た。
「……?」「……っ」
「おっ……」
下を見たフランが何か言おうとして口を塞いだ。彼女は少し遅れてサッと手で胸と下半身を隠す。お互い僅かに前かがみになった。
「なッ、なんでいるのっ?」
「ま、前からいたでしょうっ……そ、外にっ。早く外に出てってっ……恥ずかしぃ……からっ……」
「ごめん!!」
ドアを閉め、脱衣所からも出る。
(本当になんでフランが。今まで自宅でシャワー浴びてたのにっ)
頬を真っ赤にしたフランが顔だけ出した。
「ごめんキョウ。この前までこっち使ってたから。それにどうせこっちに来るんだから。面倒じゃない? だからもう良いかなって」
闇の魔法で精神を病んでいる時の習慣が抜けてないようだ。それに山での生活でそういう境界線があいまいになったらしい。
「それでか」
「すぐ出るから。待ってて」
「ゆっくりで良いよ」
「ありがと」
そう言って浴室に戻っていった。冷静を装っていたものの混乱していたので、そのままリビングに行って落ち着くことにした。すると近くでニャーと聞こえた。
「??」
黒猫が家を普通に徘徊していた。
「あれ? その子はレナの家で引き取って……いや、今はシオリの家だったか」
「キョウに飼って良いって言われた」
普通にシオリが遊びに来ていた。飼って良いと言った記憶が無い。幻聴を聞いたんではと思いながら答える。
「言ってな…《ぃ》…あ、言ったっ。っ飼うってこの家でって事か!!」
完全に思い出した。山での修行中にそんな会話を確かにした。それに納得する。その間、シオリはそれに答えない。ジッと見ていたのでその視線の先を見る。
「あ、動いた」
急いでソファーの物陰に隠れる。
「待って。ちょっと待って」
「硬い?」
歩いてソファーの裏に回り込もうとする。
「こっち来るなって!!」
近くにある雑誌で隠し、自室に服を取りに行く。丁度その頃、フランが出てきた。珍しさにずっと見ていると照れながら言う。
「な、なに? もう使って良いよ」
「あ、ああ」
交代でお風呂を使う。多少予定外な事があったがさっぱりした後、リビングに向かう。二人は慣れた様子でくつろいでいた。
「なぁシオリ?」
「何?」
「家に帰らないのか?」
「ここ居るの嫌?」
「嫌じゃないけど、長い間帰ってないだろ? 心配されないか?」
「大丈夫、連絡してる。この家の方が住み心地良い。家賃はそこに置いてる」
(普通に住む気か)
玄関の方向。そこから往復する人の足音が何度も聞こえる。
「今日は騒がしいな。外。何かしてるのか」
「うん。隣に引っ越ししてた」
「へー。見たのかシオリ? どんな人だった?」
フランが差すような視線を送って来た。
「隣が女性か気になるの?」
「えっ!! いや。た、単純にどんな人かと」
「黒服の男の人が沢山」
(絶対怖い人たちだ)
「がっかりそうね」
「……黒服とか怖いからなー」
「そう……」
インターフォンが鳴る。カメラを見ると見覚えのある男の人だった。車で送迎してくれた人にそっくりである。
(そんな偶然が。偶然が……?)
そっくりさんはモニター越しに丁寧に挨拶をしてきた。
「隣に引っ越してきたので挨拶をと。つまらないものですが……これを」
(風習に詳しい)
「……今開けます」
開けると従者の隣に、得意げな表情のライラが居た。驚かせようとわざと映ってなかったようだ。
「今日から隣に引っ越してきたライラ・フェニックスです。これからもよろしくお願いしますわ」
満面の笑み。そして、どことなく情熱的に見つめてきた。
「そ、そちらの方々は?」
「私の隣の家に越してきた知り合いですわ。彼等はお気になさらず。それではお邪魔しますわっ」
そう言ってライラが家の中へ入る。男たちが挨拶の手土産を渡しながら言う。
「それではライラ嬢をよろしく頼みます」
「え?」
別の男が言う。
「責任を持ってお預かりすると聞いている」
「それは……スキルと魔法が戻るまでだと……」
男たちは耳を塞いでいた。
「あーあーあー、聞こえませぬ」「ニホンゴ? ワカラナーイ」
「……あ、あの」
「ウィリアム様からも娘を頼むとの伝言を預かっている。キョウ様を非情(非常)に気に入られておられる……それはもう非常に!!」
「無理ですよ俺なんかじゃ……LV10の約束を守れてませんしっ」
「それも問題ない」
「何故ですか? 後二、三ヶ月でLV10なんて不可能ですっ」
男たちは真顔で言う。
「いや、そんな些細な事、どうでもいいからだ」
(どうでもいいのッ!!?)
「なぁ?」
「ああ、重要なのはそこじゃないからな」
「ウィリアム様にも、あの過酷な修行をライラ様のためにこなしていると報告してるし。問題ないよなー」
奥からライラが出てきた。
「キョウ。中に入ったらどうです? 疲れているでしょう?」
力強く、それでいて優しく腕を引っ張られた。室内へ入っていく姿を男たちは笑顔で見送る。
「それではよろしくお願いしますー」
用件の済んだ男たちは家に戻っていった。家に入ると三人はじゃれ付きながらいつも通りに笑っていた。それを見て、ホッとする。帰ってきた。こうして奪われていたものを取り戻した。
誤字報告下さった方、ありがとうございます!! 修正しております!!
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